明かされる秘密 前編
「ある意味、スタジアムシップの本領発揮といった光景ですね」
IDOLが誇るスタジアムシップ――ティーガー。
エリナを従え、そのドーム内で繰り広げられる光景を見ながら、俺はそんなことをつぶやいた。
普段はもっぱらライブ会場として用いられるこのドームだが、例えば東京ドームがそうであるように、内部では様々な催しが可能だ。
代表的なところでは、野球やサッカーなど。
その気になれば――時間はかかるが――スケートなどの氷上競技を行うことすら、可能である。
かように他用途なドームであり、実現可能な用途の一つに、こんなものがあった。
すなわち――避難所。
一面芝生のグラウンドには、ブルーシートが敷かれており……。
さらに、こんなこともあろうかと用意していた――銀河入植時代でも現役バリバリな――ダンボール製のパーテーションによって、仕切りが作られている。
前世においても、大地震などが起こった際、地域の学校にある体育館などをこうやって避難所にしている様が報道されていたが……。
まさに、アレと瓜二つな光景が、この場で展開されているのだ。
「寝具などは、必要数がきちんと揃っていますね?」
「あらかじめ、皇帝陛下が手配されていましたから。
食糧も十分な量が確保されていますし、ステーションに勤務していた料理人たちが、スタジアム内の売店設備を使って炊き出しする手筈になっています」
パイロットスーツ姿なままの俺に対し、いついかなる時もメイド服――着てないとアイデンティティを失うそうだ――のエリナが、タブレット端末を見ながら答える。
「よろしい。
このような時、温かい食事があるのとないのとでは、避難者の精神状態が大きく違うと聞きますから」
前世における避難報道を思い出しながら、うなずく。
破壊されたハブスポットは、そもそもチェン子爵領と帝室直轄領とを物流的に結び付けるための拠点であり、そこに勤めているのも、生粋の軍属ばかりではない。
半ば住居ともいえる職場を失った彼らに対するメンタルケアは、目下の課題といえるだろう。
余談だが、ステーションの料理人たちへ貸し出すことになった売店設備は、俺がライブをする際、IDOLの隊員たちがシフト制で営業している。
とはいえ、それはあくまでも停泊時に行う余技でしかないのだから、このように、抱え込んだ避難者側で自発的に稼働させてくれるというのはありがたかった。
そんな風に、あたふたと避難所が設営される様を視察していると……。
不意に、背後から声がかけられる。
「モノは失ったとして、また作ればよい。
真に大切なのは、それらを流通させる人材よ。
それが守られただけでも、まあ良しとしましょう」
俺が着ているバカ高い薄手のそれと異なり、鎧じみた紫色のパイロットスーツを身にまとった人物……。
ちょっとした歩みや立ち姿からして、積み重ねたクンフーを感じさせるナイスダンディは――チェン子爵だ。
彼は、よく整えられた口ヒゲをそっと撫でながら、俺たちの隣へと立った。
それで、IDOL指揮官として、彼に謝罪せねばならなかったことを思い出す。
「子爵様……。
その、戦場では、わたしの部下が……」
「いや、それに関して謝罪は不要。
あの時は押せていると錯覚していた……いや、させられていたが……。
まんまとあやつの思惑通り、あなた方からの盾とされていたことは、もはや明白よ」
思ったより冷静に子爵が返す。
言うて、背後からビームを撃たれたのだから、普通なら軍法会議ものである。
そこを冷静に分析し、なかったことにしてくれるのだから、この人も相当な傑物であると思えた。
「それより、あなたが心配せねばならないことは、他にある。
その、部下の件です」
腰の後ろで手を組み、険しい顔となりながらチェン子爵が告げる。
彼の目線が、向けられている先……。
それは、上階客席部にある入り口の一つであった。
避難者の寝床はグラウンドに用意すると定めているため、今、そこに人はいないはずだったが……。
つられて見てみれば、確かにこちらを見下ろす小柄な人影がある。
グリーンのパーソナルカラーに染められたパイロットスーツを着用するその少年は……。
――お嬢様。
――お話したいことがあります。
うなじの辺りをチリリとした感触が走り……。
彼のメッセージが、思念という形で俺に伝わった。
それで、俺はくるべき時がきたことを悟ったのである。
――今から、そちらに行きます。
唇を震わせずに、言葉を届ける感覚……。
慣れないそれにどうしようもない違和感を感じながら、決然と伝えた。
「エリナ、ここは任せます」
忠実なるメイドに伝えて、ユーリ君の所へ向かおうとしたが……。
「カミュ殿。
臣下とは、己が分身。
腹を割り、異体同心となることこそが肝要ですぞ」
そんな俺の背に、チェン子爵から忠告が送られたのである。
--
「最初に言っておきます。
話したくないなら、話さなくて構いませんよ」
自分でも、やや声が硬質になっていると自覚しながら、まずは最初に告げるべきことを告げた。
スタジアム内の通路を背にした俺に対し、客席側の入り口に立ったユーリ君が、何か観念したような表情で首を振る。
「こうなった以上、隠し立てしていても仕方がないと思いますから……」
「なら、ここでの会話は全てわたしの胸にしまっておくと、そう約束しましょう」
「お嬢様、それは……?」
間髪入れない俺の言葉に、ユーリ君が驚き顔となった。
それも、そのはずだろう。
彼がこれから話す内容は、俺の立場を思えば、一言一句違わずにカルス帝と共有しなければならないことだ。
おそらく、今から語られるのは、謎に包まれていたハイヒューマンという存在が、何者なのであるかということであり……。
ことによっては、わたしがこんな力を持つ理由に関しても、明らかとなるのである。
だが、この決断は絶対だ。
「ロマーノフ大公家息女として、皇帝陛下の臣下として、報告の義務があることは承知しています。
ですが、わたしはそれよりも友情を上に置くのです」
「お嬢様……。
感謝します」
俺の言葉を噛み締めるようにしながら、ユーリ君が背後を振り向く。
そこから見下ろせるのは避難所を設営する様だが、別にそんなものを見たいわけではないだろう。
しばらく、そうした後……。
ユーリ君が、決意の表情でこちらに向き直った。
それから、こう尋ねてきたのである。
「お嬢様……。
もし……もし、この銀河に、今の帝室とは別の皇帝家血族があったとすれば、どうします?」
「その聞き方からすると、皇帝陛下に隠し子や、あるいは知られざる兄弟がいた、という話ではないようですね」
俺の念頭にあったのは、『パーソナル・ラバーズ』ゲーム本編におけるヒロイン――マリアの存在だ。
皇星ビルクにおいて、ゲームなら居たはずの場所に彼女が居なかった………。
ことによると、この銀河そのものにも存在しないことは、俺にとって大きな謎の一つである。
だから、念のため尋ねた俺に対し、ユーリ君がかぶりを振った。
「もっと、ずっとずっと昔に別れた血脈の話です」
「そんな方々がいるのだとしたら、それは帝国にとって大きなスキャンダルとなりますね。
貴族界のパワーバランスが崩壊しかねない。
そして、そんな影の血脈と呼ぶべき一族が、今まで発覚しないまま存続していたというのなら、それも驚きです」
俺の言葉に、ユーリ君もうなずく。
「おそらく、現皇帝であるカルス陛下も、そんな存在の可能性は考えていないでしょう。
その一族が生き永らえてきたのは、銀河に築かれた帝国の勢力圏外なのですから」
「つまり、外宇宙に根付いていたということですか?」
「根付く、と表現するには、かなり過酷な生活ですが」
そこまで言った後……。
いよいよ、ユーリ君は確信に触れ始めた。
「始まりは、地球暦でおよそ五百年前……。
外宇宙移民計画でした」
お読み頂きありがとうございます。
次回、ハイヒューマンとは何者たちか明かされます。
また、「面白かった」「続きが気になる」と思ったなら、是非、評価やブクマ、いいねなどをよろしくお願いします。




