超電磁にラV・ソングを 7
アラームなどを使わなくとも、午前五時になればピタリと起きられるようになったのは、いつからだっただろうか……。
ベッドと机を除けば、調度らしい調度が何も無い部屋で、シスター・マリア・スティーヴはバネ仕掛けのように起き上がり、ゆっくりと体を伸ばした。
この修道院に……。
ことに、この自室にいると、ここがテクノロジーの要塞と呼ぶべきファルコンビッグ城の内部であることを、忘れそうになってしまう。
わざわざ石材のタイルを貼り付けた壁で囲まれた空間は、中世のヨーロッパにでもタイムスリップしたかのようだ。
だが、これは意図して、時代の流れから隔絶した空間を造り出しているのである。
なぜなら、自分たちはシスター……。
主に従い、人々を助けるために生きる者たちであり、その生活には、物質的な充足など不要であるのだ。
「おはようございます」
「おはよう、シスター・マリア・スティーヴ」
「おはよう」
廊下に出れば、他のシスターたちも次々と木製のドアから顔を出しており……。
皆で洗面所へと向かい、冷たい水で顔を洗う。
その後は、朝の清掃活動。
修道院内を、使い古された箒や雑巾で綺麗にし、今日これからの活動へ備えるのだ。
いつもと変わらない清掃活動……。
ただ、最近はこれに、新たな光景が加わっていた。
二本の足で床を歩き回りながら、残る六本の足で箒や雑巾を掴み、立体的かつ効率的に院内を清掃していく……。
シスター・マリア・リトルジョンの作ったタコ型ロボットが、掃除へ加わるようになっていたのである。
「もっとそっち……。
そうそう、ワタシの手が届かない所をやってよね」
自立行動するタコ型ロボットに、自らも雑巾を手にしたリトルジョンが命じた。
すると、なかなかお利口なもので、粗大ゴミをかき集めて作られたジャンクロボットは、製作者の手が届かない高さに触手を伸ばし、雑巾で拭き始めたのだ。
「リトルジョンのロボットも、すっかり馴染んできたわね」
この辺りでの掃除を監督する老シスターが、そう言ってやわらかくほほ笑む。
最初、彼女はロボットの導入に断固反対していたが、今では、このロボットを人間同様に扱っていた。
「これも、シスター・マリア・アームストロングのおかげでしょうか?」
「そうねえ……。
今は銀河帝国時代。
あえて世間から隔絶したこの修道院でも、どうしたってテクノロジーに触れる機会は出てくる……。
そこで、テクノロジーに目を背けるのではなく、あえて受け入れる者がいたっていい。
今では、それが正しい考えだと思えるわ。
もっとも、全部が全部機械任せだと、私たちの仕事がなくなってしまうけどね」
スティーヴの言葉へ、老シスターが年齢にそぐわぬチャーミングな笑みで答える。
かたくなだった彼女が、このように柔軟な考えを持てるようになったのも、アームストロングのおかげ……。
もっと言うなら、自分がこのようにハキハキと喋れるようになったのも、彼女のおかげであった。
本当に、夢のような楽しくて充実した日々……。
かつてマリアンヌ・ラゴールとして暮らしていた少女は、シスターとしての日々に心から満足していたのである。
朝の清掃活動を終えたら、朝食の時間だ。
食堂に集まって、ライ麦のパンと豆類のスープを皆で味わう。
塩気というものを抑えた修道院の食事は、最初こそ味気なく感じられたが、今では、この味付けでなくてはしっくりこないくらい馴染んでいた。
静かで豊かな食事を終えれば、それぞれ割り当てられた仕事へと移る。
スティーヴたち聖歌隊メンバーは、午前中に歌の練習をした後、お昼ご飯の調理。
皆の昼食が済んだ後は、街に繰り出して裏通りの清掃ボランティアをする予定だった。
シスター同士で本日の予定を確認し、朝食の後片付けを行う……。
修道院に……。
いや、このファルコンビッグ城に異変が起きたのは、そのように穏やかな朝を過ごしている時であったのだ。
――ビー! ビー! ビー!
ひどく電子的で耳障りな、聞く者の注意を引くことにのみ特化したアラート……。
幼い頃からこのファルコンビッグ城で暮らしてきたスティーヴであり、このアラートを聞く機会は、今まで何度となく存在した。
その機会とは、すなわち――避難訓練。
修道院のみならず、城内の至る所で鳴り響いているだろうこのアラートは、危急の際にそれを知らせる警報なのである。
「――警報!?」
だから、即座に叫びながら立ち上がった。
「何かしら!?」
「避難訓練!?」
他のシスターたちも、希望的観測を交えながら立ち上がる。
普段はクールなマークゴードンも、今ばかりは動揺した様子で視線を巡らせており……。
この状況で冷静なのは、クノイチとして修行を積んでいるというジェイミーロビンソンと、年齢にそぐわぬ落ち着きを持つアームストロングだけであった。
「皆さん! 落ち着いて下さい!
もし、何かあったのなら、すぐに艦内アナウンスが――」
修道院長が言い終わるのを待たず……。
『――緊急警報! 緊急警報!』
ファルコンビッグ城ブリッジから、オペレーターによるアナウンスが流れ始めたのである。
『ここネオマニラへ、謎の勢力による襲撃が加えられています。
ファルコンビッグ城は、ただちに戦闘態勢へ移行。
待機しているクルーは所定の位置へ着き、非戦闘員の乗組員は避難ブロックに退避してください。
これは訓練ではありません。
繰り返します。
ここネオマニラへ――』
「襲撃……?」
「謎の勢力って……?」
「このフィリピンVが、戦場になってしまうってこと!?」
シスターたちがうろたえる中、ビッグバートが一際大きな声で叫んだ。
人間というのは不思議なもので、すぐそばに慌てふためく者がいると、かえって冷静になってしまうものである。
あるいは、この修道院へ入る前に施されていた男爵家令嬢としての教育が、この土壇場になって実を結んだか……。
ともかく、スティーヴはシスターたちを見回し、歌う時と同じくお腹からの声で告げたのであった。
「定期訓練を思い出して、落ち着いて避難しましょう!
わたしたち若いシスターは、お年を召している方の補助を。
冷静に行動すれば、きっと主はわたしたちを助けて下さいます!」
「マリアンヌ様……。
いいえ、シスター・マリア・スティーヴ……」
最高齢の修道院長が、自ら与えた洗礼名をつぶやく。
その瞳は、どこか感極まっており、スティーヴの成長を心から誇らしく思ってくれているようだ。
父に自分を託された彼女からすれば、他のシスターらと同じく我が娘であると共に、領主からの大切な預かり物……。
それが、引っ込み思案な気質を改善して、このように率先して意見しているのだから、色々と感慨深いに違いない。
修道院長がそう思ってくれていることは、スティーヴからしても喜ばしいことだが、何しろ今は非常時だ。
「さあ、修道院長……」
「ありがとう。
よろしくお願いしますよ」
最近は足腰が弱くなってきた修道院長に肩を貸すと、反対側の肩はマークゴードンが支えてくれた。
「マークゴードン……」
「修道院長には、アタシも散々お世話になっていますから。
たまには、こういう孝行もさせてください」
滅多なことでは本音を口にしないマークゴードンが、照れもなしに修道院長へ告げる。
その姿は、皆の動揺を解きほぐす何よりの薬となった。
「さあ、私たちもスティーヴやマークゴードンを見習わないと!」
「そうね!
皆、避難ブロックまでのルートはちゃんと覚えてる?」
「シスター・マリア・アームストロングはまだ訓練に参加してないから、私たちについて来て」
皆でそう言いながら、足腰の弱い者には若いシスターが手を貸す。
修道院で暮らす者は皆家族であり、いざという時は互いに力となる……。
まさに、その教えが体現された瞬間であり、シスターたちの胸には、誇らしさと勇気が宿っていたのである。
お読み頂きありがとうございます。
次回は、Aパートラストです。
また、「面白かった」「続きが気になる」と思ったなら、是非、評価やブクマ、いいねなどをよろしくお願いします。




