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「あのぅ。籠に、僕の着替え入ってましたよね?」

「ああ、確認していませんでした。お一人での入浴がご希望でしたか?」

「いや、別に拘りは。そもそもさっきまで――あれ?」


さっきまで隣に居た少女が、『消えてる』?


「何か?」

「……何でも」

「では」


浴室に入った糸さんは真っ先に鏡とカランのある場所に腰を下ろし、体を洗い出す。


「大変でしたね今日は」


此方に背を向けられつつ、少女と同じ事を言われた。

だから同じように返す。


「はい、あんな風に追われるのは初めてで。でも、助けられました。さすが縁切り神社」

「……いつもは、あんなにアッサリ働いてくれないんですがね」

「え?」


という僕の声はシャワーの音に消される。

彼女の汗等の混じった泡が排水口へと流れていく。

立ち上がった糸さんは振り返り、濡れたままの裸体で此方に歩いて来て


「失礼します」 


チャポンと湯船に入った。

 プカプカと浮かぶのはまるで二つの白い孤島。

孤島?

十数秒ばかりの無言タイムを経て、糸さんが口を開く。


「蜜さんは。どうして我が家に?」

「ん。どうしてですかね。僕にも詳しい経緯はさっぱり」


ひと月前の話。

隣町で暮らしていたら、明日から通う高校の校長さんが『ウチに来ない?』と声を掛けて来て――


「それを二つ返事で了承したら、そのままトントン拍子で話が決まって」


で、校長の友人という糸さんのママさんが僕を居候させてくれるって流れになったわけだ。


「成る程。……ウチの校長、自分の足で全国から個性的な生徒を集めて来るような変人ですからね。幸か不幸か、蜜さんもその網に引っ掛かってしまったようで」


ふぅん。

僕自身、前の町に思い入れが無かったからスンナリ了承しちゃったけど、明日から通う所はそんなに変わった学校だったのか。

やっていけるかな?

すると、彼女はそんな僕の不安を見透かしたように。


「個性的ですが、皆、良い生徒ばかりです。きっと、貴方を歓迎してくれるでしょう」

「はぁ、そうですか。安心しました」


ジッ――と、無言のまま、糸さんは僕を見ている。

底の見えない深い瞳だ。

僕の言葉に『心が篭って無い』事まで見透かされたか?


そう思っていた矢先、グイッと、脈絡も無く唐突に、湯船の中から右手を取り出される。

赤、青、黄、黒、白……角度によって色が変わって見えるその瞳で、出会った時のように指をじっくり見られて……


「ずっと、今日まで、辛かったでしょうね」


そんな。まるで僕の今日までの生涯を知ってるのような台詞を、平気で吐いて来て。


なんだ、この人は


本音。

でも彼女のその一言には、慰めも適当さも感じられない、確信めいた重みがあった。


「何、キミ」


思わずポロリと出てしまった本音に、


「巫女ですよ。縁切り神社の巫女です」


糸さんはそう答える。

……何故彼女はここまで僕を『見てくれる』のか。

その心理は、真理は、きっとこの先も、僕には理解出来ないのだろう。


う~ん。普通じゃない人ばかりの町に来てしまったんだなぁ


新たに湧いた別の不安に、しかし不思議と悲壮感は無い。


「洗髪はしました?」

「え? あ、まだっす」


顎でクイッとカランの方へと促す糸さん。

拒否権は無いらしい。

何と言うか、会話や空気の流れを気にしない、直感で生きてるタイプの人なんだな。


流されるままに僕は立ち上がり、


「あ」


と糸さん、


「え?」


と僕。


彼女の視線は――


「と。〈殿方〉、だったんですね」

「はい」


知ってて入って来たんじゃないの?

てっきり、気にしない人かと。


「すいません。後ろ、向いて貰えますか?」

「はぁ」


言われた通りにクルリ。

直後、『ザバンッ』と浴槽の湯が跳ね、『ガラリ』と戸を引く音がし、彼女はそのまま去って行った。


――その後。


入浴後にフラリと本殿内を見に行った僕は、床に何故か点々と水滴が落ちているのを発見し……辿った先には、〈濡れた鋏〉。

御神体に触れて良いモノかと思いつつ、結局は自らのシャツで拭いてやると、直ぐに持ち手部分の『桜色』が輝き出す。


「ん~、 やけにフィットする持ち手部分だ」


戻すのが惜しくなる程の触り心地。

まるで少女の柔肌だった。


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