三バカがいく! 前編
――難攻不落の要塞。
惑星テポドアに存在するその山岳基地を形容するならば、この言葉こそがふさわしいだろう。
弓や槍……。
あるいは、小銃や機関銃を用いていた時代ならばともかく、攻撃兵器が防御用のそれを必ず上回る時代に突入して幾百年が経とうとしているのに、そのような言葉を用いれるのにはわけがあった。
と、いっても、さほど複雑な理由ではない。
単純に、この基地が攻め手を上回るほどの圧倒的な迎撃兵器で埋め尽くされているのである。
まず、直上――大気圏外すらも見据えているのは、基地中央部に存在する巡洋艦ほどもある砲台。
巨大さに見合う超大型のプラネット・リアクターと冷却装置を備えたこれは、やや旧式の設計ながらも、単純な荷電粒子砲としての威力は比類なきものがあった。
何しろ、直撃すれば一般的なスペースコロニーを一撃で沈められるのだ。
その他、地対空ミサイルなどの対空砲火も充実しており……。
上方からの攻撃を試みるのは、自殺行為なのである。
では、地上からならばどうかというと、これも無数のトーチカや周辺に張り巡らされた地下壕からのPL出没が脅威となった。
ことに、神出鬼没の限りを尽くす後者は厄介そのものであり、ならばこれを攻略せんと地下そのものへの侵入を試みれば、ブービートラップの数々が歓迎してくれるという念の入りようだ。
火力によって上から地下壕そのもの塞ぐには、それだけの大火力を制空圏が取られた状態で輸送せねばならず、現実的ではない。
上も下も――鉄壁。
悪辣な領主が最後の籠城先として用意したここを落とすには、もはや、兵糧攻めの他にないと思えたのである。
そんな山岳基地の上空……。
衛星周期の都合上、光一つない真の暗闇と呼べる空間から、降下を果たさんとするモノたちの姿があった。
といっても、装甲表面に周囲の夜闇を映し出し、カモフラージュしたシルエットを光学的に掴むことはほぼ不可能であり……。
しかも、内部のプラネット・リアクターは極限まで出力を抑えられていて、電子的な索敵に引っかかることもない。
惑星の周辺宙域から、入念な計算を施した上で電磁カタパルトにより射出。
以降は、自身の推力を一切使うことなく、死の火砲が待ち構える直上まで侵入を果たしたのが、これらの機体である。
数は――四機。
四機のPLが、重力に身を任せて基地上空から落下し続け……。
それから、地表に激突する寸前――リアクター出力を全開に高めた。
――ヴウウウウウンッ!
モスキート音じみたリアクター稼働音を響かせながら、四機は重力子のコントロールを最大で展開。
落下速度を完全に殺し、ハリネズミのごとくそびえ立った対空火砲の中心部へと降り立つ。
先鋒を務めるのは、三機の同系統PL……。
カモフラージュが解除された装甲は真紅に塗られており、悪魔を思わせる鋭利なデザインの各部と、背部に背負ったドローン・ユニット……。
それから、小型シールドを装着した鳥類じみた関節構造の脚部が特徴だ。
――バイデント。
皇帝直属の秩序維持機構――IDOLで運用される少数生産型PLが、手にしたアサルトライフルを次々と撃ち放つ。
三点射によって発射されるのは、青白い電光を曳く特殊弾だ。
その正体は――電磁パルス弾。
火力ではなく、電磁的な効果によって敵を無力化するこの兵装は、フィリピンVを治めるネッド・ラゴール男爵からの技術提供でさらに威力を高めており……。
開帳されたその効果たるや――絶大なり。
一斉射されたとはいえ、たかがPLの実弾兵装が基地の象徴と呼べる荷電粒子砲の各部をスパークさせ、使い物とならなくさせたのだ。
バイデントたちは、荷電粒子砲のみならず、地対空ミサイルなど、その他の対空装備を次々と無力化していく……。
そんな彼らと裏腹に、悠然と戦場を見渡したのが四機目の機体であった。
原型となったのは、傑作機として名高い帝国の主力量産機――リッター。
だが、漆黒に染め上げられた機体は装甲を削ぎ落とすことで関節可動域の強化を図っている。
武器として携えるのは、手にしたミドルボウと左腕部一体型のロングボウ。
指揮官機用ブレードアンテナを装着したこの機体を知らぬ者は、もはや銀河に存在すまい。
――アーチリッター。
そして、それを駆る少女の名は……。
『こちらは、皇帝直属の秩序維持機構――IDOL。
その司令官であるカミュ・ロマーノフが最後通告を言い渡します。
――降伏なさい。
すでに、この基地を守る対空設備は無力化しました。
大気圏外からは、我が母艦たるハーレーが接近し、火砲をこの基地へ向けています。
施設に立て籠もっての籠城は、もはや無意味……。
これ以上の抵抗は、何も生み出しません』
瞬間。
外部スピーカーによって降伏勧告を行っていたアーチリッターが、やおら屈んで膝立ちの姿勢となる。
同時に、ミドルボウを肩越しに背後へ向けており……。
そこから放たれた一本の矢が、出撃し、背後から不意打ちしようとしたリッターの頭部を貫いていた。
相手が発射した荷電粒子ビームは、屈んだことでむなしくアーチリッターの頭部をかすめていく。
『……もう一度言います。
投降しなさい。
それでも、無駄な抵抗を続けるなら相手になりましょう』
力尽き倒れる敵リッターに見向きもせず、再び立ち上がったアーチリッターが冷たい声で告げる。
頼みの綱といえる超大型荷電粒子砲は破壊され……。
頭上からは、敵の旗艦が強大な火砲を向けているという。
もはや、これまで。
そうと理性で分かっていても、なお抵抗を選んだのは、降伏したところで先がないと分かっているからだ。
何しろ、この地を治める貴族は、密かな合成麻薬の密輸がIDOLによって暴かれており……。
それに従い、甘い蜜を啜っていた者たちの末路など知れているのである。
ゆえに、張り巡らされた地下壕からは、続々とPLたちがエレベーターで上がりつつあった。
『……そうですか。
ならば、かかっていらっしゃい。
アットン、ベン、クレイル。
バイデントの本領を発揮なさい』
呼びかけられたバイデントのパイロットたちが、次々と背部ドローン・ユニットを切り離し、基地上空から索敵させる。
これこそが、バイデントという機体の本領。
ドローンという目の情報を僚機と共有することで、戦場そのものを掌握することが可能なのだ。
その後、展開されたのは、まさにワンサイドゲームと呼ぶのがふさわしい戦いであった。
ドローンの索敵によって、エレベーターから上がってくるPLたちは先んじてその動きを掴まれており……。
電磁パルス弾やアーチリッターの矢によって、何をすることもなく出現と同時に撃破されていく……。
その他、対PL用ミサイル車なども姿を現したが、このような相手こそ、バイデントにとっては絶好のカモだ。
独特の脚部構造を活かし、ダチョウもかくやという軽快さで地上を走り回り……。
脚部構造由来の素早いしゃがみ動作によって、基地内の建物を遮蔽として活用していく……。
そして、的確な電磁パルス弾による射撃が、迎撃せんと現れた兵器群を片端から無力化するのだ。
もはや、この場はIDOLの――独壇場。
たった四機。
一個小隊に一機加わっただけのPL隊が、難攻不落の軍事基地を蹂躙しているのであった。
戦術と操縦技術の差が、数的不利を覆した好例であるといえるだろう。
そうやってバイデント隊とアーチリッターが暴れ回っている間に、上空からは、IDOL旗艦たるハーレーが姿を現し……。
そこから出撃したグラムとカラドボルグが戦線へ加わることで、一夜にしてこの山岳基地は陥落したのである。
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