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夏の潜水艦  作者: 多手ててと
前編:遠山大輝

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2/23

01.二軍の野球は世知辛い

とりあえず最初のうちは毎日連載を目指します。

5回裏、2-0、1アウト、ランナー2塁1塁。相手は奈良の名門南都学園。バッターは昨年の夏甲子園でホームランも打っている3番バッター。なんでこんな奴がこの試合におんねん。ケガ持ちなんか、不調がずっと続いて二軍に落とされたんか。


初回と3回の打席はコースを狙って投げて結局四球で塁に出した。初回は二死走者無しだったし、3回は一塁が空いてたからそれで問題無かった。今回は長打が出たら点を入れられてしまう。初球はインハイに入れる。多分ゾーンの外だったと思うけど思いっきり振ってきた。


空振りを取れたけど怖いわ。でもやっぱ調子悪いんやろな。3年やし、去年甲子園出てるんやからうちのキャプテンみたいな存在やろ。そりゃ一軍に戻りたいわな。俺から考えたらもう2回塁に出てるんやからそれで満足して欲しいけどやっぱり打って結果を出したいんやろ。


2球目。アウトローのゾーンから離れたところにチェンジアップをプリンスが要求してきた。そうね。ゾーンに入れなくても振ってくれそうやしね。


だがボールは狙いより中に入ってど真ん中。タイミングは多少ずらせたと思うのだけど上手く打たれた。振り向いた時にショートが捕球体勢に入っていたのはラッキーというしかない。


でも俺の運はそこまでやった。ショートの先輩がお手玉してアウトを一つも取ることができずに満塁。敵だけじゃない。味方も焦ってる。そりゃそうやんな。毎年この夏大会の少し前にに奈良の南都学園との二軍同士の練習試合が組まれていて、夏の大会のベンチに入る最後のアピールチャンスになっている。うちは京都府にあるけど、京都市より奈良市の方が近いからね。


俺は今の所無失点やけど、ランナーは毎回出してる。ヒットは3本、今のエラー、四球が5つ。ここまで毎回四球を出している。2回と4回は先頭打者やから、もう夏のベンチに入る資格はない。このイニングで降ろされるのも確実やね。まあ我慢して使ってもらったほうやろ。


ショートの先輩も2回に抜けそうな打球を抑えてゲッツーを取ってくれたからチャンスはあったんやけど、今のエラーで落選やろね。そのエラーで塁に出た相手の選手も多分今年はスタンドやろね。二軍の野球は世知辛いわ。


俺はその後4番相手に8球粘られたけど三振を取ってツーアウト。フルカウントになって俺は追いつめられたわけだけど、バッターが押し出し狙いなのがバレバレだったのはかえって良かったかもしれない。今日一番コントロールできているチェンジアップで三振が取れた。


次の5番は初球からセーフティバント。ツーアウト満塁だよ。いくらファーストとサードが深めに守っていて、おれが左投げとは言え奇襲過ぎだろ? 


やや1塁よりだけど幸いバウンドが大きい。サインプレイらしくランナーはギャンブルスタートを切っていたからホームは無理。俺はベアハンドでとって、体ごと一旦三塁方向に回転しながらスナップを利かせてサイドスローで一塁に投げた。ボールは途中からダッシュしていたファーストの山條さんじょうが地面に伏せた上を通過して、一塁カバーに入ったセカンドに入った1年生、芝原のグラブに収まった。チェンジ。


自分でも素晴らしいフィールディングだと思ったし、実際相手のベンチからも驚いた声と落胆の声が漏れ聞こえてきた。観客がいれば大いに沸いただろう。ここにはいないけど。


ちょっとした自慢だけど、俺はレギュラーを含めた投手陣の誰よりもフィールディングが上手い。これでバッティングが良ければ野手転向を勧められたんやろうけどね。ともかくひやひやしたけど無失点に抑えた。


でも案の定その2日後、俺は背番号を貰えなかった。あの試合に出てたメンバーの中で背番号が貰えたのはひとりだけ。


つぅかさぁ。一軍に上がるハードル高すぎへん? 同学年に久慈くじがいるとか最悪。俺と同じ左投げ、現時点でMAX150km近いストレートとキレのいいカットボールを持っている。コントロールはイマイチだけどそれでも俺よりは良いし、しかも俺と違ってバッティングが上手い。


俺も調子がいい時は140km出せるけど、140kmと150kmは全然違う世界なんよ。


俺が久慈に勝っているのは球種の多さとフィールディングやスローイング。あとはクイックとか牽制球、それにバントなら俺の方が絶対上手い……いやそれらも大事やけど……ちょっとちゃうやん? 俺らの代には右にも市川というえげつないピッチャーがいるけど久慈は俺の上位互換やねん? 来年かてこのままやと試合には出られへんやろな。


「9番、蜂谷はちたに


「はいっ」


ライトに蜂谷が入った。これで2年生がレギュラーに4人も入った。セカンドの鹿苑寺ろくおんじ、サードの権藤ごんどう、レフトの南波ななみ、そして蜂谷。去年2年でレギュラーだったのは今のキャプテンのショート1人だけだったことを考えると、今年ウチが弱いと言われてしまうのがわかるような気がする。逆に言うと来年は強くなる? そうあって欲しい。


「10番、市川」


「はい!」


二桁の最初の番号は市川だった。返事をして監督から背番号を貰う。てっきり2番手投手はは久慈だと思っていた。市川は右の本格派でウチらの代ではこいつが久慈より評価が上ってことやね。正直今年より来年に期待してしまうのは俺だけではないだろう。俺は俺自身のことが心配やけど。


「11番、佐々木」


3年のアンダースローの先輩が呼ばれた。さっき6番を貰ったキャプテンもマウンドにも立つからこれでピッチャーは4人目。もしかして久慈もベンチから外れた? そう思ったのは一瞬だった。


「12番、久慈」


「はい」


そりゃ久慈は入るよね。万一俺が呼ばれるとしたらこの次しかない。


「13番、新浜にいはま


「はいっ」


13番は2年の捕手。俺らの代になったら正捕手だろう。投手はもう終わり。だからもう俺の名前が呼ばれることはない。


そして14番には3年生の控えのショートが呼ばれた。この前の試合でエラーした先輩とは違う人。キャプテンがマウンドに立ったらこの人がショートを守ることになるのでかなり大切なポジション。なおキャプテン程の万能さはないけれど、他の投手も外野なら守れる。もちろん本職には及ばないけど。


そしてあの久慈ですら投手陣では背番号が一番大きいということになる。とはいえ投手5人のうち2年生が2人ベンチに入った。ここも来年の方が期待されてしまうところやね。


大会前の一軍アピールの試合で5イニング投げさせてもらえるのだから、来年は俺もベンチには入れると思いたい。今は球数制限もあるし、仮に市川と久慈の次、3番手に入ることができれば登板の機会はあると思う。4番手以下でも序盤で大差が付けば出番はあるかもしれない。


でも俺がなりたいピッチャーは楽な相手に楽な場面でイニングを食うことだっけ? いやそれでも甲子園のマウンドに立てるのなら3番手、4番手のピッチャーを目指すべきなんじゃね? それがチームプレイってもんだよな。


でも今年の1年には俺以上に伸びしろがあるだろうし、春になれば凄い新1年生が入ってくるかもしれない。来年、俺が3番手、4番手に入れる保証はどこにもない。今年みたいに投手が5人ベンチに入れたとしても、俺がそこに入れるとは限らない。


俺は何のためにピッチャーになったんや? そんなん決まっとる。彼女に振り向いて欲しいからや。



その日、授業が終わった後、俺は誰もいない校舎裏にいた。彼女はきっと来てくれる。小学生の頃から、綾瀬綾は呼び出せば嫌な顔をしながらも俺の呼び出しに応じてくれた。


でもなあ。今年は何を伝えたいんか自分でもわからへん。もし俺が背番号を貰えてたら、付き合ってくれって素直に言えたんやろか?


「だいたいこんなことしてる時間あるん? そろそろ夏の予選なんちゃう?」


痛いところを突かれてしまう。


「まあ……俺には関係ないし……」


ベンチに入れない俺にできることはスタンドから応援することだけ。


「そう……」


こんな話をした後に告白するのはきついわ。俺は何度振られても彼女に告白してきたアホやけど、思てたより繊細やねんね。全然言葉がでてこおへん。


「用がないんやったら行ってええかな?」


俺の口から次の言葉が出てこないまま、ほな行くわ、の一言を残して彼女が……綾瀬綾が去ってしまった。俺は無言で、去り行く彼女の背中を見つめ続けていた。

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