ユーリの誓い
「お、お嬢様……?」
あまりにもたやすく放たれた容認の言葉……。
耳では確かに受け取っていながらも、頭の方が処理しきれずに問いかけてしまう。
これから起こるのは糾弾であると、そう覚悟していたのである。
「意外そうな顔をしていますね?」
「そ、それは……。
ボクごときが、身分を偽って大公軍に加わり、ばかりか、お嬢様が指揮する独立部隊の一員となっていたわけですから」
自分の言葉を受けて……。
カミュお嬢様が、きょとんとした……ひどく意外そうな顔となった。
「ああ、うん……そういうことですか……」
それから彼女は、腕を組んでしばらく考え込み……。
自分に向けて、ピースサインのように指を二本立てたのだ。
「いいですか?
ユーリ君は、二つ勘違いをしています」
「勘違い、ですか?」
「勘違いです」
うなずいたカミュお嬢様が、空いた手で立てた指のうち、一本を折る。
「まずは、自分自身の実力……。
ついさっき言ったばかりですが、もう一度言いましょう。
あなたは、天才的なメカニックであり、パイロットであり、しかも、大人顔負けの格闘術を身に着けた少年です。
ハッキリ言って、スペシャルであると言えるでしょう。
そんな人間が、ボクごときなどと言うものではありませんよ。
過ぎた謙遜というものは、美徳ではなく悪徳です」
それから、お嬢様が残るもう一つの指を折った。
「それと、もう一つ勘違いしているのは……。
身分が怪しいのは、別にユーリ君だけではないということです」
「ええっ!?」
……衝撃の事実である。
仮にも今は銀河帝国時代であり、中世の田舎国家というわけではないのだ。
普通、生まれてきたなら各領主が支配する自治体へ報告し、戸籍登録するはずであった。
というか、きちんと病院で産んだのならば、半ば自動的に届け出られるはずである。
「ほら。
例えば、あそこにいるのが怪しい身分筆頭です」
が、カミュお嬢様が指差した方を見て、疑問は解決した。
そこにいた人物……。
それは、リーゼントなる髪型に赤髪を固めた我らが同僚、ジョグ・レナンデーだったのである。
彼の方はその特徴的すぎる髪型が災いしたか、どこかからの観光客と思わしき一団にメチャクチャ写真を撮られており、こちらを気にする余裕がないようだった。
銀河中に報道されているのだから、髪型は変えた方がいいと忠告したのに。
「ああ……。
そういえば、ジョグ君は海賊生活の中で生まれた子供なんでしたっけ?」
「そうです。
当然ながら、戸籍なんて気の利いたものは存在しません。
しかも、ジョグ君だけがそうなのではなく、他の元スカベンジャーズ組にも似たような人間は大勢います」
「そんなに……」
もはや、衝撃を通り越して笑撃の真実である。
IDOL構成員の大多数は、カトーの乱で引き入れた元スカベンジャーズ組であるのだから、これは要するに、隊員の半数近くが身分不確かな者で占められていることを意味した。
ハッキリいって、スパイ入り放題である。
「皇帝陛下はこう仰ってましたよ。
『これもう、わっかんねえな!』と」
「それはそうでしょうね」
カルス帝が言ったという言葉に、心から同意した。
ユーリ自身も含め、どこの馬の骨とも知れない人間だらけな正義の組織とは、一体……。
「というわけで、戸籍が怪しかったり、そもそも無かった人たちは、全員まとめてわたしが後見人となり、我がロマーノフ大公領に身分を用意してあります。
ブリッジで指揮をする時はアイアイマムと言われていますが、実際、戸籍的にはマムなわけですね」
「いつの間にそんな……」
「ちなみにですが、ユーリ君もその対象ですよ」
「知らなかった。そんなの……」
なんか……憧れてるお嬢様がいつの間にかママとなっていた。
その事実に、愕然とする。
そうしていると、ロブのことで胸中に宿っていた重いものが、霧散していくのを感じていた。
「いいんですか? そんなので?
ボクが言うのも、どうかと思いますが……」
「まあ、その辺は皇帝陛下も大いに悩んでいましたが……。
そうですね。
せっかく、このような所にいるのですから、ここは故人の言葉を借りましょう」
そう言って、お嬢様が眼下の紫禁城を見やる。
それから、こう言ったのだ。
「水清ければ、魚棲まず」
「どういう意味です?」
「あまりに水が澄んでいる川や池には、かえって魚が住み着かないものという意味です。
転じて、あまりに清廉潔白であり過ぎると、他者を寄せ付けなくなるという教訓が込められています」
「この部隊も、そうであると?」
「そもそも、カトーの乱ですでに肩を並べて戦っている、というのもありますしね。
こうなったら、呉越同舟。
今さら、身分の確かさなど問うても仕方がないでしょう。
そもそも、戸籍なんていうものは情報に過ぎません。
わたしは、わたし自身が見て知って、感じたものを最優先にします」
そこまで言った後……。
カミュお嬢様が、こちらに視線を向けた。
気高く整った顔には、ほほ笑みを浮かべていて、眼下の紫禁城よりも……。
いや、この世で見てきたどのようなものよりも、美しく見える。
「わたしが知っているユーリ君は、誰よりも機械いじりが好きで、暇があれば、独創的な新装備を設計して……。
それで、パイロットとしても一人の戦士としても、とても頼りになる存在です」
「えっと……」
真っ直ぐに自分を見ながら放たれた称賛の言葉……。
それを受け止めて、熱くなった頬をかいた。
「そして、女装がよく似合う」
「なんて?」
「なら、それでいい。
それだけで十分です。
他の情報は、全て余分にしかなりません」
何か、不穏な一言を挟みつつ……。
カミュお嬢様が、キリリと表情を引き締める。
「その上で、こう言いましょう。
――ユーリ君。
あなたがスペシャルである由縁は、あえて聞きません。
もし、話したくなったり相談したくなったりしたなら、その時に教えてくれればいい。
あらためて、わたしの力になってくれますね?」
「お嬢様……」
彼女はこう言ったが……。
実際のところ、元スカベンジャーズ組とは大きく異なる背景を背負っていることくらいは、看破しているだろう。
その上で、こうまで言ってくれている。
ならば、自分が返すべき言葉は、ただ一つだけなのだ。
「……これからも、この力を尽くします」
これは、神聖な誓いであった。
例えば、古代の戦士が、剣で肩を叩かれながら騎士として任じられた時のような……。
生涯を賭すという覚悟が秘められたものである。
「うん、ありがとうございます」
軽く目をつむりながら、お嬢様がうなずく。
それから、こう言った。
「と、ここまでが、IDOL指揮官としての話」
「ここまでが……?」
「そう、ここからは、カミュ・ロマーノフ個人としての言葉です」
わけも分からず身構えると、カミュお嬢様が遠くを見つめるような瞳となる。
一体、その目に何が映っているのか?
それは……。
「初めて会った時を、覚えていますか?
あの時、わたしはこう言ったんです。
『よろしく。
今日からあなたも、友達ですね』
……って。
その想いは、今も変わりません」
……ああ、そうだ。
あの時、彼女は手を差し出しながら、そう言ってくれたのだ。
だから、自分は……。
「友達のことを、いちいち疑ったりしませんよ」
言いながらほほ笑むお嬢様の姿は、あまりに可憐で、尊くて……。
正直、反則だったと思う。
お読み頂きありがとうございます。
次回は、ハイヒューマン側です。
また、「面白かった」「続きが気になる」と思ったなら、是非、評価やブクマ、いいねなどをよろしくお願いします。




