ワイルド・ラノーグ 後編
『と、いうわけで、最近はドラッグレースにハマっているというわけさ。
カミュ殿にも、あの一戦は是非見せたかった』
「はあ……そうですか」
眼前に開かれた通信ウィンドウ内……。
自宅――ラノーグ城――にあるらしきガレージから、ドヤ顔で自慢話を語るアレルに対し、俺は気のない返事で答えた。
どうしよう……一ミリも興味ない!
いや、趣味を持つのは大変結構なことだと思うんだけどね。
それが刺さらない相手に自慢話をして、どうなるというのだろうか。
そもそも、久しぶりに通信をしているのは、ヒラクの一件で混乱したラノーグ公爵領の立て直しが上手くいってるかを聞きたいからなのだが。
だが、俺の心情を察するアレルではない。
今の彼は、心の中に潜む小学生男子が大はしゃぎだ。
多分、その男子……骨川という名字だと思う。
『いやあ、こうなると、ヒラクには感謝してもいいかもしれない。
自分の車を持つのは長年の夢だったけど、公爵自らが車の運転などもってのほかだと、周囲に止められていたからね。PLの操縦は許容するのにおかしな話さ!
ただ、例の睡眠アプリや陰謀が関わっていたとはいえ、主君に対して牙を剥いた事実は変わらないからね。
最近は皆僕に遠慮してくれていて、こういう要求も通るようになったというわけさ』
「それが行き過ぎて、周囲をイエスマンで固めたりしないよう注意してくださいねー」
例のBGMを幻聴しながらも、超嬉しそうなアレルに釘を刺しておく。
そりゃあ、自分の願いがなんでも通る状況は楽しかろうが、それに味を占めたらロクなことにはならんぞ。
んで、彼がなんで久しぶりに通信した俺相手にこうも長々と自慢話をしてくるのか、その理由が分かった。
さては、周囲から半分腫れ物扱いされていて、語る相手がいないな?
「それで、ケンジ様に頼んで特注のマシンを用意してもらったわけですか?
聞いた話だと、設計にはユーリ君も関わっているとか」
『そうなんだ!
いやあ、グラムを見た時点で天才だとは思っていたけど、ユーリ君はさすがだね。
まさか、自動車にPL用の部品を組み込むとは!』
「廃棄されたヴァイキンの部品を流用したんでしたっけ?
そんなハイパワーで、よく車体が分解しませんでしたね?」
『そこは! ほら! 仮にも天才と呼ばれているこの僕だからね!
ダウンフォースで車体を抑え込めるほんの一瞬……。
その一瞬に、全てを賭けたのさ。
我ながら、フレームの耐久力をギリギリのところで見極めたと自負しているよ』
「まあ、そりゃ確かにすごいことだとは思いますよ」
その点に関しては、素直に称賛しておく。
他の人間が運転したなら、今頃あの世行き間違いなしだ。
……そんな危ないマシン熱望するとか、そりゃ周囲の人間も止めるだろう。
そもそも、ネルサスの追跡劇を踏まえると、日常的にタクシーとかパクッて違法運転かましてたっぽいし。
こいつさては、好きなこととなったら人格変わるタイプだな。
よくないぞお、そういうのは。
趣味っていうのは、周囲を巻き込まず自己完結するべきだ。あ、俺は別ね。
『それにしても、このプリエクスというマシンは本当に素晴らしい。
中身は原型を留めないくらいにカスタマイズしているけど、それを受け止められるのは、そもそもの基礎設計が優れているからだ』
わざわざカメラを手に取り……。
「ほら! 自慢の愛車だよ! 見て見て!」と言わんばかりにアレルが件のカスタム車を映し出す。
あー……こういうやり取り、覚えがあるわ。
前世の父さんが小遣い貯めて新しいゴルフクラブ買った時、俺や妹に対して全く同じムーブかましてた。
……もう少し、反応してやればよかったな。
「念願かなって手に入れた夢のマシンなんですね。
どういうところに、特にこだわったんですか?」
そのような言葉が口をついて出たのは、前世の後悔があったからこそだ。
が、これこそ地獄の入り口……。
沼へハマッている者に呼び水を差すということは、止まらないマシンガントークを自ら引き寄せるということなのである。
『よく聞いてくれました!
やはり、一番はこのホイールで――』
--
嗚呼……。
刻が視える……。
--
『――というわけで、走行性は維持しつつも二キログラムの軽量化に成功しているというわけさ!』
なんか別宇宙とチャネリングする幻覚を俺が視ている中、ほぼほぼ誤差みたいなカスタムの話が終わった。
えーと、今、何時だっけ?
そんで今してるのって、カレーのトッピングは何が好きかという話だったか?
ともかく、この流れはいけない。
さっさと断ち切って、新調したアーチリッターのコントロールスティックを自慢しに行かなければ――エリナ辺りに!
あれ、すごいんだぜ。見た目変わらないけど、基部の動きがコンマ数秒ほど速くなる滑らかさなんだ。
「まあ、周囲を心配させない範囲でそのドリームマシン乗り回して――」
『――夢は、終わらない』
――ドン!
急に海賊王を目指し始めたような顔つきで、アレルが言い放つ。
「と、いうと、どういうことですか?」
『フッフッフ……』
いい加減にうんざりしつつある俺が問いかけると、彼は再びカメラを手に取り移動した。
「カバーをかけられてるみたいですが?」
カメラが映し出したのは、ガレージの片隅に停車している一台の車……。
だが、上からカバーがかけられており、この状態では全貌がうかがえない。
『……これを見てください』
いぶかしがる俺に対して、アレルはガバッとカバーを外したのだ。
「こ、これは……」
そうして顕になったマシンの姿……。
それを見て、俺は絶句する。
何しろ、アレルが勿体ぶって披露したマシンは、およそ既存の車種とはかけ離れたデザインをしていたのだ。
まず、あまりに特徴的なのはその車体……。
中央の運転席以外、あらゆる座席を取り払ったその姿はF1カーにも似ていたが、航空機じみたキャノピーで運転席を覆っているのが明確な違いだ。
大型のホイールは、オンロードのみならずオフロードでも十分に通用しそうないかつさであり……。
空力を追求したボディには、可動式のエアロパーツが備えられ、極限のダウンフォースを生み出せるようになっている。
車体後部に備わっている一対のそれは……小型艦艇用ブースターか?
とにかく、だ。
――超フューチャースティック!
――&ヒロイック!
とんでもなく未来的で、常識外れな車であった。
つーか、前世アキバのショップでこんなのみたな。電池とモーターで動くオモチャだ。
玩具サイズならまだしも、実際に乗れるサイズでこさえてしまうとは……!
「あの、アレル様……。
まさかとは思いますが、これに乗る気ですか?」
『まさかも何も、自動車は飾って楽しいオモチャじゃない。モーターモービルなんだ。
実際に運転してこそですよ』
キラッキラした目をマシンに向けながら語るアレルである。
『プリエクスも良いマシンですが、やはり、どこまでいっても既製品の改造……。
ですが、このニューマシンは違います!
フレームの素材から追求し、プリエクスに施したカスタマイズと同等の仕様にしても、全く負担はありません』
「それを、ドラッグレースで使うつもりなんですか?」
『もちろん!』
力強くうなずくアレル君だ。
お前それ、ボクシング勝負にPL持ち出すようなもんだぞ。
つーか、ドラッグレースに使うということは……。
「……その車で、公道に乗り出すつもりですか?」
『ハッハッハ!
そうしないとレース場に行けませんからね!』
「なるほど……。
では最後に」
全てを察した俺は、この一言で通信と会話を断ち切ることにする。
すなわち……。
「アレル様……。
そんなマシンで大丈夫ですか?」
『大丈夫です。
問題ない』
彼はキメ顔で答えたのであった。
--
後日聞いたところによると……。
秒で警察に捕まったらしい。
良い子のみんなは、ちゃんと法律に則った仕様のマシンで公道に出よう!
お読み頂きありがとうございます。
次回は、バイデント隊の話です。
また、「面白かった」「続きが気になる」と思ったなら、是非、評価やブクマ、いいねなどをよろしくお願いします。




