表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏の潜水艦  作者: 多手ててと
前編:遠山大輝

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/23

09.先輩だから遠慮しているのか

公式戦と同じ規定の練習球を投げた後、この回の先頭バッターが右打席に入る。今はセンターに入っている南波ななみ。いきなり夏大会レギュラーのスイッチヒッターが相手だ。秋の大会でも1番か2番を任されていた。足が速いのでアンダースローの俺は、絶対に塁に出してはいけない。絶対に振り回されてしまう。逆に言えば南波を出さなければこの回を無失点で抑えるのがだいぶ楽になる。先頭打者を塁に出さないのは当たり前のことだけど、アンダースローの俺の場合、ランナーはより大きな敵になる。


南波をゴロを打たせて打ち取る。


だがそれがなかなか難しい。左のアンダースローである俺の最大の強みは珍しいことだ。左利きの人間は日本人だと1割しかいない。アンダースローの定義はいくつかあるけど、広くとっても投手の中でもアンダースローで投げる球児は1割ぐらいじゃないか? プロだともっと少ない。


これを単純に計算すると100人ピッチャーがいればひとりは左のアンダースローになるはず。だけど、日本人では俺の知る限りいない。メジャーにはかろうじいるみたいだけど、それでもサイドスローに近い。


俺が公式戦で投げる場合、対戦する打者は左のアンダースローと対戦した経験がないはずだ。それも地面すれすれから投げる狭義のアンダースロー。その一番の取り柄が紅白戦では無くなる。俺は今もバッティングピッチャーをすることがあるけど、その時監督からは上から投げるように指示されている。俺のフォームを固めるためには害悪以外のナニモノでもないけど、日本でほぼいない左のアンダースローを相手にする練習に意味が無いからだ。でもやはり珍しいからと、左のアンダースローを体験したいという物好きもいる。南波もそのひとりだ。


初球、新浜がインローにミットを構えた。サインはチェンジアップ。俺の場合はサークルチェンジ。素直にうなずいて投げる。紅白戦とは言え初めて試合で投げるアンダースロー。俺はいつものように全身を使う。膝、腰、腕、手首、イメージ通りに体が動いて、俺にとって最適な位置でボールをリリースした。だが正直に言うと南波は絶対に振ってこないと思った。俺の今日の調子を見るために初球は見逃すだろうと。


だが俺のそんな思いを嘲笑うかのように南波のバットが全力で振りきられる。俺のボールが遅いからよりスイングが早く感じるのかもしれない。南波がぶん回したバットがボールに当たり、ボールはバッターのすぐ前で地面に当たって大きくバウンドした。


大きくバウンドした球を、サードの山條さんじょうが前に出て内野フライを取るようにボールを掴むと体を後ろに一回転させて一塁に投げる。際どいタイミングだったけど判定はセーフ。内野安打だ。


わりい」


その声に俺はすぐさま返す。


「ドンマイ。ナイスサー」


実際、山條の守備は急造サードとは思えないぐらい上手かった。本人が俺のフィールディングを参考にしたと言ってくれたのは嬉しいけど、既に俺よりも上手いかもしれない。実際打ったのが俊足の南波で無ければ内野ゴロだったはずの打球だ。そして新浜がチェンジアップのサインをくれなければクリーンヒットだった可能性もある。絶対初球は振ってこないと思った俺が一番悪い。よし気持ちの整理がついた。その上で、この後どうするかを考えないといけない。


7回表、2点ビハインドでノーアウトランナー1塁。投手は左利きのアンダースロー。ただ選手を何度も入れ替えているので打線はもうあまり機能していない。実績のあまりない1年生が続くので代打が出て来る可能性もあったが、1年生がそのまま打席に入ってきた。まず間違いなくバントだろう。問題はいつバントしてくるか。


いきなり送りバントしてくる可能性はもちろんある。そして南波に先に盗塁させてから、バントで3塁に送る可能性もあり得る。バントエンドランで一塁から一気に三塁を狙う可能性も消せない。アンダースローの投手はモーションが大きく投球も遅いので盗塁に弱い。俺は左投げだから1塁ランナーが丸見えだけど、逆にそれを利用して走る振りをして俺を攪乱してくる可能性に思い至る。本当に練習試合は勉強になるな。


新浜が大きな仕草で内外野に前進守備をするように指示した。


「外野、もっと前に来い」


新浜はバントさせないことに腹を決めたようだ。大声を出して外野を招く仕草を続ける。おいおい、いくら前進守備てうてもほどがあるやろ? これ外野の頭を越えたら確実に1点入る奴やん。ランニングホームランで2点差を追いつかれるとか間抜けすぎるやろ。


でもこれは攻める守備だ。上手く行けば南波の足でも、レフトゴロでゲッツーもあり得る極端なシフト。新浜は南波に盗塁させようとしている。そしてそれを防ぐつもりだ。ホンマにもう知らんからな。


南波は俺が牽制が上手いことも知っているから1塁であまりリードをとっていない。走るなよ。そう思いながらできるだけ早いモーションで初球をアウトローに投げる。球種はもちろんストレート、シュートさせるので右打者にはフロントドアになる。バッターは空振り。ボールに当たるはずもない変なスイング。俺がバッピの時、下から投げてくれと言われたことが無い。先輩だから遠慮しているのか、それとも左のアンダースローに興味が無いのかはわからない。だからアンダースローの打者と対戦したことがないのかもしれない。佐々木さんに投げてもらったこともないかも? このスイングが演技やったら上手すぎるな。


2球目はバントの構えだが、俺のチェンジアップを当てることができないと思ったのかバットを引いた。おいおい。南波が飛び出ていたので、新浜が一塁に送球、タイミングは際どかったがセーフ。これで南波が刺されてたらヤバかったぞ。お互い練習試合で学んでいこうな。俺は上から目線で1年生に無言のアドバイスを送る。なお判定はボール。


バントにも期待できない、だから今度こそ南波は走って来るだろう。俺は新浜のサインにうなずいて投げる。今度はインハイ。ただし高速クイックでオーバースローで投げる。俺が上から投げるとは思ってなかったのだろう、ストライクの球をバッターはただ見送るだけだった。この状況で新浜の肩と南波の足で勝負すれば勝算があると考えていたのだけれど、南波が走っていなかった。だから新浜も普通にマウンドの俺のボールを返した。


これでカウントは1-2。とは言えこの超前進守備で上から投げて打たれたら拙い。とは言っても南波が一塁に残ってるから盗塁される危険は大きい。警戒されているから南波のリードは小さい。


南波に上手くスタートを切られたなら、速い内野ゴロでなければゲッツーを取るのは難しい。でもわざと良い当たりを打たせるのは当然リスクが大きすぎる。新浜のサインがチェンジアップなのも、二塁に走られることを覚悟してバッターから三振を狙うということだろう。俺はスタートを切る南波を無視して、サイン通りにチェンジアップを落とし三振を取った。ちょっと中に入りすぎたかもしれないが予定通り。やっぱり南波は二塁に逃げた(盗塁した)のでワンアウト二塁。次の1年からも三振を取りたいところ。


だがここで選手の交代が告げられる。代打に久慈が出てきた。これは勝負に出て来たな。多分元々の予定では久慈は6回7回を投げて、8回9回に外野を守るつもりじゃなかったのかな。でも久慈は6回裏にマウンドに立ったから、今代打に出たら7回にはマウンドではなくて外野に行かないといけない。そういうルールだからね。しかも左対左の代打か。実際何度かアンダースローでバッピを務めたこともあるから、これは久慈が志願したのかな? 


一塁が空いてるから歩かせてもいいのだけれど、新浜はどう考えるだろう。


「みんな定位置に戻れ」


新浜の大きな声が響く。つまり勝負するってことだ。そして新浜が座った。いいね。俺も勝負したいと思ってたんだ。


『でもまあ、慣れたら打てると思う』


始めてブルペンで投げた時、久慈がそう言ったのを思い出した。久慈のバッティングがいいのは知っとるけど、ここで左打者にナメられたらあかんからな。新浜のサインはインローにシュートするストレート。打たせて取るピッチングだ。久慈は初球から当ててきた。ボテボテのファーストゴロなので、俺がベースカバーに入る。南波が三塁でちゃんと止まったのを確認してから俺はマウンドに戻る。


「ナイピッ」


「ええよ、ええよ」


進塁打にはなったけど、1球でアウトが捕れるのはいいね。これでツーアウト、俊足の南波が三塁。でもツーアウトだからヒットなら1点は当たり前。打たれたら一塁で打者走者を殺せばいいので状況はそこまで変わらない。あえて言えばバッテリーエラーでも点が入ることと、ランナーが見えないからホームスチールされてしまう可能性があることぐらい。ランナーを忘れてはいけないが、気にしすぎてコントロールを乱す方がよくない。


初球はアウトローに落とすチェンジアップを要求されたのだけど、バントしてきた。ツーアウトやん。キャプテンの権田が采配してるんだろうけどバクチ打ちだな。虚を突かれたのは俺だけじゃなかった。ファーストもチャージが遅れた。サードランナーをケアしているサード、そして俺も体勢が整えばダッシュしなければならない。


俺の球は見慣れない動きをするけど遅いからな。バントで当てるぐらいはできるか? 実際当てられた、けどボールはほぼ真下のホームベースのすぐそばに落ちた。予想以上の球速の遅さに勢いを殺し過ぎてくれたみたい。新浜がホームに突っ込んでくる南波を無視してボールを拾うと、そのまま一塁カバーに入ったセカンドに投げてチェンジ。南波がホームインしたけど当然点にはならない。


「ダイキ、ナイスピッチ」


三塁側ベンチに戻る途中、サードに入っていた山條さんじょうに肩を叩かれた。


「ありがと」


そこに新浜が入ってきた。


「大輝、8回も任せていいよな?」


おっ、2イニング目も行かせてもらえるのか?


「もちろん。6球しかなげてへんし」


三安、三振、一ゴ、捕ゴ。三振以外はすべて初球。上々のデビューと言ってええんちゃうかな。俊足のランナーを背負うといういい経験もできた。やっぱり試合はええね。


8回には前のイニングではあまり使えなかった緩急を試すことができた。それが上手く行ったので8回の表を俺は内野ゴロ3つ、たった9球で終わらせた。2イニング合わせても打者7人、内野安打1、三振1、失点0でたった16球。やっぱり俺はアンダースローが向いてるみたいやね。

書き終えたので投稿。次回で前編終了の予定です。

今日更新したので、逆に明日は休むと思います。

不安定ですが、今月中には完結するんじゃないかな?


様子見しながら書き続けていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ