演舞と急報
今や超銀河アイドルとして名高いカミュ・ロマーノフのライブステージといえば、やはり、誰もが王道スタイルのそれを思い浮かべるだろう。
すなわち、ミニスカート系のかわいらしいアイドル衣装を着用し、存分に歌って踊ってMCしてファンサして……という、もはやクラシックとさえいえる形式だ。
ただ、定着し古典の領域に達している形式というものは、やはり満足感が高いもの……。
一部の逆張りが好きな者は「そろそろマンネリの気配を感じる」などと訳知り顔で語っていたが、おおよその人間――つまり全銀河の過半数――は、配信されるライブ映像を見て高評価にタップしていたのである。
それだけに……。
その日、惑星ゴヒで行われたライブは、全カミュちゃまファンの意表を突くものとなった。
まず、驚かされたのが、その――静謐さ。
当たり前だが、ライブというのは騒々しさを伴うものだ。
だが、開演時間になっても、スタジアムシップ内特設ステージには、BGMの一つも鳴り響くことがなく……。
ばかりか、場内を照らしていたライトが全て落とされ、完全な暗黒がスタジアムを支配したのである。
これには、厳密な抽選の末に選ばれた惑星ゴヒの観客たちも驚かされた。
今回、IDOLがゴヒを訪れたのは、超銀河インフルエンサーことモンファを送り届けるためであり……。
従って、これから行われるライブは、いつもの事件解決後に行われるそれとは性質を異にする。
要するに、ゴヒ民に対する皇帝直属組織の親睦ライブであり、さぞかし派手な催しになるだろうと、招かれた客たちは予想していたのであった。
どよめきが巻き起こる中……。
驚く人々のささやき合う声すらも静まりかえるのを待って、ようやく変化が起こる。
なんとも優雅で雅やかな弦の音色が、響き渡ったのだ。
これは――古筝。
中国の伝統的な弦楽器である。
西洋弦楽器のそれと異なり、やわらかく、耳の中へ幾重にも反響するような音色が、観客たちの心を潤す。
驚くべきは、あえてスタジアム内のスピーカーは使わず、生演奏でこれを聞かせていることだが……。
この演出は、大成功であるというしかない。
奏者が放つ音色の見事さは、機械越しに拝聴するなど無礼であると思えた。
誰もがうっとりとしながら、弦が奏でる音へと聴き入る。
そうしていると、ステージの端がスポットライトで照らされ、奏者の姿を明らかにした。
おおよその人間は、予想していたが……。
これを奏でている人物は――モンファだ。
民族に受け継がれてきた装束をまとった彼女が、厳かな音色を奏でているのである。
配信内でこれなる楽器を得意にしていることは公言しているし、実際、演奏する生配信も定期的に行っているので、これは納得の人選であった。
モンファは、壮大にして優美な音色を奏で続けたが……。
やがて、その曲調が大きく変わり始めた。
力強く、それでいて、緊迫感も込められた演奏……。
これが表現するものを二文字で表すならば、それは武侠という言葉がふさわしいに違いない。
と、同時に、ステージ全体がライトアップされる。
ステージの中央……姿を現したるは、超銀河アイドルカミュ・ロマーノフを除いて他にいない。
ただ、着ている衣装は従来の古典的アイドル衣装とはかけ離れたものである。
白を基調とした――中華風ロリータ。
広がった袖や刺繍装飾……。
ふわりとしたミニスカートのフリルと装飾……。
例えるならこれは、中華のコクとコーラのキレ。
伝統的な装束に西洋要素が取り入れられたこの衣装は、ここ惑星ゴヒでのステージにはピッタリだ。
だが、姿を現したカミュが歌い出すことはない。
常ならば、登場と同時に観客へ呼びかけ、すぐさま軽快なミュージックが始まるところ……。
ただ、じっと両目をつむって佇んでいる。
が、やがて彼女に動きが生じた。
モンファが奏でる弦の音色に合わせ……。
大きく、それでいて優雅に踊り始めたのである。
いや、舞い始めた、か。
そう、これは舞いだ。
小さな体で精一杯に手足を動かし、ダイナミックかつ流麗な舞いを披露しているのである。
そんなカミュとモンファの音色に合わせ……。
ステージ上で変化が起こった。
舞い散るは、無数の符。
足元から湧き上がるは、大量の水だ。
水はすぐさまカミュの膝下までを満たし、ステージは湖畔のごとき様相を呈し始める。
だが、弦を奏でる手元まで浸かっているモンファが支障なく演奏できているのを思えば、これはホログラム映像であると伺い知れた。
符が……水が……。
カミュの舞いに合わせ、うねり、舞い散り、脈動していく。
そうやって表現されるのは――戦い。
姿なき何者かとの、壮大にして壮絶な戦いの光景だ。
――符術大戦!
今、カミュ・ロマーノフという少女は、仙人のごとく符と水を巧みに操り、強大な何かと戦っているのであった。
観客が固唾を呑んで見守る中……。
幻想にして華麗な戦いを終えたカミュが、動きを止める。
同時に、演奏とホログラム演出も止まり……。
しん……とした静寂がスタジアムを満たした。
この舞踊を最後に締めくくるもの……。
ふさわしきは、一つしかない。
――拍手だ。
観客たちによる万雷の拍手が、ステージへと降り注ぐ。
『惑星ゴヒのみなさーん!
今日は来てくれてありがとうございまーす!』
それに応えたカミュが、笑顔で手を振り返し……。
大盛り上がりの中、ライブステージが幕を開けた。
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「いやあ、大盛況でしたね。
これも、モンファちゃんのおかげです。
今日は本当にありがとうございました」
ティーガーの控え室……。
きっちりとアンコールも終えてきた俺は、エリナから渡されたタオルで顔を拭きながら、待ち構えていたモンファに話しかけた。
「カミュちゃまのパフォーマンスがよかったからだヨー!
配信も絶好調! お互いに、またファンが増えちゃったネ!」
笑顔の彼がハイタッチを繰り出してきたので、それに応える。
結局、ユーリ君とは、良いお友達でいようということになったらしいが……。
新しい出会いを探すと公言する彼女に、陰はない。
余談だが、配信された例の番組は、何も知らない彼のファンに波紋を呼びかけたようだが……。
色んな意味で本当に何も知らないファンたちは、恋する少女を応援するスタンスで統一されたようであった。
インフルエンサーの力とファンの団結力って、スッゲー!
「この後は、どうするノ?」
「しばらくは任務もありませんし、ちょっとした休暇を満喫しますよ。
差し当たっては、惑星ゴヒのグルメを堪能したいですね」
「ワオ! それならオススメスポットがいくつもあるヨ!
フカヒレ、ツバメの巣、北京ダックにアワビ……。
点心だって、よりどりみどり!
毎日食べ歩いても、食べきれないヨ!」
「それは、胃袋が試されそうですね」
苦笑いしながら答える。
前世ならいざ知らず、わたしは小食なので、どこへ食べに行くかは厳選する必要があるだろう。
「あたしとしては、美味しいスイーツのあるお店も寄りたいです」
「もちろん! スイーツだっていっぱいあるヨ!
代表的なところでは杏仁豆腐だけど、屋台街なんかに行けば、リーズナブルで美味しいお菓子が沢山だヨ!」
「それも、魅力的ですね」
エリナも話に加わり……。
着替えもそこそこに携帯端末をいじり、あれこれと娘三人――ということにしよう――で計画を練った。
「――お嬢様?
着替えは終わっていますか?
皇帝陛下と大公様が、すぐに通信を入れてほしいそうです」
控え室の外からユーリ君に呼びかけられたのは、その時だったのである。
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