起死回生の一手
「――俺だ。
すぐに市中を確認させろ。
不自然に突っ立ってる人間とか、話しかけても返事しない人間がいないか、とかな。
いや、そもそも、この城で働いている連中は無事なのか?
ともかく、確認だ。大急ぎでな!」
歴々の皇帝が受け継いできた執務室……。
そこに備わったクラシカルなデザインの受話器に対し、銀河皇帝カルス・ロンバルドはまくしたてるようにそう言い放った。
言うだけ言って、乱暴に通話を打ち切る。
電話の先に居る者は、仔細を伝えずともすぐに動き、必要とする情報を伝えてくれるはずであった。
それを証明するかのように、すぐさま電話が鳴り響いたのである。
その通話で伝えられた内容……。
それは、ご丁寧にも、先の通信回線でここにまでヒラクが告げてきた内容を、肯定するものであった。
「――クソッタレ。
おい、IDOLの人間たちは聞こえてるか?
そのクソ野郎が言ってることは、本当だ。
少なくとも、ロンバルド城内で何人もの人間が棒立ちになってやがる」
「……市中においても、相当数の人間が同じ状態になっているようだ。
SNSを見てみれば、目撃談や画像が次々と流れてくる。
もし、自動運転が普及していなければ、今頃、銀河中で凄惨な事故が起きていたことだろうな」
カルスが配下からの報告を受け取る間、勝手にノートパソコンをいじっていたウォルガフが、苦々しげに補足する。
この会話は、極めて強力な通信によってオーサカへと中継されており……。
現地のパイロットたちとも、リアルタイムでの会話が可能となっていた。
『ハッハッハ!
確認してくれて、ありがとう!
こっちは機体も動かないんで、代わりにやってくれて助かるよ!』
開いたままになっているサウンドオンリーの通信ウィンドウから、ヒラクの憎たらしい声が響く。
ぶん殴ってやりたい気分だったが、その対象が何千光年も離れた場所にいるという事実へ、憤りを感じざるを得ない。
とにかく、今は万民を統べる皇帝として、必要な会話をこなさなければならなかった。
「それで、お前さんの要求はなんだ?」
『話が早くて助かりますよ。
まずは、当然ながら逃亡の補助だ。
PLでも宇宙艇でもいいので、とにかく、この機体に代わる足を用意してもらいたい。
ああ、それと、この宙域にいる全てのPLと戦闘艦艇は、即刻戦闘解除を』
「聞こえてるだろう?
銀河皇帝の名において命じる。
悪いが、要求通りにしてくれ」
今、話しかけたのは、ケンジやIDOLパイロットたちに繋げてもらった回線……。
『こちら、カミュです。
……全機、停止しています』
一同を代表し、カミュ・ロマーノフから通信が入る。
そんなことをすれば、彼女の父親が真っ先に反応しそうなものだが、彼はカルスに代わって電話を拝借し、何やら通話先と話し込んでいた。
「……じゃあ、ボートか何かをヒラクの所へ回してやってくれ。
一応、水や食料も十分に積んでな」
『お気遣い、感謝いたします。
こちらの要求を呑んでもらえれば、人質にした市民はきちんと解放しますよ。
もちろん、安全な場所に逃げ込んでからですがね』
「そんな悪あがきしたって、先はねえぞ。
お前さんのことは指名手配するし、Dペックスも当然配信停止。あらゆるメディアを使って、危険性を伝える。
逃亡したところで、全てを失うわけだ」
『まあ、先のことは追々考えますよ。
一応、十分な隠し資産も用意してありますのでね』
余裕に満ちた声が、ヒラクの通信ウィンドウから返される。
実際、銀河は広大であり、そこに暮らす人間の数は大げさではなく、星の数より多い。
しかも、それらを収める諸侯の全てが自分に好意的というわけではないと考えれば、逃亡の目は十分にあると思えた。
最悪の場合、何者かと結び付いて、また同様の悪事を――形は変えるだろうが――働く可能性もあるのだ。
このまま、取り逃すしかないのか……。
苦悩するカルスをよそに、ガチャリという派手な音と共にウォルガフが通話を打ち切った。
そして、ズカズカとこちらに歩み寄ると、パソコンに向けてこう言い放ったのだ。
「聞こえるか、カミュよ。
――今すぐ歌え。
とっておきのクリスマスソングを、だ」
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「はあ?
お父様、急に何を言い出すんですか?」
あまりといえば、あまりにも唐突すぎるお父様の命令……。
それを聞いた俺は、ティルフィングのコックピット内で目をパチクリとさせることになっていた。
そうしながらも見据えるのは、メインモニターであり……。
そこでは、ヒラクの要求通りに攻撃を中止したミストルティンと、どことなくやる気なさげな感じになったルガーが漂っている。
『オッサン、頭がおかしくなったのかあ?
今は、ライブする時間じゃないぜ?』
俺と同じく、オーサカからの中継を受けていたジョグが、一同の意思を代弁した。
言葉遣いはアレだが、この状況で歌えと言い出すなど、本当にどうかしているとしか思えない。
『まあ、聞けい』
そんな俺たちへ、皇星ビルクでカルス帝と共に椅子の人をやっているお父様が、ごほんと咳払いしてから続ける。
『ヒラクめは、Dペックスのプレイヤー全員を呆けさせたような口ぶりだったが……。
そうでないことを、我が家中に確認した』
「なんですって!?」
その言葉に、シートから身を乗り出す。
お父様の言葉が本当なら、これは朗報という他にない。
と、いうよりは、この状況における唯一の希望と呼ぶべきだろう。
……ん? いや待て、この流れでそういう話になるということは……。
『うむ……。
疑問の始まりは、そもそも、おれやお前たちにDペックスが通じなかったことだ。
一体、何が作用してその効力を押しのけたのか……。
あの時は分からなかったが、今、家中の者たちに確認して、全てがハッキリとした』
そこで一度、言葉を区切り……。
お父様は、俺たちに内容が浸透するのを待った。
しかし、ここまで話が進むと、もう結論というものが見えてきていたのである。
『結論から言おう。
――歌だ。
代表的なところでは、おれや黒騎士団。
家中においても、Dペックスをプレイしている者の内、カミュの歌を日常的に聴いている者は、暗示から逃れていると確認された。
間違いない!
我が娘よ。
お前の歌には、悪党の催眠を払いのける力があるのだ!』
「ウソでしょ!?」
素っ頓狂な声を上げてしまう俺だ。
いやいやいやいやいや、それはいくらなんでも、過程をスッ飛ばし過ぎじゃないか?
歌だぞ。歌。
超テクノロジーで作られた電子ドラッグを跳ね除けるなんて、そんなそんなそんな……。
『……理屈は合っているかもしれません』
ポツリ、と。
ユーリ君が、そんなことを漏らす。
『皇帝陛下はプロデュースをしている都合で頻繁に聴いていたでしょうし、ボクたちIDOLの人間も、当然ながらお嬢様の歌は日常的に聴いています。
そして、ロマーノフ大公家の家中……。
Dペックスが効かなかった人間の共通点といえば、確かにそれくらいしか思い当たりません』
『分かってくれたか!』
我が意を得たりとばかりに、お父様が叫ぶ。
いや、でも、そんな、なあ……。
『……あまりにも常識外れな結論ですが、ともかく、歌ってみてはどうですか?』
『うむ。
それを、オーサカ経由で皇星ビルクに送信。
そこから、さらに全銀河へ放送してもらい、拡散を訴えよう』
アレルとケンジまでもが、そんなことを言い出す。
『カミュよ。
こんなこともあろうかと、ティルフィングのサバイバル・ボックスには、マイクが同梱されている』
「……ほんまや」
お父様の言葉に従い、いつでもすぐにでも取り出せることが売りのボックスを開けると、そこには一本のマイクが拳銃などと共に収まっていた。
『さあ!』
『さあ!』
『さあ!』
『さあ!』
『さあ!』
『さあ!』
『パーソナル・ラバーズ』本編の攻略対象たちに加え、お父様にまで促され……。
俺はついに、覚悟をキメたのである。
スカッたところで、減るものはなし!
ただ、死ぬほど恥ずかしいだけだ!
「カミュ・ロマーノフ……。
歌います!」
お読み頂きありがとうございます。
次回、カミュちゃんアタック。
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