わたしはカミュ!
例えるならば、宇宙一巨大なカタツムリ……。
外宇宙で発見した『遺跡』と移民船団旗艦をドッキングさせ、旗艦側の増築と改修を繰り返したパレスの外観は、一見すればそのようなものである。
クリスタルの集合体がごとき超巨大建造物――『遺跡』を、今やそれに劣らぬ大きさとなった船体部で曳航していく……。
その威容は、ハイヒューマンが未知の古代文明から受け継いだ力を示すようであったし、あるいは、そこまでしてテクノロジーの源たる『遺跡』そのものを引きずり回す依存性をも表していた。
とはいえ、そんなものは、歴史を振り返って難しく表現した場合の話。
わたしたちからすれば、このパレスという場所は生まれ故郷であり、みんなで共に暮らす我が家である。
家があれば、親もいるもの……。
今こうして、スリープカプセルから出てきたわたしの髪を結ってくれているマザーは、その名の通りみんなのお母さんというべき存在であった。
「はい、できましたよ。
しばらく放っている内に、だいぶ髪が伸びましたね。
一度、カットしますか?」
背後に立ち、わたしの髪を結んでくれたマザーがそう告げる。
わたしの前にはホログラム・ウィンドウが展開されていて、今は鏡代わりとなり、マザーが整えてくれた髪を映し出していた。
両手を耳の辺りにやれば、側頭部で結わえられた髪の感触があり……。
しきりにそれをいじっているわたしのホログラム映像には、なんだか、別人がそこへ立っているかのような錯覚を感じさせられる。
……変なの。
ちょっと髪が伸びちゃったから、邪魔にならないよう結わえてもらっただけなのに。
「ううん……。
このままの長さが、いいです」
わたしがそんなことを言ったのは、この奇妙な感覚に対する反骨心のようなものが大きいだろう。
もっとも、一番大きな理由は別。
だって……。
「そうすれば、またマザーに結ってもらえるかもしれませんし」
そう言いながら、笑顔で振り返った。
子供が親に甘えるのは当然の権利で、マザーはわたしたちみんなのお母さん。
だから、こんなことを言ってしまうのも、別に恥ずかしいことではないだろう。
とはいえ、権利というものは、義務を果たして初めて得られるものだ。
わたしに課せられた義務、それは……。
「もう……。
わたしも忙しいのですから、いつもこうして髪を結んであげられるわけではありませんよ?
でも、あなたがいい子で勉強と訓練に励んだのなら、その時にはまたやってあげましょう」
「はーい!」
敬愛するマザーの言葉に、元気いっぱいで返事をする。
そう……子供に課せられた義務は、現行人類と呼ばれる旧種族であっても、わたしたちハイヒューマンであっても変わらない。
すなわち、いい子で過ごし、勉強と訓練を頑張ること。
左の手首を持ち上げ注視すると、寝る前から着ているワンピースタイプのデバイスウェアが、ホログラム時計とスケジュールを表示した。
五分後に、食堂で朝食。
その後は、今日のカリキュラムを消化する時間だ。
「それじゃあ、行ってきます!」
デバイスウェアのスカートを持ち上げながら、マザーに一礼する。
どうしてかは分からないが、これが一番しっくりくる所作であった。
「ええ、行ってらっしゃい」
優しいマザーに見送られ、自室を後にする。
マザーと共に暮らすこの部屋であるが、実際にここで同じ時間を過ごすことは、ほとんどない。
けど、そのことで不満など抱くわけにはいかない。
そもそも、こうして時折、見送ってもらえるだけで望外の栄誉であるのだ。
全ては、わたしがマザーと同じ遺伝子タイプのハイヒューマンであるから……。
同時に、特別な役割を課されたからこそ、であった。
だから余計に、がんばらなければならない。
「ようし! 今日も一日、がんばるぞ!」
やはり星空が投影されている船内で、ムービングウォークに乗りながらむんと拳を握る。
こうしていると、空気も重力も存在する中でありながら、無限の宇宙空間へ放り出されたかのようであり……。
タンパク質の膜を超えて、自分の意識が拡大するような感覚が得られた。
やはり、マザーの方針には何一つ間違いがないのだ。
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大豆タンパクと合成脂質、人工香料から作られた栄養ブロックをさくさくと頬張り、ミドリムシ由来の高栄養ジェルドリンクも飲み干す。
万全の睡眠が得られたところに、これら完璧な朝食をとると、ますます全身の細胞がみなぎり、集中力も増すのを感じられた。
食堂の中は、同じくタイムスケジュールに従って参じたハイヒューマンで整然と埋め尽くされており、これから食事をする者と済ませた者が、よどみなく入れ替わっていく。
もちろん、わたしもモタモタとするような真似はせず、機能的でスピーディな食事の後は、さっさと自分の予定に従う。
その予定とは、すなわち――勉強と訓練。
パレス内において、スクールと呼ばれる区画で必要な教育を受け、わたしたち世代における最重要事項――戦闘訓練も行うのだ。
外殻部に位置するスクールへの移動は、パレス内のリニアを使用する。
何しろ、このパレスは全長約三十キロメートル。全高もおよそ七キロメートルに達した。
これだけの大きさともなると、主要部をつなぐ移動手段は必要不可欠なのだ。
そして、実をいうと……わたしは、このリニアで移動する時間が好きである。
周囲では、同じくタイムスケジュールに従って乗り込んできた同世代の子たちが、ガイドビーコンの明滅でそうと分かる透明な座席へと座っており……。
「今日のテスト、自信ある?」
「全然! そっちは?」
「あるわけないー!」
……といった具合に、他愛のない会話を行っていた。
銀河帝国なる現行人類との決戦を控え、わたしたち世代はハイヒューマン全体の中でも、とりわけ数が多い。
だが、こうして親睦を深められる時間というのはさほど多くなく、わたしのみならず、他の子たちも同様にここでの移動を楽しみにしているというのが、見てると伝わってくる。
何しろ、堂々と思念波同士で結び付いてる子も、中にはいるのだから!
いや、よくよく見てみれば、そういった子たちは思念波だけではなく、肉体的にも手を重ね合わせたりしていた。
キ……キ……。
キマシタワー!
はわわわわとなりつつも、ガン見するわたしだ。
いやあ、女の子同士が仲良くイチャつく光景なんてですね。ナンボあってもええですからね。
ちなみに女の子しかいないのは、思春期の感情が訓練に悪影響を与えないようにという配慮だ。
古い言葉では確か、男女七歳にして席を同じゅうせず、というんだったかな。
そのため、わたしたちハイヒューマンは、男子と女子に分かれて学びを得ていた……大変結構!
「ぐへへ……ぐへへ……」
「カミュちゃん、どうしたの?」
隣の子に首をかしげられ、ハッとなる。
いけない……思考にノイズが走ったような……。
何かこう、得体の知れない感覚へ支配されていた。
「ううん、なんでもないの。
ただ、パートナー同士で仲良くしている子たちが、ちょっとうらやましいなって」
「ねー?
あーあ、あたしも早くパートナーを決めてほしい」
隣の彼女が、そう言いながら天井――を透かした宇宙空間に目線を向ける。
「こればっかりは、適性や時期を見て決められることだもんね」
そんな彼女に、わたしは苦笑いで答えた。
パートナー……わたしたちハイヒューマンにとって、これは特別な意味を持つ単語だ。
いかに個々の能力で優れるハイヒューマンとはいえ、単独での対処能力には限界があるし、生物の常としてミスからは逃れられない。
そのカバーとして、割り当てられた相棒……それが、パートナーなのだ。
パートナーを組ませるにあたっては、人格面も含めて様々なところが加味され、外れというものがない。
いってしまえば――運命。
「一体、どんな人と組むことになるのかなあ……」
恋に恋する少女のように……。
わたしは、そんなことをつぶやいたのであった。
お読み頂きありがとうございます。
転生モノのお約束、学園編はじまるよー。
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