ガンコウ
パーソナル・ラバーという正式名称の通り……。
PLという機動兵器は、カスタマイズ次第でパイロットにとって最良の恋人と成り得るマシーンであり、黎明期から現在に至るまで、その拡張性を高めるべく、様々なオプション兵装が開発されてきた。
代表的なところでは、ビームライフルと粒子振動ブレードだろう。
直撃すれば、いかなるPLであろうと甚大な被害を受けるビーム兵器……。
接近戦において、PLの複合装甲を紙切れのように切り裂くことが可能な長剣……。
極端な話をしてしまうと、この二種さえ装備していれば、あらゆるレンジでの戦闘に対応することが可能なわけであり、開発者からもパイロットからも、半ば神器めいた扱いをされているのは当然のことといえよう。
デッドウェイトと成り得ることから、上述二種には劣るものの、愛好者が多いのはシールドだ。
構造は、実に簡素。
乱暴な言い方をすれば、PL本体にも使われる複合装甲を盾の形へ成形し、取っ手なりハード・ポイントなりを取り付けただけである。
ただそれだけの装備だが、効果は抜群だ。
何しろ、PLに保持させ、構えているだけで機体本体の被弾面積を大幅に減らせるのである。
内部のコックピットにいるパイロットからすれば、その状況がもたらす安心感は絶大なものがあり、それによって冷静な操縦が実現することを思えば、これは、単なる防御効果以上に価値のある装備といえた。
それら一般的な武装に比べると、やや採用率が低いのは、ビームマシンガン、ビームガンといった派生形兵器や、そもそも荷電粒子を射出しない実体弾系の武器であり……。
継戦能力に難があることから敬遠されがちながらも、地球時代の戦闘機から受け継がれたミサイルを頼りとする者も存在する。
今、銀河で最も有名な変わり種の装備といえば、これは弓矢を置いて他にないだろう。
カミュ・ロマーノフ……。
IDOL指揮官として、また、超銀河アイドルとして活躍する彼女が、カスタム化したリッターの得物として選んだのが、それであった。
機体本体にステルス的な性質を持たせることで発揮されたその威力は抜群であり、すでに円熟化して久しいと思われたPLの開発史に、一石を投じる結果となったものである。
だが、ロン・チェンは思う。
「二本の腕があり、二本の脚を備えている!
格闘戦こそが、PLという機械の華よ!」
そう吠えた初老の子爵が搭乗するは――ガンコウ。
フレームから何から、全てがゼロベースで新造されている生粋のワンオフ機だ。
特筆すべきは、両腕部のシールドを除き、一切の武装がないこと……。
そのシールドにしても、最低限の大きさを確保しているだけであり、決して、これに頼った運用をする機体ではない。
その真髄は――カンフー。
脈々と受け継がれ、磨き抜かれた技でもって相手を制する。
まさに、人型機動兵器としての美と力が結集したマシーンなのだ。
「そら!
そら! そら! そら!」
今、ハブスポットCL334付近で相手取る敵は――対極。
昨今の流行であるスマート・ウェポン・ユニットの槍で自身を守り、さらには、超高出力のバズーカでもって拠点攻撃を行う戦略級兵器と呼ぶべき存在であった。
それはつまり、人型としての本領を捨てたということ。
一種の醜悪さすら感じられる敵機の設計思想が、ロンの闘志を駆り立て……。
その気迫が、実際に拳を振るう愛機――ガンコウへも伝播する。
「オウアチャアッ!」
放たれたのは、俊敏なる連続拳。
頭部を……そして、胴体を。
一撃一撃が違う箇所を狙っており、しかも、直撃したならばリッターの胴部を打ち抜く威力がある攻撃だ。
これを、黄金の敵機は――さばく。
最初、ボクシングスタイルの構えだった敵機は、スウェーによりこれら拳撃を回避しようとしていたが……。
ガンコウが見せた踏み込みの鋭さから、すぐにこれが不可能と悟り、両腕での対応に切り替えた。
その技前は、かなりのもの。
胴の内側から、外へと流すかのように……。
ガンコウが放った拳のことごとくが、受け流されていく。
並のパイロットならば、両腕を盾にして防ぐところであったが……。
そうでないところが、パイロットの実力を証明していた。
「ハイーッ!」
連撃に交え……。
突きを放ったガンコウの右手が、やおら開かれる。
拳から掌底に切り替えたか?
そうではない。
開かれた手の五指は内側に引き締められており、得物を食い破る肉食獣の牙めいているのだ。
必殺の一撃が狙うは、筒持ちの――喉元。
センサー系の大部分が内蔵された頭部と本体とを繋ぐ、人型機動兵器共通の急所であった。
――ガシイッ!
下からすくい上げるようにした敵機の右腕が、喉へと到達する直前でガンコウの腕を抑え込む。
「我が虎の拳を防ぐとは、見事!
だが――」
猛連撃は、これでおしまいか?
否!
否である!
これまで使われなかったガンコウの左脚が、敵機の膝へとストンピングを行ったのだ。
筒持ちは、瞬時に脚を上げることでこれを回避したが……。
まだ、ガンコウの攻撃は終わっていない!
右脚を軸とし……。
持ち上げた左脚の膝から下で、上下左右――あらゆる方向への蹴撃を行ったのである。
しかも、生の人間とは異なり、背部のブースターで迫りながらこれを行うのだから、もはやこれは、カンフーの新たな極致。
名付けて――機人拳!
「両腕は、門を開くカギ!
仕留めるは蹴りよ!」
叫びながら、尚も連続脚を浴びせかけた。
敵機は、両腕や脚を駆使し、これをいなし続けるのみ。
押している!
鍛え上げたカンフーは、ハイヒューマンなる未知の相手にも決して引けを取らないのだ!
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「これは……狙えない。
ガンコウを盾にしているんだ」
ガンコウは、流麗にして鋭い蹴りの数々を浴びせ続けており……。
これを防ぎ続ける筒持ちの姿は、一見すれば防戦一方のようにも思える。
だが――攻撃を仕掛けるチェン子爵自身も気づいていないだろうが――それは、真実ではない。
筒持ちは、ガンコウと肉薄し続けることによって、後続であるアーチリッターとグラム……そして、バイデント隊の射撃攻撃を防いでいるのだ。
特に大出力のビームを武器とするグラムはそうだが、こうも密着されてしまっては、誤射を恐れて攻撃などできないのであった。
「それにしても、敵のハイヒューマン……。
なんて腕前」
恐るべきは、チェン子爵を手玉に取る敵パイロットの実力。
カミュちゃんムズムズの反応を見れば、子爵の思考を読み取ることで対応しているのは、明らか。
だが、思考が読めているとて、事は瞬時の判断が求められる格闘戦である。
おそらく、パイロットであるチェン子爵自身がカンフーの達人なのだろう。
ガンコウの攻撃は、いずれも必殺の鋭さを誇っており、一手誤れば、いかに装甲の分厚い筒持ちであろうと甚大な被害は免れないと思えた。
そのことごとくを、いなし続ける。
これを実行することの難しさなど、語るまでもない。
その上、敵機が操るスピアは、いまだリッター隊に被害を与えながらカラドボルグの追撃を逃れ続けているのだ。
「どうす――ユーリ君!?」
手をこまねく俺をよそに……。
粒子振動アックスを振りかぶったグラムが、格闘戦を続ける二機へと突っ込んでいく。
射撃がダメなら、白兵戦で援護するつもりか?
いや……機体越しに感じられる雰囲気からは、何か異なるものを感じる。
カミュちゃんムズムズを使えば、思考が読み取れるが……。
俺はあえてそうせず、バイデント隊に命を下したのであった。
「アットン、ベン、クレイルはわたしに続きなさい!」
お読み頂きありがとうございます。
次回は、ユーリVSロブです。
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