講義開始
『――ポーン!』
無駄がないといえば、無駄がなく……。
芸がないといえば芸のない使い回しな電子音が、教室内で雑談するわたしたちに授業開始を告げる。
それで、宇宙空間の中に漂うような状態だったわたしたちは、ガイドビーコンが表示する席へと着席していった。
生徒が着席するのとほぼ同時に、教室内へ一組の男女が姿を現す。
女性……というより、少女の方は、改札で激突してしまった子。
すなわち、クリッシュちゃんだ。
教室内に投影されている星々の光に照らされ、目まぐるしく髪の色が変わる彼女と目が合う。
と、笑顔で手を振られてしまい……わたしはどういうわけか、頬を熱くさせてしまったのである。
正体不明の感情に振り回されてばかりも、いられない。
もう一人の人物……男性へと目を向けた。
長身にして、痩躯。けれど、痩せぎすということはなく、隙なく着こなしたスーツの内側にある肉体は、無駄なく筋肉が付いているとうかがえる。
銀色の髪は、やや荒々しい形へとまとめられており、ファッションなのか、サングラスを装着しているのが印象的だった。
多分、わたしたちより随分と年上。ことによっては、三十代かもしれない。
だが、身の内から放たれる活力は、少年のようなバイタリティに溢れるものである。
そんな彼が、普段はホログラムのAI教師が立っている位置でピタリと立ち止まった。
それから、ゆっくりと教室内を見回して告げる。
「うむ!
素早く授業を受ける状態になって、大変結構!
君たちはこれを当たり前だと思っているだろうし、これからも当たり前と思って続けてほしい。
ただ、その上で現行人類の場合はどうなのか説明すると……。
こうして、私が喋っている間にも、さわがしく無駄話を続けている」
彼の言葉に、ドッと笑いが巻き起こる。
もちろん、タイムスケジュール上に存在する遊びの時間で何をするかは自由だし、そういった時間でパフォーマンスを高めることは、むしろ推奨されるべきことだ。
でも、スケジュールに定められたタスクの時間にまで、それらをはみ出させるなんて……!
愚かといえば、あまりに愚か……。
これが、生まれた時から完璧な管理を受け、己を律し高めるハイヒューマンと、愚鈍に己を甘やかし、社会の中で私利私欲に走る者も珍しくないという旧人類との差であるに違いない。
その証拠に、見ればいい。
青年が右手を掲げると、笑い声はピタリと収まったではないか。
集団として感情共有し連帯感を高めるべき場面と、そうでない場面とで、明確に線引きがなされているのだ。
「よろしい。
私がここを卒業したのは十年以上前であるし、その頃に比べると随分数が増えているが、質を落とすどころか粒ぞろいとなっているようだ。
ここで一つ、自己紹介をしよう。
私はヴァンガード。
マザーから頂いたこのコードネームで通している」
青年の言葉に、今度はどよめきが巻き起こる。
今回のそれは、一種示し合わせに近かった先の笑いとは、やや性質の異なるもの。
真実の感嘆だった。
マザーからコードネームを賜り、その勅命に従って作戦行動を行う……。
これは、ハイヒューマンにとって最上級の栄誉である。
しかも、コードネームを与えられる際には、それと合わせてゴールドカラーのOTをも授けられるのが通例。
このパレス後部で直接曳航されている『遺跡』から出土したオリジナルのクリスタル・リアクターは、当然ながらその数が有限。
貴重極まりないオリジナル・リアクターが搭載されたOTを受領するというのは、それに足るだけの信頼をマザーから得ている証でもあるのだ。
思念波を探るまでもなく……。
スクール中の好意的な視線が、ヴァンガードなる青年へと注がれた。
……きっと彼が、ハイヒューマンの例に漏れぬ美形であることも大いに影響しているに違いない。
しかも、顔立ちが整っている人間にありがちな近寄りがたさというものはなく、どこか人懐っこさすら感じさせる雰囲気を漂わせているのだ。
おそらく、彼に課せられている任務は銀河帝国内部に潜り込んでの諜報活動……。
相手に警戒させず、好印象だけ与えるというのも必要なスキルであるに違いない。
「どーも、どーも。
そして、こちらが私のパートナー……」
わたしたちのどよめきへにこやかに答え、ヴァンガードさんが傍らの少女――クリッシュちゃんを手で示す。
「クリッシュだよー。
わたしの場合、役回りが普通の工作員とはちょっと違うから、コードネームってわけじゃないんだー。
といっても、人手不足だから、やってることはほとんど変わらないんだけどねー」
メガネをカチャリといじりながら、やや気だるげな声で行われた自己紹介……。
彼女がコードネームをもらっていないと聞き、あからさまに生徒たちの反応が一段劣るものとなる。
わたしたちハイヒューマンは、その気になれば互いに思念で結び付き、正しく相手を理解することが可能だ。
が、それはあくまでもその気になれば、必要が生じればという話であって、普段からそんなことをするのは、パートナー同士でもない限りあり得ない。
となると、現行人類の社会同様、初見では肩書きがモノをいうわけで、みんなの反応がいまいちパッとしないものになるのも、致し方のないことであった。
ましてや、年頃がわたしたちとさほど変わらないクリッシュちゃんなのである。
本当に、コードネーム持ちとパートナーになる実力があるのか……。
マザーの采配を疑うなどあってはならないことだが、一片の疑いも抱かぬことなど、それこそ、わたしたちごときにできるわけもないのだ。
「ハッハッハ!
できる能力がある人間は、なんでもやらされる!
千年以上前から変わらない社会の構図だな!」
そんなわたしたちの感情など、知ってか知らずか……。
ほがらかな声で、ヴァンガードさんが笑った。
それから、彼がパチリと指を鳴らすと、事前に設定しておいたのだろう……。
いくつものホログラム・ウィンドウが展開し、様々な映像を映し出したのである。
「かように人手不足へ苦しむ我々潜入工作班であるが、このところは、長年の苦労が実を結んで銀河帝国に様々な混乱を生み出すことへ成功している。
代表的なところでは、帝国内の有力な人間を抱き込んでの反乱誘発。
他には、電子ドラッグをバラ撒いて国中大混乱へ陥れたり、戦略級の火力を持つ機体で、物資集積拠点の襲撃なども行っているな。
その他には、依存性が高く生産が容易な麻薬の密輸と製造を現地の人間にやらせたり、我々の関与だとバレないよう旧型PLの密造拠点及び組織の立ち上げに関わり、宇宙海賊を跳梁させたり……いやはや、実に手広くやっているものだ」
ホログラム・ウィンドウが映し出す、彼ら工作班の成果……。
どうしてだろう?
それらを見て、拭い去れない違和感が生じてしまう。
そんなこと、あり得るはずもないのに……。
フェイク映像でも見せられているかのような、居心地悪さを感じてしまうのだ。
「君たちにも、いずれこういった活動へ加わってもらうことを、我々は渇望している。
そして、その気持ちは君たちも変わらないと信じている。
が、具体的に何が足りないのかと問われれば、首をかしげてしまうんじゃないかな?
日々、課されるカリキュラムをこなしているのだから、いずれは夢がかなうだろうと、そう信じているのではないだろうか?
残念ながら――考えが、甘い!」
パン……!
……と、ヴァンガードさんが両手を合わせた。
「講演って言われて、どんなことを話そうか迷ったんだけどー。
今日は、手っ取り早く実力を見せつけて、目指す目標の高さを知ってもらおうかなってー」
ニヤリと笑って、クリッシュちゃんがわたしたちのことを見回す。
それは、さきほどの舐めた態度ともいえる反応に意趣返しするぞ、という気持ちで溢れた笑みだったのである。
お読み頂きありがとうございます。
次回は学園ものらしい新キャラ登場です。
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