ウォルガフとカミュ 前編
吸い寄せられるようにそちらの方を見たのは、おそらく全ての父親が持つ本能によるものであり……。
向こうの方も、同じく全ての子供に宿っているのだろう本能で、こちらを見つけ出す。
とはいっても、あちら側――カミュの方は、いかにも目立つ白バニースーツを着用しており……。
こちら側――ウォルガフの方も、この場に似つかわしくない将校服姿で、しかも余人より頭一つか二つは抜けた巨漢であるのだから、互いに目が吸い寄せられたのは当然であった。
「お父様……」
話題作りのためバニーガール姿になどなってはいても、そこは大公家の息女。
バタバタと走るような無作法は見せず、静かにカミュが歩み寄ってくる。
その歩みから感じられるのは、いつかチューキョーに旅立って以来、様々な理由から途切れていた親子の交流をしようという意図だ。
ゆえに、鉄の男と呼ばれる男は、配下である黒騎士団との合流を中断し、一人の父親へと戻ることにしたのであった。
「カミュ! 立派だったぞ!」
心からの笑みと共に、大きく両手を開いて迎える。
まだまだ小さな愛娘は、父親の腰元へと抱きついてきたのであった。
「お父様、お久しぶりです」
「ああ、本当に久しぶりだ。
だが、お前の活躍はずっと見守っていたぞ。
今回も、大役をみごとに果たした」
周囲の客たちには、カミュの姿を見て、お近付きになろうとしていた者もいたが……。
親子が交流する様を見て、すぐに諦めたようだ。
今夜、このカジノへ招かれたのは、聡明な愛娘が慈愛と慈悲の心で招いたロマーノフ大公領の領民を除けば、選び抜かれた紳士淑女ばかり……。
貴重な親子の語らいに水を差すような無粋者など、いるはずもないのであった。
……ウォルガフが猛獣のような目線を周囲に向けたことは、一切関係がないであろう。
「お父様、少しお話をしませんか?
わたし、色々と話したいことが溜まっています」
「おれの方もそうだとも!
ホテルの方に……いや。
ここで立ち話になってしまうが、構わないか?」
ここで親子一緒にホテルフロアのスイートへ戻り、菓子でも運ばせてじっくり談笑することを選ばなかったのは、ウォルガフの冷静さだ。
自分がここに来た目的は、殺されたハブスポットRL202職員らの仇を討つことであり……。
また、カミュの方も、IDOL指揮官として……一人のアイドルとして役割を課され、ここにいるのである。
なんとも、もどかしい互いの立場……。
だが、ウォルガフもその娘であるカミュも、貴族の中の貴族というべき立場であり……。
常に、その行動は果たすべき義務で制限されるのであった。
「もちろんです」
だから、カミュはにこりと笑って壁際に移動する。
その聡明さを育むのに、己がいささかも関われていないことを、ウォルガフはあらためて恥じた。
そんな負い目が、この言葉を吐き出させたのかもしれない。
「じゃあ、パパの方からだ。
ここのところ、どんなことを思って、どんな風にしてたか聞かせてくれ。
ああ、任務に関することじゃないぞ。
もっとこう、プライベートなことに関してだ。
もっとも、おれに父親を名乗る資格があるとするなら、だが……」
自分の言葉に……。
カミュが、驚いたような顔で見上げてくる。
「お父様、急にそんなことを言い出して、どうしたのですか?」
「いや、なんというかだな……」
心底から不思議そうな視線を向ける娘に対し、後頭部をかくことでごまかす。
自分は鉄の男と呼ばれる男であり……。
およそあらゆる相手に対して、対等かそれ以上の態度で接してきた。
銀河最高権力者であるカルス帝に対してさえ、臣下というよりは変革を望む同志という関係性を構築できているのだ。
そんな自分が、まるで小僧のようにしどろもどろとなっている。
これは、新鮮な体験であった。
いや、かつては、そんな風になる相手もいたか……。
そして、隣に立つ少女は、その相手をあまりにも強く連想させるのだ。
だからこそ、自分は……。
「……おれは、つい最近まで、お前とあまり向き合ってこなかっただろう?
確かに、最低限、接するべきところは接していたと思うが……。
言ってしまえば、義務的にそれをこなしていただけだ」
「父親ではあっても、オヤジではなかった……。
そんなことを言いたいわけですか?」
カミュから飛び出した例え話には、目を丸くしてしまう。
「驚いたな。
そんな言い回しを、どこで覚えるものなんだ?」
「フフッ。
子供は、親が思う以上に成長の早いものなんですよ」
そんな風に言われてしまうと、苦笑いで返すしかない。
それに、カミュの言い回しは、実に的を射たものであった。
「まあ、そんなところだ。
おれは父親だが、オヤジにはなれていない。
そんな人間が、ズケズケと立ち入ったことを聞くのも、いかがなものかと思ってな」
「いいじゃないですか。
これまでは距離を置いていたけど、今はオヤジであろうと努力してくれている……。
大切なのは、その事実だと思います」
そう言った娘の姿は、ひどく大人びていて……。
バニーガール姿というひどく扇情的な恰好でありながら、一種の神聖さすら感じさせる。
「色々、お話ししましょう?
わたしも、ロマーノフ大公家の令嬢ではあったけど、お父様の娘にはなりきれていなかったと思うから……」
「ああ、そうだな……」
どこか……胃の腑辺りにあった重たいものが氷解していくのを感じ……。
ポツポツと、親子の語り合いが始まったのである。
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それから……。
「そこで、おれは待ち構えてた海賊たちに言ってやったわけだ。
『準備万端。おれたちを罠にハメたつもりか?
クソ野郎ども! ビームを尻に突っ込まれたくないなら、とっとと降参するんだな!
こっちは、お前たちの魂胆など最初からお見通しだ!』
……とな」
「お父様からそんな風にすごまれたら、機体のコックピットを隔てていても、震え上がったことでしょうね!」
「ああ、もちろんだとも!
実際、言った直後に、迂回させていた黒騎士の黒騎士専用機が奇襲攻撃を仕掛けたからな!
ただそれだけで、待ち伏せしていた海賊どもの陣形は崩れ、勝敗が決した」
「トリシャスの機動性を、最大限に活かしたわけですか」
「そうとも!
やはり、親衛隊機というものは、機動力重視のビルドをするに限る!
貴族家当主の中には、ジャラジャラとアクセサリーのように武器を装着させる者も多いが、ああいうのはいかん。
スピードこそが、機動兵器最大の武器というわけだな!」
「IDOLも任務の性質上、どうしても強襲作戦になりがちですから、その辺りは参考になります。
やはり、アーチリッターの機体構成も見直した方がいいでしょうか?」
「いや、お前の部隊は、おれの目から見てもよくできている。
カラドボルグの機動性は、人型を維持しながらもトリシャス以上のものであるし、バイデントも平均以上の機動力とマイルドな操縦性を両立しているようだしな。
それに、制圧力を考えるなら、グラムのような砲撃力は必要だ。
アーチリッターも、お前の柔軟な戦い方に合っている。
いざとなれば、今回持ってきた予備パーツで修復したティルフィングの2号機を使えばいいしな」
「お父様にそう言っていただけると、安心です」
……結局、二人で交わしたのは、貴族家の親子とは思えない物騒な話題。
聞いているだけで、オイルの匂いがしてきそうなそれだ。
だが、今さら飾ったところで、気の利いた話題を用意している鉄の男ではなく……。
何より、もっぱら聞き手に回っているカミュが楽しそうなのだから、これでいいと思えた。
これこそが、自分たち親子の形であるのだろう。
ただ、自分ばかり話しているのも健全ではないし、何より、ウォルガフ自身が気になる。
だから、こう尋ねたのだ。
「ところで、お前の方も何か聞きたいことや、話したいことがあるのではないか?
なんでも言ってみなさい」
「そうですね……」
カミュが、やや考え込むようにした。
それから、横目でこちらを見ながら聞いてきたのは……。
「……お母様がどういう人だったのか、知りたいです」
……子供ならば、当然気にするはずのこと。
しかして、ウォルガフがこれまで避け続けてきた話題だったのである。
お読み頂きありがとうございます。
次回は、カミュママについてです。
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