【一章】1
プロローグ
母親が大好きだった。
いつもニコニ僕の事を抱き締めてくれる母親が大好きだった。
小学生になったばかりの僕は、あの日も離れないよう母親の手をギュッと握っていた
「あ、蜜、ここが今話題の――――らしいよ。行こうか」
「うんっ」
そんな幸せな日々が、いつまでも続くと……僕は当たり前のように思っていた。
でも。
あの日から、僕は【幽霊】になった。
▼ 縁 ▲
〈一〉
「はぁっ! あははっ! ははっ!」
走る。
見知らぬ田舎町を、僕は走っている。
一〇月の何ともいえない気温の空の下、僕は追われていた。
追跡者はニッカボッカを履いた作業員の兄ちゃん三人。
そもそものキッカケは、一〇分前。
今日からお世話になる新たな町【熊ヶ根】に着いた僕は、導かれるように【とある神社】に辿り着いた。
そこで僕は何となくお参りをし、立ち去ろうとした矢先……作業員の兄ちゃん三人の内の一人の足を踏んでしまい、この有様である。
今の所、捕まる気がしない。
いつもより、体が妙に軽いから。
がむしゃらに逃げ回り……気付けば、先程の神社へと戻っていた。
三人が追い付くのは時間の問題。
「――どうかしました」
腰を曲げ肩で息をしていると、正面から女の子の無機質な声。顔を上げる。
竹箒を持った、同い年位の巫女さんが居た。
短いサイドテール、整った顔立ちはクール、大きな母性。
何故かこちらを見ず黙々と箒を払っている。
「男の人に追われて困ってるんです」
「困ってるようには感じませんが……楽しんでるようではないですか」
そう? 意識してなかった。まぁ『久々の経験』を楽しんでるのは否定しないけど。
「しかし、それが事実ならば大変です。此方に(チラリ)……ッ!?」
え? 巫女さん、僕の顔を見て急に目を見開いてたけど、どうしたのか。
「……、貴方」
その表情の意味は、多分『畏怖』。
「今日まで『どうやって生きてきた』んですか?」
「――、――」
「……いえ、すいません。気にしないで。とりあえず、着いて来なさい」
発言の意味を訊けぬままに、神社の本殿内まで手を引かれる。
冷たい手だった。
「ここまで来れば流石に相手も引くでしょう。ですが……〈縁〉……縁というのは切り難いモノ。それには『悪い縁』も含まれ神社を出れば再び相手にまみえてしまう可能性もあります。丁度が良いので、【ソレ】に縁を切って貰えるよう頼んでみては?」
立派な本殿の奥に、ポツンと祀られたソレは――【ハサミ】。
「ここ五色神社は別名〈縁切り神社〉。名の通り、縁切りを願う所です。ソレは我々が【鋏】と呼ぶ御神体。ま、物は試し、という事で」
ここの家の人かバイトさんかは知らないけど『物は試し』だなんて言ったらイカンでしょ。
稼ぎ頭である御神体様を信じてないのかしら。
『どこに行った?』『確かここら辺に』『そんな事より帰ってアニメを――』
あ、ヤバイ、作業員の兄ちゃんらがすぐそこまで来てる。
僕一人ならいいけど、この巫女さんまで巻き込まれるのは気が引ける。
「じゃあ、物は試し、って事で」と僕は鋏に近付く。駄目で元々、何も起きなければ直ぐにここを出て、兄ちゃんらを引き付けるよう逃げ去ろう。
「(パンパン)……何回叩いて何回拝むんでしたっけ?」
「適当でいいですよ」
適当に拝んだ。
どうかあの作業員らが居なくなりますように、と。
お安い御用じゃ チョキン。
……?
今、頭の中で、断裁音と女の子の……
『アレ、俺らここで何してたんだ?』『帰るべ帰るべ』『アニメアニメ』
直後、外から兄ちゃんらが撤退していく声。
何? 本当に悪い縁が切れたって事?
凄っ、この神社本物っ! こわっ!
御礼を伝えようと僕は振り返って巫女さんを見る。
巫女さんも僕を見ていた。
「……貴方、本当に何者なんですか」
少し細めた、気味悪がるような瞳で。




