かつての旅立ち
ロブというハイヒューマンとの暮らしは、およそ三年ほども続いたか……。
ユーリと名付けられたハイヒューマンは、実に様々なことを教わった。
例えば、惑星ポリゾナに飛来する多種多様なジャンクの活用法……。
大気圏突入時の熱によってほとんどが焼けただれ、無茶苦茶な色合いの飴みたいになっているそれらの奥には、宝物があることを知った。
他の部品が溶解した中、なおも命を失っていないプラネット・リアクターのコアパーツ。
形を歪めた制御機構……。
補助AIのチップ……。
それらを、他の無事な部品や素材でどうにか補い修理してやると、ポリゾナを仕切るなんとかファミリーという連中は、実に嬉しそうな顔となったものだ。
惑星に流れ着いた当初はみじめに働かされ、使い潰されるだけだった少年が、ユーリという個人として認識され、時には軽口を叩かれるようになる。
それは、例えるなら、世界が開かれていくような感覚だった。
あらかじめ役割を与えられ、何かにつけて無機的なハイヒューマンの世界では、あり得ない感覚……。
相変わらずポリゾナの空は暗雲に覆われており、有害物質入りの雨も頻繁に降る。
だが、時を過ごす内に、それらが向こう側で思い描いた緑に溢れる世界と比べても、そん色がないもののように思えた。
「とうとう、直し切ったか。
お前は、メカニックの才能があるな」
ある日……。
定期的におもむく洞窟の中でボートをいじっていたユーリに、ロブはそう告げたものだ。
「こちら側の規格が合わない部品をつなぎ合わせて、どうにか誤魔化しているだけですよ。
こんなもの、修理と呼べるほどのものじゃない。
一回飛ばせば、今度こそ使い物にならなくなる歪なミキシングビルドです」
ボートの腹から顔を出し、告げる。
ジャンク品の中から使えるものを選び出し、言葉通り無理矢理つなげることで、どうにか修理しきったもの……。
それは、ユーリがあちら側からの脱出に使用し、この惑星へと不時着したスペースボートであった。
本来救命用であるこいつは、乗用車に毛が生えた程度の大きさであり、その構造も――単純。
言ってしまえば、モーターとバッテリーで駆動する玩具のようなもので、その単純さが修理をする上では助けになったのである。
余談だが、山肌をくり抜いたようなこの洞窟にこいつが隠せているのは、ただの偶然だ。
惑星に不時着する際、制御を失って地上をバウンドしながら滑り続けたこのボートは、運命へ導かれるようにこの洞窟へと入り込んだのであった。
おかげで、余人の目からは隠し通せている。
簡易的な構造のボートとはいえ、中枢部には遺跡から得られたテクノロジーが使われているのだ。
ジャンクいじりで計り知れる現行人類の技術レベルを鑑みると、もし、発見されて市場に流されでもしたら、大きな騒ぎとなっていたことだろう。
「だが、飛べる。
巣立ちの時だ」
そんなことを考えていると、ロブがポケットから取り出した何かを放り投げてきた。
「これは……」
ボートの腹をいじっていた都合上、寝そべっており、しかも不意に投げられたわけだが、戦闘用に調整されたハイヒューマンの反射神経をもってすれば、反応するなどわけはない。
キャッチしたそれは、携帯端末である。
「お前の身分を作った。
ファミリーの連中も、快く引き受けてくれたよ」
それはつまり、身分を偽造したということ……。
使い方は知っている端末をいじると、電子身分証が表示された。
いつだかに悪ふざけで撮影された顔写真と、偽りの経歴……。
名前は、ユーリ・ドワイトニングとなっている。
「このファミリーネームは?」
「なくては格好がつかんだろう。
他の名前がよかったか?」
ロブが、照れ臭そうに頭の裏をかく。
「いえ、これでいいです。
これがいい」
「そうか」
ただそれだけで会話は終わり、しばらくの静寂が訪れる。
ロブがドワイトニング姓を名乗っているのは、かつてこちらで潜入工作を行う際、便宜上必要となったからだろう。
きっと、大した理由があって使っている名前ではないはずだ。
だが、今、自分にその名を受け継がせたのは……。
そこには、確かな理由と絆が存在すると思えた。
「こんなスラムとしか呼べない星で、いつまでもみじめな生活をしている必要はない。
お前は、もっと広い世界を知って、幸せというものを掴むべきだ。
かつて、この私がそうだったようにな」
「今は不幸せなんですか?」
「そういうわけではない。
ただ、残りを消化するだけの人生になっていたことは確かだ。
だが、私も考えを変えた」
言いながら、ロブが取り出した自身の携帯端末をいじる。
一体、何をしているのか……。
その答えは、ほどなくして……空の向こうからやって来た。
洞窟の前に、ごくごく静かな……。
しかし、確かに人型機動兵器特有の着地音と、ショックアブソーバー音を響かせたのである。
慌てて立ち上がり、ロブと共に洞窟を出ると、そこにいたのは……。
「OT……!?」
「偽装し、周辺宙域に隠していた。
私がこいつで送り届けよう。
それならば、ツギハギだらけのボートでも、安心して飛べるだろう?」
自動で降下し、洞窟前で膝立ちの姿勢となった機体……。
自律行動型の槍と呼ぶべき装備を両肩に装着したそれは、見るからにパワフルなマシーンだ。
最大の武装と呼ぶべきは、背部に分割変形し接続した大型のバズーカ……。
ある種の機体にのみ授けられるゴールドカラーと、過剰なまでの重装甲。
そして、バズーカのシルエットから、一目で設計思想を看破する。
「拠点襲撃用……。
いや、これは……戦略級の攻撃兵器ですか?」
「スミスウェッソン。
私の分身と呼ぶべき機体だ。
こちら側に潜入、潜伏し、情報収集しながら、いつかこいつで攻撃する時を待つ……。
それが、本来課せられていた使命だった。
その使命を放棄した今も、こいつだけは破壊できん」
腰の後ろで手を組み、スミスウェッソンなる機体を見上げながら、ロブが答えた。
その瞳は、ユーリが初めて出会った時と同じ……。
ガラス玉のようで、生物とは思えぬ無機質なものだ。
だが、実際のところ、この瞳には様々な感情が宿っていることを、今のユーリは知っている。
ハイヒューマン特有の共感能力に頼ったのではない。
あんなものは、随分と前から使わなくなっていた。
だから、これは……血の通った感覚だ。
「こいつでボクを送り届けて、その後はお別れですか?
この惑星を出て、新天地でやって行けっていうなら、今まで通り一緒に暮らせばいいのでは?」
共にスミスウェッソンなるOTを見上げながら、問いかける。
すると、ロブはまたも照れ臭そうな顔をしながら、毎朝剃り上げている頭をかいた。
「お前と一緒に、どこかでジャンク屋なりリサイクルショップなりを開く。
それも、悪くはないと思ったさ。
だがな……」
「だが?」
「これ以上一緒にいると、本当にオヤジとなった気分になってしまう」
――別に、それでもいいのに。
そうと思ったが、それは口にしない。
きっと、彼にとっては大事な区分なのだ。
「さあ、こんな目立つものをいつまでも晒してはおけん。
いざという時の蓄えも兼ねて、水と食糧は積み込んであるのだろう?
さっさと出発するぞ」
「出発って、どこにですか?」
「ロマーノフ大公領」
自分の言葉に、ロブは短く答える。
「銀河最大の力を持つ貴族で、当主は実力主義者らしく、腕のいいメカニックを広く募集している。
それこそ、年齢も性別も経歴も不問でな。
お前には、ピッタリだろう」
「ロマーノフ……」
その名をつぶやきながら、ボートへと乗り込む。
この日は、珍しく有害物質入りの雨が降っておらず……。
急なこととはいえ、旅立ちにはおあつらえ向きな日であった。
お読み頂きありがとうございます。
次回は、再び現在です。
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