オムニテック
「――くうっ!?」
直下からリアクター反応を検知したのと、同時……。
俺のうなじに、微電流めいた感覚が走る。
――カミュちゃんムズムズ。
だが、今の感覚は、普段のそれとはいささか性質が異なった。
まるで、見えない腕を脳の中へ無遠慮に突っ込まれそうになったかのような……。
なんとも言えぬ不快さと、それを押しのけた反動があったのである。
この感覚には、覚えがあった。
「……ヴァンガード!」
『そこにいたか。
なるほど、ステルス性が向上を果たしているようだな。
だが、ハイヒューマンの力を用いれば、レーダー反応に頼らずとも、このような索敵ができる』
今ので俺の位置を補足したのだろう。
直下から、ピンポイントでレーザー通信が放たれてくる。
しかも、その通信を行ってくる機体は、大気圏離脱という難行を行っている最中とは思えぬ力強さで、こちらに上昇してくるのだ。
「久しぶりですね。
約束通り、今度は自分のPLを持ってきましたか」
アーチリッターのカメラを最大望遠にし、俺は仮面の怪人物が駆っているのだろう機体を目視していた。
惑星ネルサスの大気圏を離脱してくるのは――三機。
レーザー通信が発されているのは、その中で、先頭を務める機体である。
特徴的なのは、黄金色に染め上げられたド派手なカラーリング……。
シルエットは細身でありながらもマッシブなもので、完成度が高い機体に特有の美しさがあった。
背部や肩には、小型のウィングが備わっており……。
機体サイズに対して小振りなそれは、しかし、細やかな動きで姿勢制御をサポートしているようである。
武装は、両手に持った大型のハンドガン。
その内、右手の方はどういった理由か逆手に握っており、これはパイロットであるヴァンガードのこだわりを反映したモーションであるとうかがえた。
『うむ、ペットネームはベレッタだ。
ただし、自分のPL、という表現はいささか異なるな』
「というと、どういうことですか?」
もはや、ステルスモードを維持する意味は薄い。
アーチリッターのプラネット・リアクターを全開にしながら、俺はヴァンガードに尋ねる。
すると、例のイカした仮面を装着しているのであろう敵は、音声通信でこう告げてきたのだ。
『――オムニテック。
略すと、OT。
我々は、自分たちの人型機動兵器をそう呼称している』
「オムニテック……!」
ベレッタという機体の推進力は、ミストルティンを明らかに上回っているどころか、カラドボルグにすら迫るもの……。
それが、こちらにめがけて一直線で加速してくる。
これを迎え撃つべく、俺はアロー・ラックから通常矢を取り出したが……。
『――ううおっ!?』
これを放つまでもなく、ベレッタが大きく姿勢を崩す。
背後――すなわち、自分の僚機であるはずの機体からビームを撃たれ、大慌てでこれを回避したためだ。
「なんです? 仲間割れ……?」
『一体、どういうつもりだ――クリッシュ!?』
マジで焦ったのだろう……。
細かく稼働したウィングの動作により姿勢を立て直すベレッタから、ヴァンガードの叱責する声が響く。
だが、そこに含まれていた名は、俺を大いに動揺させるものであったのだ。
「……え?
クリッシュちゃんが、それに乗っているんですか?」
『そうだよー。
やっほー、カミュちゃん』
レーザー通信を放ち、彼女ののんびりとした声を届けてくる機体……。
これもまた、俺が知る限りのいかなるPLとも異なるマシーンであった。
機体カラーは――ブロンズ。
頭部に備わった大きなトサカが特徴的で、機体本体に匹敵する長大なロッドを得物としていることもあり、どこか儀礼的な……僧兵めいた印象を抱かせる。
ビームが放たれたのはそのロッドで、だとするとこれは、ガンロッドとでも称すべき武装であるのかもしれない。
『駄目だよー、ヴァンガードー。
カミュちゃんの相手は、わたしがするんだからー』
足を止めたベレッタに対し、やはり急停止した謎の機体に乗ったクリッシュちゃんが、のんびりと告げる。
『いや、しかしだな……。
こちらには、以前の戦いにおける約束というものが……』
『そっちは自分の機体持ってきてるんだから、露払いを担当してよー。
わたし、ワルサーの調整が遅れてるからって、ルガーに乗ってるんだからさー』
ルガー……。
それが、あの機体――おそらくはOTの名前か。
言葉を聞く限りだと、クリッシュちゃんも自分専用のOTを持っているようであり……。
となると、ルガーと呼ばれているこの機体は、どうやら量産機か何か――少なくとも、性能面でベレッタに引けを取っているものと推測された。
そして、そんなことをスラスラと述べるということは、ある一つの事実を意味している。
「クリッシュちゃん……。
ヒラク社長が黒幕だった時点で覚悟はしていましたが、あなたは……?」
『うん、ハイヒューマンだよー』
わたしの質問に対し、クリッシュちゃんがなんてことのないように答えた。
それから、「おや?」という雰囲気を漂わせながら、仲間内の会話を再開する。
『というか、ヴァンガードさー?
ハイヒューマンがどうとかオムニテックがどうとか、バラしちゃってもよかったわけー?』
『名称を教えただけだ。
カミュ・ロマーノフも、自分が現行人類とは異質の存在であると、とうに勘付いているだろう?
ならば、自分がなんと呼ばれている存在であるか……教えるくらいのサービスはしてやってもよかろう?』
『オムニテックの方はー?』
『それは、単純……』
瞬間……。
ベレッタの中から、巨大な思念が膨れ上がった。
あえて、俺に向けて晒すようにしたその感情は――侮蔑。
自分たちの方が圧倒的強者であると信じて疑わない、傲慢な意思だ。
『我々の機体を、たかが現行人類風情の兵器と同列に並べられては、はなはだ不快』
『あはっ。
それはそうかもねー』
クリッシュちゃんがヴァンガードの言葉に同意を示す中……。
苛立った――それでいて、聞き覚えのある声が、音声通信の中に紛れ込む。
『それで、いつまで足を止めているつもりだ?
僕としては、さっさとこの宙域から離脱したいところなんだがね』
「その声――ヒラク・グレア」
俺の言葉に……。
ハイヒューマンたちが操る三機の中で、最後方に位置していた機体が優雅な礼をしてみせる。
この機体は、細い腕といい、艶めかしいラインの太ももといい、どこか女性的なシルエットが特徴だ。
武装は、一対の大型シールド。
これは、スマート・ウェポン・ユニットとして本体を挟むように漂っており、明らかに振動粒子を付与可能な刃が備わっていることから、接近戦における攻防万能兵器であるとうかがい知れた。
さらに、頭上にはいかなる用途の兵装か……小型のボールが、二個ほど漂っている。
『やあ、カミュ・ロマーノフ。
せっかくだから、僕の方も教えておくと、この機体はマグという名前だよ』
「マグ……」
『まあ、厳密には、OTの技術を導入したPLなのだがな。
試験的に、常人でも扱えるよう我々の技術が投入されているというわけだ。
というわけで、そこのヒラク社長はハイヒューマンではなく、普通の人間だよ』
『さっき、カミュちゃんはヒラクっちのことを黒幕って言ってたけどー。
どっちかというと、わたしたちの方がそうなんだよねー。
Dペックスの根幹ソースも、うちで開発してヴァンガードから提供したものだしー』
「うち……。
つまり、ハイヒューマンと呼ばれる人間は、相当数が存在するということですね……」
イイ感じに口を滑らせてくれるハイヒューマンたちへ、わたしは噛み締めるようにしながら確認した。
『あは、喋りすぎちゃったー』
『仕方のないやつだ。
それで、誰がカミュ・ロマーノフの相手をするかだが……』
『本人がやりたいと言ってるんだし、年長者である君が譲ればいいだろう?
ほら、バカなやり取りをしているから、ミストルティンがこちらに向かい始めたぞ』
ヒラクが指摘した通り……。
俺の動きを察知したミストルティンが、こちらへと急行してきている。
実のところ、さっきからバカな会話に付き合っていたのは、情報収集もさることながら、アレルが援護に来ることを期待してのことだった。
『……仕方ない。
私が適当に道を切り開いておくから、二人は後からついてくるといい』
言いながら……。
ベレッタが、瞬間移動じみた速度でこちらに接近し、そして、追い抜いていく。
――死線を。
――簡単に超えられた?
その事実には、驚愕する他ない。
カラドボルグに迫る? 冗談じゃない。
あのベレッタという機体の機動力は、それ以上だ。
だが、そのことに驚いている場合ではない。
『カミュちゃんの相手はー。
わたしだよー』
クリッシュちゃんの操るルガーが、ロッドを突き出すようにしながら迫っていた。
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