人質ロンダリング 後編
「ノワールロマーノフ仮面……。
いや、ブラックロマーノフ仮面だったか……。
ともかく、カミュ・ロマーノフに告げる」
ホログラフィック映像の間抜けな雰囲気には、流されず……。
スミスウェッソンのコックピット内で、淡々と告げる。
「まずは、私の友人たちをそのカジノへ招待してくれたことについて、礼を言っておこう。
彼らにとっては滅多にできない経験であろうし、スッてしまったことに関しては、良い社会勉強となっただろう。
何より、これでハイヒューマン側から人質とされずに済む」
今のところ、向こう側とコミュニケーションは取れていないが……。
こちらの音声を拾っていないということはないだろうと踏んで、会話するように続けた。
「だが、感謝し、礼を言っておくだけだ。
これから私が取る行動には、いささかの変化もない」
『へ……?』
やはり、こちらの声は聞こえていたのだろう。
『悪の軍団が行うレクリエーションといえば、ただ一つ! スイカ割りです!』などと意味不明なことをのたまい、ゴロツキたち――スカベンジャーズとかいう海賊出身者だろうか――にスイカの支度をさせていたカミュ仮面が、ピタリとその動きを止めた。
「願わくば、私の良き隣人たちが避難させてもらえることを願う。
――そのカジノシップは、消滅させてもらうぞ!」
言いながら、フットペダルを踏み込む。
ドローンが投影するホログラフィック映像に付き合い、動きを停止させていたスミスウェッソンは、たちまの内に最高速へ達し、カジノシップ『ラスベガス』への攻撃軌道へ乗る。
『ま、待ちなさい!
人質の命は惜しくないのですか!?
というか、この人たちを人質にされて、嫌々任務を遂行していたわけではないのですか!?』
映像投影用のドローンはあっという間に置き去りとしていたが、回線の同期を受け継いでおいたのだろう。
通信回線から、カミュ・ロマーノフが必死に呼びかけてきた。
実際、彼女の言うことは、正しい。
そもそもは、ヴァンガードからあの町を攻撃すると脅され、従わされていたのだ。
住んでいる住民たちがこうして保護(?)されている以上、ロブは戦う理由を消失したといってよかったのである。
ただし、当初のロブならば、だが。
「すでに、私は数多くの帝国軍人をこの手にかけている。
脅されてやったにせよ……けじめというものは、つけねばならん。
そうでなければ、殺してしまった者たちに、申し訳が立たない」
油断なくレーダー反応に目を走らせながら、淡々と告げた。
やはり、アノニマスによる破壊工作が効いているのか?
カジノシップからは、迎撃のPLたちが出撃してこない。
さながら、無人の野を行くがごとく……。
スミスウェッソンは、メテオバズの射程圏内へとカジノシップを捉えつつある。
「言ったはずだ。
覚悟を決めておけ、と。
決めていなかったのならば、こちらは好きに蹂躙するのみ……」
足裏からのプラズマジェットにより、機体へ急制動をかけた。
同時に、操縦桿の頂点部へ備わった物理セーフティカバーを開く。
いかついスイッチを覆う透明なカバーは、見た目に反した重さであり……。
これを開くと、連動してスミスウェッソンはある動作を行うのだ。
すなわち――メテオバズの発射準備。
分割し、背部に背負われる形となっていたパーツが射出され、小規模な変形を行う。
変形はたちまちの内に完了され、真の姿を取り戻した両パーツが合体し、バズーカ本来の姿が取り戻された。
バズーカのグリップ部分が、機体本体のマニュピレーターと接続し……。
そこを通じて、オリジナルのクリスタル・リアクターにより生み出されたエネルギーが流れ込んでいく。
もはや、スミスウェッソン内部で膨れ上がっていくエネルギーは、生半可な恒星をしのぐほどの規模であり……。
それを受け取り、荷電粒子弾という形へ変換していくメテオバズ側もまた、匹敵するレベルのエネルギー反応を生み出している。
「メテオバズ……。
発射体勢……!」
デストロイヤー――ロブ・ドワイトニングには、一片の迷いもない。
スミスウェッソンは長大なバズーカを軽々と担ぎ上げ、いつでも発射できる姿勢になっていた。
バズーカの砲口部で生まれ、瞬く間に膨れ上がっていくのは、荷電粒子による光球。
内部で嵐のように荷電粒子が駆け巡っているこの光弾は、目標へ直撃すると共に戦略級の大爆発を巻き起こすのだ。
「もったいぶるようなことはしない。
どうせ、いつでも退避できるように準備を整えているのだろう?
せいぜい、巻き込まれないよう迅速に逃げることだ」
一つだけ気になるのは、いよいよ直下へカジノシップを収めているというのに、いまだ迎撃の機体が上がってこないということ。
確かにアノニマスによる妨害はあったが、それで全ての防衛戦力が沈黙させられたわけでもないし、そもそも、IDOLに関してはマザーのオーダー通り損害皆無である。
ならば、グラムやカラドボルグが自分を迎撃するため出撃しないのは、あまりに不自然であった。
ばかりか、招待客が脱出するためのランチも散発的にしか見当たらず、これはどうやら、組織的な避難誘導を行っていないように思えるのだ。
「迎撃機が上がってこないことには、何かの意図を感じざるを得ないが……。
さて、どんな策であるのか――見せてみろ!」
真球状を維持したまま、メテオバズの光弾がさらに大きさを増す。
光弾内部の粒子加速反応は、それこそネズミ算方式であり……。
一度大きさを増し始めると、火が付いたかのような勢いで一気に膨れ上がっていく。
光球はたちまちの内にスミスウェッソン本体よりも大きくなり、直径百メートルほどにまで達した。
後はこれを、撃ち放つのみ。
再びハイヒューマンの戦列に加わってからここまで、都合三度ほどこれを発射してきた。
いずれの場合においても、最大出力の一射で目標に致命的な打撃を与えており……。
今までで最大規模を誇る宮殿のごときカジノシップもまた、同じ結末を迎えると確信できる。
目標に向けて発射されたら、最後。
それこそが、最大最強の破壊力を誇る兵器――メテオバズであるのだ。
「メテオバズ――発射」
短い言葉と共に……。
物理セーフティが開かれたトリガーを、力強く押し込む。
簡単には押せないようかなり固めに調整してあるスイッチは、主の意思を受けて沈み込んでいき……。
これを決意の表れと受け取った愛機が、ロックオンした通り巨大な光弾を発射した。
電磁力によって砲口から切り離されると共に、推進力が与えられ……。
軌道上にある全てを飲み込む雷光球が、カジノシップに向かって直進する。
「これで、任務――完了だ」
慢心も油断もなく。
ただの確認事項として、そう口にした。
防ぐことは不可能というのが、メテオバズの特性。
ならば、回避する以外に道はないが……いかに航行能力を有するとはいえ、眼下のデカブツでは回避が間に合うまい。
「とはいえ、情けとして弾速は遅くしてある。
手際よく避難すれば、大多数が逃げられるはずだ」
脳裏によぎるのは、ボブたちの顔……。
これまでIDOLが見せてきた戦いぶりを思えば、いたずらに彼らを犠牲とするような真似はしないはずだ。
おそらく、保有する艦のいずれかでさっきの撮影が行われており、いつでも避難できる体制であるに違いない。
その予想は正しく……。
IDOLは、十分な備えをしていた。
では、一体どのような備えであったか?
答えなど、一目瞭然。
まるで、風船が弾けるように……。
完全無敵なはずのメテオ光球は、見守るスミスウェッソンの直下であっけなく弾けてしまったのである。
特筆すべきなのは、球体の外側から内に向かって弾けたということ……。
結果、荷電粒子の奔流は球体中心部へ向かって渦巻くと共に、対消滅を起こしていき……。
周囲に一切の被害を与えないまま、消滅したのであった。
「なんだと?」
これには、冷静沈着を誇るハイヒューマンの目も見開かれたのである。
お読み頂きありがとうございます。
次回はメテオバズ封じの秘策です。
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