ブッピガン! 後編
――止まるんじゃねえぞ。
亡き父がジョグへ遺した言葉であり、今となっては、生きる指針そのものとなっている言葉である。
ただ、離れ離れで暮らしていたわけでもない親子の交流がそんなに薄いはずもなく、代表的なところがそれであるというだけで、教訓として父がくれた言葉は実のところ、それなりに数が多い。
その一つに、このようなものがあった。
――分からないことは。
――素直に人へ聞くんだぞ。
どんな組織へ入っても、どのような場所でバイトをしても、必ず言われる大事な教え!
これもまた、ジョグにとっては極めて重要な行動の指針であり……。
つまるところジョグは、戦勝気分に浮かれ特設パーティー会場と化したティーガー内のスタジアムで、先の怪奇現象と呼ぶべき出来事について語れる相手を探していたのである。
「ヒャッハー! 大勝利だ!」
「カミュちゃん様オッケーイ!」
「Dペックスだかなんだか知らねえが、カミュちゃんラップにかかればイチコロだぜえ!」
スタジアム内はズラリと料理が並べられ、食べ放題の立食形式となっているのだが……。
これをむさぼり、浴びるようにビールを……というより、時には文字通り浴びながら、バイデントのパイロット――アットン、ベン、クレイルが大騒ぎしていた。
「おおっ! 古い方のキャプテンじゃねえか!」
「旧型のキャプテンも一緒に食いませんか!?」
「カトーの爺さんだけじゃなく、ラノーグ軍やタナカ軍の料理人も腕を振るってくれてるから、こいつはちょっとした食べ比べですぜ!」
――このアホ共は駄目だな。
「誰が古い方で旧型だ!
テメーら、白騎士団相手はともかく後半はクソの役にも立ってなかったんだから、食ってばっかいねえで反省して機体の整備でもしやがれ!」
「ひでえ! 横暴だ!」
「やっぱり、付いてくべきはカミュちゃん船長だぜ!」
「女房と船長は新しいに限るぜ!」
「ケッ」と吐き捨ててアホ共から離れ、スタジアムの中心部――すなわちより高い地位の者たちが集まる場所へ向かう。
この場における貴人たちといえば、すなわち、直下の惑星ネルサスを治めるアレルであり、それを救援に来たケンジであり、逆転の中心となったクソ女――カミュであった。
その他、いつメンとしてユーリやエリナも料理の乗った皿を手に談笑している。
「それにしても、結局あれはなんだったんでしょうね?
わたしの歌が、どうしてDペックスの催眠を解除したのか……」
「しかも、ウォルガフ殿の話と照らし合わせれば、録音したものでも効果があったようです。
その辺りは、今後研究する必要があるでしょう」
ここら辺は、生来受けている貴人教育の賜物ということか。
元スカベンジャーズのアホ共などと異なり、料理は手にしながらも、それを食べることなくカミュとアレルが語っていた。
――なるほど、確かにそいつは不思議なことだぜェ。
――そこにいるケンジの兄ちゃんがやってたことほどじゃねえけどよォー!
「……ん?
ということは、即興でラップなどせずとも既存のMVでも流せばよかったのではないか?」
「あー……。
ボク、気付かずにノリノリで編集してました」
「あたしは気付いてたけど黙ってました」
「よお、ケンジの兄ちゃん。
実はちょっと、聞きたいことがあるんだけどよ」
ケンジの言葉へ答えるユーリとエリナの間を抜け、盲目のサムライを見上げる。
「どうした、少年?」
サングラスをかけ、青いキナガシをまとった彼の傍らには、愛犬にして盲導犬たるヤスケも控えていた。
「いや、オレの耳がどうにかしちまったのかもしれねえけどよォ……」
サムライと犬、両者から不思議そうな視線を向けられポリポリと頭をかく。
が、意を決して問いかける。
「兄ちゃんのクサナギがブレード使ってる時、宇宙空間なのに『ブッガン』とか『ピガン』とかそういう音がした気がしてよ。
どういうことなのかと……」
言いながら、言葉から力が抜けていくのを感じた。
自慢のリーゼントも、心なしかしおれているようだ。
オレは……オレはなんちゅうアホな質問を。
真空の宇宙で斬撃音が鳴るはずなどない。
全ては、空耳だったのだ。
オレは疲れているんだ……!
と、思ったのも束の間。
「ああ、これか?」
――ブッピガン!
ケンジが指を鳴らすと、例の音が!
「そうそれ!
つーか、どうやったんだ今の!?」
「どうもこうも……」
ケンジが困惑しながら周囲を見回す。
そして、一言。
「これは、自然と鳴るものではないのか?」
「んなわけあるかあああああっ!
どこの世界に指鳴らすだけで『ブッピガン!』とかいう音を出す奴がいやがる!
いや、ここに居たけど――」
ジョグが言い終わる前に……。
――ブッピガン!
――ブッピガン!
――ブッピガン!
連続してあの音が……しかも、後ろの方から響いてくる。
振り返れば、ああ、これは……。
――ブッピガン!
――ブッピガン!
――ブッピガン!
「二人共、どうしたんだい?
ジョグ君も飲み物でも飲んで落ち着くといい」
ジョグのためだろうコーラを取ってきてくれたアレルの靴底から、例の音が響いているのだ!
「なんで足音がそうなるんだあああああっ!
おかしいだろ! アレル兄ちゃんも疑問に思いやがれ!」
「ん? 僕の足音が不思議かい?
でも、こういうのは自然と鳴るものだしなあ」
「自然にそんな音がしてたまるかあああ!」
「おかしなことを言うなあ。
見てみたまえよ」
アレルに促され、視線を向けると……。
――ブッピガン!
エリナがケーキへ突き立てたフォークから、あの音がしたではないか!
それだけではない……。
――ブッピガン!
ユーリが唐揚げにフォークを突き刺すと、やはり同じ音がしたのだ!
「あ……ああ……」
恐怖に震えながら、視線をさまよわせる。
「え? ファンサですか?
もう……しょうがにゃいなあ」
――ブッピガン!
……すると、白騎士の一人へ例の音と共にウィンクするクソ女が目に入った。
「ウソダアアアアアッ!
ドンドコドーン!」
※訳:嘘だ! そんなこと!
スタジアムにひざまずき、両の拳で地面を叩く。
温度調整されたスタジアム内だというのに、どこぞの雪山へ放り出されたような……そんな気分だったのである。
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「――ハッ!?
夢か!」
自室のベッドでガバリと起き上がりながら、叫ぶ。
見上げれば、見慣れた天井……。
幼い頃から過ごしてきたハーレー内の自室だ。
壁にかけられた特攻服などを見ると、急激に現実感が湧いてくる。
「そうだよなァ……。
あんな変な音が鳴るわきゃないんだ。
まったく、変な夢見ちまったぜ」
記憶は曖昧だが、よほど疲れていたのだろう。
自慢のリーゼントを解かないまま寝てしまったようであり、グシャグシャになった髪のダメージが心配であった。
「ったく。
おかしな夢見ちまったぜ……」
言いながら、枕元の携帯端末を手に取る。
果たして、今の時刻は……。
――ブッピガン!
「……は?」
端末をタップした時の音に、目が見開かれた。
「オイオイ……。
んなまさか……」
恐る恐る、適当なアイコン――アラームのそれに触れてみたが。
――ブッピガン!
やはり、鳴り響くタップ音は例のそれ!
「チクショーめ!」
叫びながら、携帯端末を床に放り出す。
当然ながら、床に落ちた携帯端末から響いた音は……。
――ブッピガン!
お読み頂きありがとうございます。
次回は、エリナ主役回です。
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