アレルとのデート ⑧
「厄介なっ……!」
愛機ミストルティンに回避運動を取らせながら、アレルは珍しくも毒づくような言葉を漏らしていた。
だが、それも仕方がなかろう。
およそ全ての戦闘における必勝形とは、挟み込み、あるいは囲みこむこと……。
挟撃というものは、それだけ強力であり、戦法や戦術というものはつまるところ、この形を作るためにこそ存在するのだ。
それを、あのマグという機体は単独で実現せしめている……。
機体コンセプトとしては、ユーリ少年が開発したグラムと同様であるが、あちらとの違いは、火力を大幅に減じている分、スマート・ウェポン・ユニットのスピードが桁違いに増しているということであった。
ファイアボルトと呼ばれていたこのボールたちは、とにかく――速い。
さながらこれは、人間がトンボを相手にしているかのよう。
急停止、急浮上、急加速の限りを尽くし、立体的かつトリッキーな動きでミストルティンの周囲を飛び回っては、極細のビームを放ってくるのである。
操縦しているのがアレルでなければ、とうにミストルティンは穴だらけとなっていたに違いない。
そうして、アレルが二基のボールと遊ばされている中……。
これを操る本体たるマグが、ついにこちらへと向かっていた。
これもスマート・ウェポン・ユニットとして周囲に漂っていた大型シールドが、両腕に装着され……。
しかも、シールドに備わった対艦刀クラスの刃が、振動粒子を付与され光り輝く。
『――スターバースト』
瞬間……。
マグの両腕が、恐るべき速さでシールドを振り回す。
「――くっ!?」
これに対し、スマート・ウェポン・ユニットであるミストルティンのシールドを前面に押し出したのは、賢明な判断だったといえるだろう。
縦、横、斜め……。
放たれた剣閃は、十六連にも及ぶか。
瞬間的かつ爆発的な斬撃の嵐が、頑強なはずのシールドをずたずたに切り裂き、破壊してしまったのだ。
もしもシールドに頼らず、自力での回避を試みていたのなら、果たして対応しきれていたか、どうか……。
しかも、その斬撃が放たれつつも、ファイヤボルトは変わらず動き回ってビームの斉射を行っているのである。
だが、いかなるものにも欠点はあるもの……。
アレルは、たった今ヒラクが見せた大技に、重大な弱点が存在することを見抜いていた。
「その技は、一種のオーバーライドか。
瞬間的な爆発力は大したものだが、使用後は冷却のために身動きできないようだな」
アレルが指摘した通り……。
マグなる女性的なラインの機体は、両腕のシールドを振り下ろした状態のまま、ピタリと動きを止めている。
剣術における残心というよりは、強制的な麻痺といった方が近しい状態だ。
瞬間的にリアクター出力を極限まで高め、ケンジのクサナギすら上回る速度での連続剣を放つ……。
それが、機体に与える負荷は想像するにたやすかった。
「しかも、このファイアボルトとかいう兵装にしても、その必殺技にしても……。
両者とも、事前にインプットされた動きへ基づいて動いている。
これはつまり、パイロットとしての実力がさほどでないと吐露しているに等しい」
『僕は、あくまでもクリエイターなのでね。
本職のパイロットには、当然及ぶべくもないさ。
それを補うためのファイアボルトであり、スターバースト。
電磁誘導により高速移動する自律ビーム・ポッドが相手を抑え、本体は必要により接近して確実な死を与える。
もうシールドがない以上、挟撃を受けながら必殺剣をかわすことは不可能だよ』
冷却が終わったということだろう……。
頭を上げたマグのメインカメラが、こちらを見据える。
対するミストルティンは、相変わらずファイアボルトとやらに振り回されており……。
そのスキを突いて、今度こそ確実に切り刻むつもりでいるに違いない。
「ふん……」
だが、そんなヒラクの思惑を、アレルは鼻で笑っていた。
「与えられたプログラムで電子ドラッグをバラ撒いておきながら、クリエイター気取りとは笑わせる。
そして、教えておいてやろう。
PL戦で何よりモノを言うのは、パイロットの技量だということを……」
『抜かせ……!』
再び、マグがこちらへ迫らんとする。
だが、アレルの口元に浮かぶのは、余裕の笑みであった。
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「あはっ。
たのしーねー。
カミュちゃんもそう思わないー?」
のんびりとした声の音声通信とは、裏腹に……。
クリッシュちゃんの操るルガーが、猛烈な勢いでビームを連射しながら、わたしを追い詰めていく。
このルガーとかいうマシーン……。
リッターと比較して、リアクター出力と冷却能力が明らかに段違いである。
ロッド先端から放たれるビームの出力は、傍目にも通常ビームライフルのそれを上回っているというのに、気兼ねなく連射してくるのだ。
もし、同じ出力の射撃をリッターのビームライフルで行ったなら、ただの一発でライフル本体か、あるいはこれを保持する機体本体が過負荷でダメージを受けるに違いない。
その上、機体そのものも――高機動。
さすがに先のベレッタが見せた化け物じみた機動力には至っていないが、それでも、ミストルティンと同等のそれは実現していた。
これはつまり、こちらが圧倒的に不利ということ……。
そもそも、アーチリッターはあくまでもリッターの改修機に過ぎず、関節可動域ならばともかく、機動力においては原型機といささかも変わりない。
それを補うのが過剰なまでに強化したステルス能力であり、基本的には、不意を打っての初見殺しを信条としているPLなのだ。
無論、各種の特殊矢によって、勝利の可能性を紡ぐ機体という当初のコンセプトは実現している。
いや、実現しているつもりでいた、ということか……。
「これで……!」
三本のグレネード矢を、弓につがえることなく投げ放つ。
それは、高出力ビーム連打と高機動さによって接近を果たしつつあるルガーの進路を、塞ぐ形となったが……。
「いいよー。
受けてあげるー」
クリッシュちゃんが取った戦法は、意外そのもの……。
両腕を交差させる形を取りながら、グレネード矢の中央へ突貫してきたのだ。
「くっ……!」
ためらうことなく――起爆。
PL数機を飲み込めるだけの爆発が三つ、ルガーの周囲で巻き起こった。
「あははー。
さすがに、結構なダメージだねー」
しかしながら、ルガーは――健在。
装甲のところどころは破損し、剥がれ落ちている……。
あるいは、フレームにも相応のダメージを受けているかもしれない。
だが、戦闘続行に問題はない状態で、爆発の中を飛び出してきたのだ。
広範囲を塞げるよう、広くグレネード矢を投げた結果、矢同士の中央部はかえって爆発の威力が薄まる結果となっていた。
クリッシュちゃんはそれを瞬時に見切り、わたしへの最短最速経路としてあえて飛び込んだのである。
「ちいいっ……!」
こうなってしまった以上、アーチリッターの機動力で引き離すことは不可能。
覚悟を決めたわたしは、いつぞやのように通常矢を得物として構えたが……。
「そんなんじゃー。
だーめー」
ルガーの振るうロッドが、防ぐために突き出した矢ごとリッターの右腕を粉砕した。
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次回はアレル活躍回です。
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