コレクション
「クックック……」
広大な空間の中……。
俺の漏らした笑い声が、思いのほかに反響し、耳朶を震わす。
それが、心地良い。
自分が心からの愉悦に浸っていると、自覚できるからだ。
そうだ。この喜びは、噛み締めなければならない。
極上の料理を、幾度となく口の中で咀嚼するように……。
記憶の中へ……あるいは網膜そのものへ、焼き付けなければならないのだ。
まあ、料理と違って、飲み込んだらなくなるという性質じゃないんだがな。
例えば……そう、ソシャゲのガチャでSSRを引き当てた時なんかと一緒であった。
あれほど欲しかったというのに、いざ引き当ててしまうと割と冷めてしまうというのは、ままあるのである。
だから、じっくりと……ねぶった。
喜びというものは、自ら盛り上がり、気分をアゲてこそ、真に喜びたり得るのである。
「カカカ……コココ……」
帝を愛するグループの会長みたいな笑い声と共に、意識を眼前の光景へと戻す。
無機質な壁で囲まれた空間内に、ズラリと立ち並ぶモノ……。
それは、鋼鉄の巨人たちであった。
――リッター。
――ヴァイキン。
――ミニアド。
そして――ティルフィング。
機種にすれば四種だが、リッターとヴァイキンに関しては、これまで武力介入してきた各地域の現地改修型も揃えてきているため、実際の数でいくと二十機ばかりがドーンと隊列を成している。
「イイ……実に――イイ」
量産機が大量に並んだ姿というのは、全ロボオタの潰えぬ夢。
前世でも、プラモでやれないか考えたことはあったが、転売ヤー共のせいでそもそも手に入れられなかったり、部屋の広さに限界があったりで、断念したものだ。
それが今――しかも1/1スケールで――実現されていた。
スタジアムシップに用意されたこの空間は、俺専用のコレクションドックなのだ。
「PLコレクションを眺めながらの一杯は――格別」
運ばせたアンティーク調の椅子に腰かけ、久しぶりのゴスロリ姿でワイングラスをくゆらせながら、俺はそうつぶやいたのである。
当然ながら、グラスに注がれているのはぶどうジュースだ。
「惜しむらくは、ティルフィングが万全な状態でないことと、マグというあの機体が調査のために接収されてしまったことですか」
言葉にした通り……。
我がロマーノフ家の誇りたるマシーン――ティルフィングは、両腕を失うわ、武装が左肩に装着されたシールドしかないわと、割と散々な状態で直立していた。
ヒラクが乗っていたオムニテック――略すとOTだったか? ――に至っては、ラノーグ公爵軍の手で皇星ビルクへ移送される手はずだ。
その前に行う事前調査へは、ユーリ君も加わってくれているけどな。
「マグのことはさておき……。
ティルフィングに関しては、完全オーダーメイド機ゆえの弱点ですね。
パーツが潤沢じゃないので、壊れてしまうと簡単には直せない……。
確か、天パが伊達じゃない機体を設計するに当たっては、そこら辺も考慮したんでしたか」
前世で暇な時、ついつい読みふけっちゃっていたピク◯ブ百科事典の内容を思い出す。
少数生産のエース専用機やカスタマイズ機、あるいは試作機なんていうのは、ロボットアニメにおける華形だが……。
実戦に使用するマシーンであることを鑑みると、予備パーツの不足というのは大いなる問題だ。
機械の修理なんていうのは、基本的に新品パーツとの交換であるため、それが潤沢にないというのは、継戦能力を著しく減少させるのである。
というか、人型機動兵器なんて大物に限って考えず、白物家電などに置き換えても、メーカーがパーツ生産を打ち切ったら買い替えの検討時だしな。
「せっかく、お父様が予備パーツで組み上げてくれた2号機ですが……。
その辺の問題を考えると、やはり、アーチリッターを運用し続けることになりますか。
ごめんね。あなたのことは、パーツが届き次第ちゃんと直してもらいますし、引き続き大事にしていきますが、実戦で運用することはもうないかもしれません」
つかつかとティルフィングに歩み寄り、その頭部を見上げながら語りかけた。
「それに……。
あらためて当代最高峰の機体であるあなたに乗ってみて、痛感しました。
やっぱり、わたしにはアーチリッターの戦い方が性に合っている……。
どれだけ高出力であっても、ライフルやブレードを使っての戦い方では、融通が利かない」
それは、クリッシュちゃんとの戦いを経ての実感である。
結局のところ、ライフルもブレードも全てが封殺され、肉を切らせて骨を断つ奇策により、相手の武装を奪うことに成功したのが、あの戦いだ。
振り返ってみると、ただ粘るだけという点においては、特殊矢を駆使して戦ったアーチリッターの方が、よほど粘り強く耐えしのげていたのであった。
「アーチリッターに関しては、原型機が主力量産機である都合上、修理も容易ですしね」
実際、ティルフィングがこのような姿で保管されている一方、アーチリッターの方は新品同然な状態となってハーレーの格納庫に収まっている。
せっかくのクリスマスプレゼントなんだし、実戦でバンバン活躍させてやりたい気持ちはあるが、当面はリッターに乗り続けることになるだろう。
「ただ、あのOTというマシーンは、そもそもの基礎スペックが桁違いに過ぎる……。
今後、ぶつかった時のことを考えると、上位機種は必要不可欠ですか。
つまるところ、アーチリッターで手も足も出せなかったのは、基本性能の差によるところが大なのですから」
椅子へ座り直して口にした言葉は、単なる負け惜しみじゃない。
事実として、より優れた基本性能のティルフィングなら、ルガーという機体が必殺を期して放った一撃も抑え込めたのだ。
「つまり、今後のわたしに必要なのは、アーチリッターの設計思想を受け継いだ上位機種……。
ふ、ふふ……。
後継機というのは、燃えるシチュエーションですね」
脳裏に思い描くのは、まだ見ぬ理想の専用機である。
アーチリッターには満足しているし、今後も最初の乗機として愛し続けていくが、そもそもはカトーの乱において急きょ改造した機体。
その基礎スペックが、今後も戦うだろうハイヒューマンたちに対し物足りないものとなっているのは、前述の通りであった。
また、ティルフィングの方は、スペックこそ高いものの、設計思想が俺の戦い方と合っていない。
パーツ問題は差し置いても、パイロットの戦い方と機体が噛み合っていないというのは、大問題である。
「現実的なところでは、ティルフィングを素体としてのさらなるカスタマイズでしょうか。
できればマグを解析し、ハイヒューマンたちが使っている技術に関しても、導入したいところですけど……。
そう簡単に、敵方の優れた技術をコピーできるはずもありませんか」
ルガー……ひいては、ベレッタが見せた性能は、明らかにPLのそれを上回るものであった。
ビームの出力一つを取ってみても、ルガーが使うロッドは艦砲級の出力を誇っていたし、ベレッタもハンドガンサイズで同等の荷電粒子ビームをポンポン放っていたのである。
「けど、欲しい……なんとしても、欲しい。
わたしの個人的な趣向を除いても、あの技術は帝国にとって必要不可欠です」
そもそも、ハイヒューマンを名乗る彼らが、どうしてそこまでの超技術を有しているのか、全くの不明だ。
俺を同族呼ばわりしたことも含めて、何から何まで謎の組織……いや、種族か?
唯一、確かであるのは、帝国に混乱を招こうと暗躍していることであり、そんな輩に圧倒的技術リードを許しているという現状は、帝国貴族の一人としてゾッとしなかった。
「……と、そんなことを言っている間に、ユーリ君の所見がきましたか。
まるで、あの機体へ用いられている技術について、最初から知っていたかのような手際の良さ……さすがです」
携帯端末を取り出し、受信したメールに目を走らせながらつぶやく。
「ほう……ファイアボルトと呼ばれていた自律兵器は、マグ本体と子機同士での超電磁誘導によって稼働していた、ですか。
スラスターも使わずふよふよと浮いていたのは不気味でしたが、なるほどそういうカラクリ……」
大ざっぱに概要がつづられたメールの内容に、考え込む。
何を考えているか?
そんなことは、説明するまでもない。
「超電磁……ふむ……超電磁……」
――超電磁。
その三文字と、前世の知識と今世の知識……。
三つが混ざり合い、俺の中でケミストリーを起こそうとしていた。
お読み頂きありがとうございます。
次回からしばらくは、お蔵出し的な中短編が続きます。
まずは、「超電磁にラV・ソングを」(全16回)という中編から!
それに合わせ、夜くらいにキャラクター表も入れておこうと思います。
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