17.都成純也
2回戦の相手は大会2日目の初戦を勝った西東京の高校。俺たちはその試合をスタンドで観戦して宿舎に帰った。
「西東京ってなんやねん。そもそも東京自体が京都のパチもんやろ? 西東京とかわけわからんわ」
京都府民として産まれた俺でも京都人を自称するには抵抗がある。それなのに中学まで遠征と修学旅行以外で四国から出たことが無いとか言ってた宍戸は何をほざいとるんやろ?
「まあ、ええんちゃう」
「ナリは余裕やな。まあ俺よりは出番がありそうやしな」
この2年と数ヶ月ですっかり関西弁に染まったシッシー(宍戸)。
「似たようなもんやろ」
俺もシッシーも外野の控えで代打要員。違いはシッシーの方が打球を遠くに飛ばせて、俺の方が足が速い。だから俺の方が代走要員の役割もある。俺もシッシーも地方大会では出番を作ってもらったけど、甲子園で出番があるかは不安。
外野の守備なら小箱、代走なら木賊というスペシャリストがいるし、代打なら廿山という切り札がいる。俺とシッシーは役割が多少異なるけど、どちらも外野のレギュラー陣を一回り小さくしたような選手だ。実際地方大会で俺とシッシーが出場したのはクジが先発した時。この場合は外野の枠が空くので出場できる可能性がある。クジがリリーフに回る場合は、勝っていた場合は守備固めでハコ(小箱)が出る。理論的には負けていた場合に出れる可能性があるけど、あまり考えたくはない。
1回戦と2回戦の間は中5日と長い。地元の学校のグランドを借りれるのは1日2時間まで。しかも日によってグランドが変わるのでトイレを探すだけでもイチイチ面倒。本当はうちの学校のグランドまで戻りたいけど、それは不公平なのだという。そりゃそうね。
地方大会で背番号を貰えた時も、次の試合のスターティングメンバーだと告げられた時も、そして甲子園への背番号を貰えた時も、そのすべてが俺にとっては嬉しかった。数年前までは地方大会と甲子園ではベンチ入りメンバーの数が20人から18人に減るので、少なくともふたりが背番号を取り上げられたわけだ。それが無くなった今でも、ケガとか不調とかでメンバーが入れ替わることもある。当落線上の俺は不安で仕方が無かった。
そしてこうやって1回戦を勝って、次の試合に向けて練習している間、次こそは試合に出たいと思ってしまう。これは贅沢な悩みなのだろうか? こうして練習したり、他の注目校の試合を観戦している間にやっと2回戦の前日になった。たった4日だって? ずっと待たされている身であれば長く感じることをわかって欲しい。
「明日のスタメンオーダーを発表する」
宿舎にある会議室みたいなところに俺たちは集められ、監督の発言を待っていた。
「1番、センター、蜂谷」
上位陣はいいよ。多分固定だろうし。おれが興味があるのはピッチャーと下位打線。イッチかダイキが先発だと俺たちはスタメンに入れないだろう。
「6番、ピッチャー、久慈」
「はいっ」
クジが先発だ。おれかシッシーのどちらかがライトに入る可能性が高くなってきた。外野を守れる選手は他にもいるから、必ずこのどちらかとは限らないけど。
「7番、セカンド、芝原」
7番はなかった。これは俺の可能性が少し上がった。シッシーが入るなら芝原より打順が上になるはず。
「8番、キャッチャー、新浜」
新浜が8番なのはいつものこと。打力的には上位に入ってもおかしくはないけれど、負担を減らすためにいつも8番に入っている。
「9番、ライト、都成」
「はいっ!」
俺は自分が大声を出したことに気が付いた。俺が甲子園でスタメンだ。
「ナリィ、声でけえよ」
「悪ぃ」
みんなが笑う。ゴンが突っ込んでくれて助かった。流石キャプテン。気遣いができる男。
「当然試合の展開によるが、なるべく多くの選手を出場させるつもりだ。皆そのつもりでいるように。全員で勝ちにいくぞ」
「はいっ」
ミーティングが終わった後シッシーが俺のところに来た。正直向こうから来てくれて助かったところがある。
「スタメンよかったやん」
「ありがと。まあシッシーの出番が無いぐらい頑張るわ」
シッシーが軽く俺を小突いた。俺は笑いながら大げさによろめいた。
初回、相手の先頭バッターが四球で出塁。どうやら忙しいことになりそうな予感がする。
事前のデータでは結構打ってくるタイプの2番打者だけど、1回の表のノーアウトのランナー。バントの可能性は十分ある。ランナーの足が速いので盗塁の可能性もそれなりにある。ライトの迷いどころだけどどうすんの? 俺が外野の守備を仕切っているハチを見ると、前に出るように指示された。この2番、左だし打ってくるタイプだけど大丈夫?
セオリー通りだとライトが前に出るのが当たり前。なぜなら……俺はクジがプレートを外したのを見てファーストベース寄りにダッシュした。牽制球が逸れた場合のバックアップはキャッチャーとライトの仕事だ。実際には投げる素振りを見せただけで投げなかった。俺は先ほどの位置に戻る。一塁ランナーがまた大き目のリードをした。クジがプレートを外し、今度は本当に投げた。その時には既に俺はダッシュしている。ジョーが普通に受けてタッグするがセーフ。俺はまた守備位置に戻る。
ノーアウトランナー一塁の場合、日本中のライトが俺と同じことをしているはずだ。でもテレビには映っていないと思う。もし俺がバックアップをサボってボールが逸れれば、ランナーは二塁どころか三塁にまで行ってしまうかもしれない。
2番は強攻したが、当たりそこねのサードゴロ。ゴンが前に出てボールを捌く間、俺はまた内野に向かってダッシュ。もしゴンの一塁への送球が逸れたり、ジョーが捕球できなかった場合、バックアップできるのはライトの俺だけ、キャッチャーのハマも走ってるけど、俺の役割の方が重要。バッターが一塁セーフなのと二塁まで進まれるのとは全然違う。さらに言えば、元の一塁ランナーなんかホームインしてしまう可能性すらある。俺と同じ様に、ハチやナナもゴンが二塁に投げた場合に備えてそのカバーのためにダッシュしているだろう。幸いゴンはキッチリ二塁に投げ、どちらも間に合って5-6-3のゲッツーが完成。俺のダッシュが無駄になって良かった。
「ナイスサー」
俺はそう言い残して定位置に戻る。本当ならナイスショー、とかナイスファーストとかも付け加えたいけど、2つはともかく、3つ言うのはなんか違う気がするのはなぜ? 後なぜファーストだけ略さないのだろう。ウチの学校の伝統だろうか? シニアの時どうだったっけ?
ランナーがいなくなって、俺の気持ちは随分明るくなった。無死一塁が二死走者無し。失点の可能性が大きく減ったのはもちろんだけど、プレートを外すごとにダッシュしなくて良くなったからだ。定位置最高。
だが3番が打った打球が右中間へと飛んできた。高く上がっているので俺が余裕で間に合う。
「センター!」
ハチの声が聞こえる。ハチが捕る場合打球の処理はハチに任せる。捕りそこねた場合のバックアップが俺の仕事になる。万が一にもぶつからないように俺は足を緩めながらハチの後ろに回る。風のせいで微修正していたけどハチはしっかりとグラブで捕球した。
「ナイスセンター」
内野に返球するハチに声をかけ、一緒に一塁側ベンチに戻りながらハチが軽く手を挙げた。俺への礼だろう。イージーなフライだったけどちょっとカッコイイ。
この初回、結局3人で終わったけれど、俺は何度ダッシュしただろう。統計データは知らないけど、ライトは一番走る距離が長いポジションだと思う。でもボールには一回も触っていないのでテレビで名前が読み上げられることはないだろう。背景でちらりと映るだけ。でもこうしてこの甲子園でプレーできるのはとても嬉しいことや。
俺の初めての守備機会は2回表に一二塁間を抜けたヒットの処理。トンネルでもしようものならえらいことになるので慎重に処理する。二塁に走るようなバカなら大歓迎なのだけどそんなことも無かった。その後も主にバックアップで外野で人知れず疾走する俺を野球の神様が憐れんでくれたのかもしれない。両チームまだ無得点の2回の裏、二死満塁で俺に打順が回ってきた。
『9番、ライト、都成、君』
名前を呼ばれるのは気持ちがいいけど責任重大だ。この回は、左中間2塁打、セカンドゴロ、四球、ライト前、ライト前。ヒット3本、うち長打1本で無得点というちぐはぐな攻撃になっている。なぜ点が入ってないのかって? 5番ジョーのセカンドゴロの時に、三塁に進もうとしたゴンがタッグアウトで一死一塁に、クジが四球で一死二塁一塁。芝原のライト前の時にライトがジャッグルしたような仕草をしたのでジョーがホームに突っ込んでアウト。
あれがお芝居だとするとスゲーな。ジョーとは逆にクジは2塁にスライディングした後、ジョーが3塁を回っていることに気が付くのが遅れ2塁ストップ。ハマのところでは各駅停車で満塁。絵にかいたような拙攻だ。
これで無得点だったら流れは完全にあちらに行ってしまう。責任重大だけど別に臆することは何もない。この回だけで3安打されてる投手が相手、まだ嫌な流れだと思っているだろう。でも少し笑っている。きっちりメンタルトレーニングしているのか、生まれつき図々しいタイプなのか。でも相手のブルペンは忙しそうだ。初球はベースでワンバウンドした。キャッチャーがブロッキングして抑えたので、俺は3塁ランナーのクジを手で止める。でも2球目はアウトローの手が出せないところに来たけど判定はボール。やっぱりまだ流れはウチだ。3球目はどうだ。
インハイの甘いところに真っ直ぐが来た。いや少し変化してる? 気にせず引っ張る。ライナー気味の打球が三遊間を抜けたところで落ちる。今回はツーアウトだから、ランナーは全員がスタートを切っている。俺が1塁を蹴ったところでショートにボールが返ってきた。ショートが振り向きざまにホームに返す。中継プレイがしっかりしていたのでクロスプレイにはなったけれど判定はセーフ。一塁側のスタンドからファンファーレが流れ、俺は一塁上で大きくガッツポーズをした。甲子園初打席、初安打、初打点だからこれくらいしてもいいだろう。
残念ながらトップの蜂谷は三振に終わったので、俺は一塁から先には進めなかったけれど、俺としては望外の結果だ。俺は意気揚々とベンチに引き上げる途中で、シッシーが俺にグラブを渡してくれる。
「ナイスバッティン、ナリすげえよお前」
「ありがと」
俺はそう言ってライトのポジションに向かった。大きな拍手を浴びながら守備に着くのはとても気持ちがいい。ここ甲子園だぜ? この回も俺の守備機会は無かったが、俺は走り回った。バックアップの無駄走りも苦にならないぐらい俺は今充実している。
野球の女神様は健気な俺のためにまたプレゼントをくれた。三回裏に二度目の打席が回ってきた。この回は2番のナナから打順が始まった、このイニングだけで3点入って、さらに二死二塁一塁。俺が出れば打者一巡になる。なお相手のピッチャーは2人目だからさっき俺がヒットを打った時とは別人。今度は初球からいい球が来たので、俺は大きく振り抜いた。狙ったわけではないけれど、差し込まれたのかボールは逆方向の右中間に飛んだ。落ちると思ったけれど、センターにダイビングキャッチされてしまった。惜しい。でも5点リードしているし、まだまだ俺に打順が回ってくるだろう。俺がベンチに下がると監督に呼ばれた。
「都成、惜しかったな、今の打席もすごくよかったぞ」
「監督、俺、守りに着かないと」
「いや、5点リードで余裕ができたからな、他の選手にも甲子園を経験させたい。この回からは宍戸に行ってもらう。都成、良かったぞ」
あまり選手を褒めない監督が手放しで褒めてくれたのはとても嬉しい。でも俺はもっと甲子園のグランドにいたかったんだよ。
俺は少し羨まし気にシッシーや他の選手を眺めた。いいな。羨ましいな。
でもこの試合で終わりじゃないはずだ。今日結果を出せたから、俺はまた試合に出ることができるはずだ。その時にはまた思いっきり走ろう。今は思いっきり仲間を応援しよう。俺は自分の役割に集中することにした。まさかこの試合、ここから負けないよな?




