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夏の潜水艦  作者: 多手ててと
前編:遠山大輝

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08.テンション上げるためのおべんちゃら

寮生活のいい所は冬場にも技術を磨くことができること。強豪校でも通いの学校だと冬場は体力作りや筋トレに専念する学校もあるという。でもウチの野球部は全員が寮生活なので体力づくりをしながらボールを使った練習もできる。そして練習試合もたまにはある。


冬場は対外試合が禁止期間されているけれど、チーム内での紅白戦は問題ない。俺にとって久しぶりの実戦になるかもしれない。メンバーがこれから決まる。紅白戦の前日の練習後にキャプテンと副キャプテンがウェーバー制で指名するのだけれどこれが結構盛り上がる。なぜかというと出場制限が厳しいからだ。


DH制の9イニングで、投手は2イニング、野手も同じポジションは2イニング、ポジションを変えた場合は合計2イニングずつ最大4イニングまで、という縛りがある。投手が守りに付く場合2イニングまで。この場合もDH解除ではなくて、打順は交代した選手のところに入る。これだけ条件があるのは、なんやかんや冬場はケガしやすいのでその防止と、練習試合で複数ポジションを守れるようにするのが狙いだと思う。なお例外としてキャッチャーだけは5イニング守れる。急造キャッチャーはすべてのポジションの中でも特に危険やからね。


今はけが人を除くと2年生が17人、1年生が19人だから、どちらのチームもベンチ入りは18人。メンバーを選ぶのはかなり戦略を必要とするはずや。俺には関係ないけど。


寮の食堂に全員が集まって、ドラフトが始まった。副キャプテンの新浜が白組のリーダーとして最初の選手を指名して、その後はキャプテンの権藤が紅組の2人を選ぶことになる。以降は2人ずつ指名していく。


新浜が真っ先に指名したのは控え捕手のプリンスだった。


「汚ぇ」


キャプテン権藤だけじゃなく、まだどちらのチームにも入ってないギャラリーからも声が飛んだ。正捕手の新浜が控え捕手を選んだことで、自動的に1年生の3番手、4番手捕手が紅組に決まった。流石の新浜もさらに3番手捕手を指名すると練習試合にならないことはわかっているはずだ。だから1年捕手ふたりは一番最後に指名されるだろう。


もうひとり重奏じゅうそうという内外野全部どころか捕手までできてしまうユーティリティプレイヤーがウチにはいるが、彼には2イニングルールが適用されることが事前に決まっているし、流石に捕手は1年の専門家の方が上。


キャプテン権藤はショートの鹿苑寺とセカンドの芝原を連続して指名。権藤自身はサードで、鹿苑寺はセカンドで夏の大会に出てる。芝原は1年生だけど、秋の大会からセカンドのレギュラーを手に入れた。中学ではショートだったらしいし、打撃も良いので俺らの下の代でキャプテンになるんちゃうかな? つまり権藤自身を含めて内野のレギュラー陣を3人抑えたことになる。


よい投手よりもまずは捕手。そして投手を回せばなんとかなる外野よりも内野陣。特にユーティリティ性のある選手が優先される。鹿苑寺と芝原なんて普通に二遊間入れ替えられるしな。こうなると新浜も内野手を抑えざるを得ない。ドラフト争い戦線は捕手、そして内野手の取り合いで始まる。そう言えば去年もこんなんやったような。


そう思ったところにピッチャーが呼ばれた。


「じゃあ、久慈……もうひとりはどうしよっか」


「15秒以内やからな」


投手陣で最初に名前を呼ばれたのは久慈。言うまでもなく左のエースで、ライトを本職並みに守れる。しかも打撃がいい。秋の大会でエースナンバーを付けた市川より先に指名されたのはそれが理由だろう。


1人選ぶのに15秒以内という制限があるのでそんなに考えてもいられない。まあ俺の名前が呼ばれるのは最後の方だろうと思った通り俺の名前が呼ばれたのはリストから名前があらかた消されてからだった。


「ほな、もうひとりは遠山」


新浜の言葉で自分の立ち位置を思い知らされる。でも白組に呼ばれたのは俺としては良かった。正捕手と2番手捕手がいるからね。DH制だし2イニング投げさせてもらいたいけどどうなるやろね。



翌日、好天に恵まれて紅白戦が始まったけど俺の出番はない。俺の仕事は応援団です。それでも試合はやっぱり楽しい。5回裏の途中で7-5。逆転、再逆転のシーソーゲームで2点リード。このルールだと選手がコロコロ変わるので攻撃力も落ちるけど、慣れないポジションを守る守備力はもっと落ちる。ベンチから見てて思うのは、多分本当はみんなちゃんと守れるはずなんだけど、お互いの守備を信頼できていない気がする。


こういうのを考えさせるのも監督が毎年このゲームをやらせる目的のひとつなんかな?


そう思っているうちに最小失点でこの回を終えた味方が守備から戻ってきた。まだ2点リードがある。


「みんないいよ。もっと守備に自信もっていこ」


俺はさっき思ったことを口に出して言った。これからこちらの攻撃が始まるのだけど。思いついたことはすぐに言った方が良い気がしたからや。


「そうそう。どんどんいくで。先頭出ろよ、俺も続くから」


この回から守備に付いてい白組キャプテンの新浜が言う。レガースを外して、このままネクストに行くんやろ。


「それから遠山、7回行ってもらうから投げ込んどいて」


「ん、わかった」


6回の表裏を3人&3人で終わったらどうするつもりなん? もう1イニングよ言えや。そう思ったけどおれはオーバースローの時から肩を作るのに時間がかからないタイプだった。アンダースローになってからはもっと短くなった。それを見越してこのタイミングで新浜が声をかけたのかもしれない。


俺はブルペンに入って、4回まで守備に付いていたプリンス相手に投げ込む。


「遠山の球は受けるたびにいい感じになってんなあ。アンダーに転向するて聞いた時、勿体なっ、て思たけど、実は大成功かもしれへんね」


はっ。


「俺のテンション上げるためのおべんちゃらやと思うけど、そう言われると悪い気せぇへんな」


「ホンマやて。遠山が秋の大会におったらなあ。次チェンジアップな」


キャッチャーはいろんなピッチャーとコミュニケーションを取らないといけないから大変やな。俺にはあかんわ。


彼女からいろんな球種を身につけろと言われたので、ここ数ヶ月いろいろと試してみた。でもいまのところ試合で使える球種は少ない。2種類のフォーシームとこのサークルチェンジだけ。他の球種はまだ確信が持てない。変化しない変化球が失投なのは上でも下でも同じだ。


変化球の練習にサークルチェンジを最初に試したのは彼女のおかげだ。だから多分今は練習試合でも投げられない球種も夏までには使い物になっていると思う。上から投げていた時も俺には三振を取るためのフィニッシュボールがなく、球種と緩急で打ち取るフライボールピッチャーだった。それがグラウンドボールピッチャーになったってことやね。


ストレートでぐいぐい三振を取るピッチャーと変化球で翻弄して三振を取るピッチャーがいるように、打たせて取る投手にもいろいろいる。相手にフライを打たせるのはフライボールピッチャーでゴロを打たせるのがグラウンドボールピッチャー。どちらがいいわけじゃ無いけど強いて言えばフライボールピッチャーは味方のエラーが少なく、グラウンドボールピッチャーはホームランが打たれにくい。高校野球だとエラーが当たり前だからフライボールピッチャーの方がいいかもしれへんね。


プロ野球の記録を見るのが好きな人は、自責点と失点の差が大きい投手を調べてみよう。おそらくそれはグラウンドピッチャーの可能性が高い。エラーが無ければチェンジだった後の失点は自責点にならないから。


プリンスの「ナイスボール」を聞き流しながら投げてたら本当に表裏が6人で終わっていて笑う。この回から久慈がマウンドに出てきたから仕方がないのかもしれん。上がりの2イニング、8回9回を投げると思っていたから少し意外。でもなんとか肩も温まった。俺は久しぶりに試合でマウンドに向かった。


セットポジションから体を屈めると同時に右足を上げる。少し遅れて腰をねじりながら左手を大きく高くテイクバック。ほぼ同時に軸足を曲げ体重を沈めながら少しでも前に右足をステップ。そのまま腰と腕を回転させ、右足が地面に着地してもそのまま全身を低く体重移動しながら、両肩から腕までが一直線になった状態を作る。その瞬間に球種通りに握ったボールに自分が望んだ回転をかけて指先から放す。そして左腕を自分の体に巻き付けるようにフォロースルーする。


両足首、両膝、股関、腰、背中、首、両腕、両肘、両手首、そして左の五本の指。これら全身の力と体重を込めたボールを、正確に自分の思い通りに投げる。これはもう芸術の世界だと俺は思う。誰が聞いてもアンダースローがいかに難しいかというのがわかってもらえるんちゃうかな。わかってもらえないのであれば、それは俺の説明のしかたが悪いか、聞いた奴が天才かのどちらかだ。


俺の渾身の曲がらないフォーシームが新浜の構えたミットに収まった。完璧なコース。だが審判である監督はストライクともボールとも言わない。まだ投球練習だから当然のことだけど少し気が楽になった。


2球目はシュート回転をかけたフォーシーム。こちらは少しミットからずれた。今日は普段よりも曲がるみたい。3球目はサークルチェンジ。ストレートとまったく同じフォームで投げるけど、次第に球速が遅くなって落ちる球。俺の場合アンダースローで投げた方が落差が大きい。今の俺にはこの3種類の球種がある。すごいと思うやろ? 


でも肝心のストレートがどうしても遅いから、じっくりボールを見極められてしまうのが大きな欠点になる。さらに紅白戦だというのが不利。俺の最大の武器である「希少な左のアンダースローの球筋」をこいつらは知っているのだ。バッピの時はリクエストが無い限り上から投げさせられてるけど、リクエストしない奴も見るものは見とるやろ。


つまり緩急とコントロール、あと新浜の知恵を借りて打者を打ち取らないといけない。さて新浜君。正捕手様は俺を助けてくれるよね❔

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