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夏の潜水艦  作者: 多手ててと
後編:潜水艦の夏

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15/23

15.権藤良一

「こいつどうします?」


2回戦で偵察班が撮った動画を見ながらコーチが聞く。西洛南のアンダースローの選手のことだ。しかも左。


「ウチ相手だと、市川か久慈が先発するんちゃうかな」


「そうかもしれません。でも途中から出て来る可能性もありますよ。全然対策しなくていいんですか?」


「今から対策なんてでけへんやろ?」


右のアンダースローならともかく、左なんて強豪校でもおらん。オーバースローの球ならピッチングマシンで再現することもできる。世の中にはアンダースローのピッチングマシンもあるが、そんなのを持っている学校なんてほとんど無いやろ。


「5回投げて被安打2、エラー1、三振6、四死球0、許した盗塁1。だからWHIP0.4、K%33.3%ですね。まあ相手は普通の公立ですけど」


「普通の公立いうても、1回戦から2勝してるチームやから決して弱小やない。コントロールええから待球しても意味ないな。持ち球はストレートとチェンジアップの2つだけやし、とりあえずそいつが出てこおへんこと前提で考えとくしかないやろ。そもそもぶつかるにしてもウチも西洛南も決勝まで上がった場合や。無視や無視」


幸いなことに先に準決勝を勝った俺たちが見守る中、例の左のアンダースローの選手こと遠山が先発した。昨年の優勝校を相手に5回まで投げて無失点でマウンドを市川に譲った。問題は遠山がこれまで見せなかったシュートとスライダーと思われるボールを使ってきたことだ。もしかしたら他にもまだ投げてない変化球を持ってるかもしれん。


「下手に対策してなくて良かったかもしれませんね」


「ただなあ、今日も球数少ないんよこいつ。普通に決勝に出て来てもおかしないんよ」


今の球数制限は1週間に500球。今日の試合では60球も投げてへんから全然問題なく試合に出ることができる。なお試合は市川がそのまま8回まで締めてそこでコールド勝ち。延長戦まで戦ったウチよりもいろんな意味で消耗が少ない。


「市川、久慈、そして遠山。全員タイプちゃうやん。こんなん3枚持っとるんはズルいやろ。3人で分担しとるから球数かて減らせるし」


うちにも絶対的なエースがおるけどそんなんひとりだけや。後は2番手3番手で凌ぐのが当たり前やねん。


「泣き言言っても明後日には決勝ですよ」


昔は過密日程が当たり前やったけど、今の京都大会は準々決勝と準決勝、準決勝と決勝の間にそれぞれ休養日が設けられている。


「雨で順延せえへんかな」


1日順延したらエースの球数が調整登板した30球増える。それだけでも少しは楽になるんやけど……いや150球も投げさせたらあかんわ。


遠山のことはぶっつけ本番でなんとかするしかないねんけど、それでもビデオを見る程度の最低限のことはして、予定通り決勝戦が始まった。


「雨降ってくれ言うのは贅沢かもしれんけど、こんなかんかん照りやのうてもええのにな」


ベンチはあつてしゃあない。マウンドはもっと暑いやろ。


「まあ条件は一緒やからしゃあないですわ。先発が準決で投げてない久慈いうのも予想通りですし」


「せやけど久慈も簡単に打てるピッチャーやないで。せやし久慈を引きずり降ろしても市川、遠山がおるからな。ホンマずっこいわ」


試合は静かに立ち上がった。2回までどちらもランナーを出せない。久慈が思いっきり投げて来るからこちらのエースもムキになって三振を獲りあっとる。これはちょっとギアを落とさせなあかんわ。2番手が頼りにならんとは言わんけど、エースより格落ちするんはホンマのことやからな。


「我慢比べや。もうちょっと抑えて投げや」


せやけどやっぱり張り合うんは男の子やからなんやろか。久慈はエース級やけど背負っているのは9番。こちらは1番。エースのプライドなんかもしれんね。


そして3回になった時、向こうのブルペンに動きがあった。アンダースロー、遠山が投球練習を始めてる。マズい。久慈をオープナーみたいな使い方をしてきた。クソやな。


「おい、むこうは、強力な2番手、3番手がおるねん。ウチはお前がへばったらヤバいんやぞ。頼むから抑えていけ」


2番手、3番手どころか誰が一番嫌なんかもわからん状態や。


そう言って送り出した途端。この回先頭の7番の2年生に初球を綺麗に外野に運ばれた。8番に簡単に送られて1死2塁。次はライトに入ってる背番号18の子やからなんとかなるか?


『バッターの交代をお知らせ致します。9番、小箱おはこ君に変りまして廿山つづやま君が代打いたします。バッター廿山君、背番号20』


「成績は?」


マネージャーに声をかける。


「準決勝まで出場は4試合。すべて代打で4打席、3打数、3安打、犠飛1、打点2です」


準決勝までの5試合のうち4試合に出て来て全部結果を出しとるいうことやね。ほんま選手層が厚くてよろしいなぁ。逆に言うたらここで代打の切り札をきってきたわけや。


「伝令や、さっきの成績とこの回必ず抑えろって伝えぇ」


こいつを歩かせても打順はトップに戻る。くそがっ。


なんとか3回の裏を0で抑えることができたけど、代打と1番に合わせて12球全力での投球を強いられた。それでも先取点をやるわけにはいかんかったんよ。

戻ってきたエースをたたえてよく休むように伝える。まだ3回やのに消耗しとる。


『西洛大付属南高校、選手の交代並びに守備の変更をお知らせ致します。先ほど代打に出ました廿山君に代わりまして、遠山君が入りピッチャーへ。ピッチャー久慈君がライトへ代わります。9番、ピッチャー、遠山君、背番号10。6番、ライト、久慈君、背番号9』


まだ0対0や。左のアンダースローの練習はできてへんけど球速は130以下。アンダースローとしては十分速い方やけど、久慈みたいに150を超える球は投げてこない。変化球は多いけどまったく当たらん言うわけでもないやろ。記録を見ても打たせて取るピッチャーなんや。間を抜けたらヒットになる。ぶっつけ本番やけど考えようによっては一番打ちやすい相手なんかもしれん。


でもやっぱり対策をたてとかなあかんのな。なまじ久慈に比べると球速が遅い分バッターが早打ちになっとる。せやけど追い込まれたら三振に取られる。早打ち、三振、やっぱり早打ち。4回、5回、6回、すべて3人で切られた。130km、いやそれ以下でもジャストミートできずに凡打の山を築くだけ。


「監督、あいつなんか浮いて来るようなボールを混ぜてきよるんです」


物理的に考えると投げられたボールが落ちることはあっても浮き上がることはない。でもアンダースローやったらあり得ないとは言い切れない。ソフトボールやったらライズボールがあるけど、あれも実際に浮き上がってるかどうかは微妙だという。硬球はソフトボールより物理的に小さいのでスピンによって得られる揚力も小さくなるし、マウンドからホームベースまでの距離も長い。野球で浮き上がる球は物理的に無理だ。せいぜいそう見えるぐらいはあるかもしれん。球速は上がってへんから回転を変えよったんやな。ホンマクソやな。


一方こちらのエースも良く踏ん張ってくれたんよ。ホンマに褒めてやりたい。でも6回に捕まった。先頭の8番に塁に出られ、遠山がそのまま打席に入ってバントを上手く決めて無死二塁一塁。その後も打たれた。四球2つも痛かった。照り付ける太陽にスタミナを奪われたと思う。5点取られたところでエースを降ろさざるを得なかったんやけど、打線の勢いは2番手でも止められず、打者一巡。結局この回だけで9点も取られた。


これでもう勝負ありやね。7回以降は遠山に代わった市川に三振を5個取られ一矢報いることもできず、逆に追加点を取られる始末。決勝やなかったら7回でコールドやったな。強すぎるわ。頼むから甲子園でも暴れてきてくれ。ウチの子らが決して弱くなかったことを証明してきて欲しい。


         ***



「なんかあっけなかったな」


閉会式が終わって、スタンドへの挨拶も終わってから、俺たちはいつものバスで学校へ帰ることになった。そのバスの中で隣の席のロックがそう言った。


「それ、甲子園が終わった後、意味が変わっとるんとちゃうやろな」


あっけなく終わってしもたわ……。そんなんあかんやろ。俺はロックに釘を刺しといた。これでもキャプテンやからな。だいたい俺もお前も去年は悔しい思いをしたやんけ。せっかく3年生を押しのけてレギュラーになったのに、先輩たちと一緒に甲子園には行けへんかった。俺らの代になってからも秋の大会は2連敗。春の大会は準優勝。どっちも京都ですら優勝できてへん。まだまだこれからやんけ。


まあ今日ぐらいはええか。明日になったら監督もネジをきつく締めるやろし、ロックも気ぃ入るやろ。


そもそもこの夏の大会で京都を勝ち抜けれたのは、とにかく投手力が格段に俺らの方が上やったからや。イチもクジも目の色が変わったんはダイキのおかげや。イチやクジと同じぐらいのイニング数を投げてるけど、ダイキはまだ失点してない。ヒットはそれなりに打たれるし、エラーでランナーは出すけど四死球はない。三振は少ないけど長打はかなり少ない。そしてホームランは一本も打たれてない。エラーはそもそも俺ら守備の問題や。とにかくダイキが戦力化したから、イチもクジも楽に投げられるようになった。


イチとクジは右と左の違いはあるし、持ち球も使うけど、どちらも速球派の投手。で、ダイキはまったくの別物。今日みたいに、クジ、ダイキ、イチの順で並べられたら俺かて打てるかどうかわからん。左の速球派、左のアンダースロー、右の速球派。味方で良かったわ、ホンマ。


そして投手陣がほとんど点を与えないから、府大会で先制された試合がない。これ逆に拙いかもしれへんな。イーブンかリードしてる状態やから俺らも楽に打てとるんちゃうやろか? ビハインドの状況で、京都大会のように大量点を取れるか? 当たり前やけど、打つのも守るのも全国に出て来る奴らばっかりやぞ? 投手陣ももっと点取られるやろ? その時俺らは逆転することができるんやろか?


あかん。悪い状況をシミュレーションするのはええけどネガティブなんはあかん。でも甲子園が始まるまでの間、負けてることを想定した練習をするんはええんちゃうかな。監督にも相談してみよ。そんなことを考えてるうちに俺も寝てしもて、学校に着いたら起こされた。休みやのに結構人が集まってくれてるみたい。この人らは球場にも来てくれたんやろか? 時間的に無理か? ともかくその場でも俺はコメントをする必要があったんやけど、上手いこと言われへん。俺ってキャプテン向いてないんちゃうかな。


次の日からも練習の合間に似たようなことがある。市庁や府庁とかいろいろ訪問せなあかんし、そのたびになんかしゃべらなあかん。市長やら知事の話はうんうん聞いてたらええし、こちらの話も別に笑いを取りにいかんでええだけマシかもしれん。もちろんこの時間かて練習したいんやけど、まあ全国どこの出場校も似たようなことやってるやろからな。近畿に住んでる俺らの方が移動のこと考えたら絶対楽やろ。


地方大会で溜まった疲労を抜き、よくわからんイベントに駆り出されながら、限られた時間の中で練習を続ける。京都の場合、地方大会の決勝から組み合わせ抽選まで1週間しかない。宿舎に入ったらグランド使った練習時間も制限されるから、今のうちにできることはやっておかなあかん。その中で俺が監督に進言した負けてる前提での練習もそれなりにできたと思う。


組み合わせ抽選会は開会式の3日前に行われる。くじ引きはキャプテンがするので、ナナが羨ましいと言っていたが、代われるものなら代わって欲しい。どこと当たっても『頑張ります』とか適当に言うんやけど、それでも緊張する。嫌やな。できれば予備抽選、本抽選の順番を決める、で最初の方のくじを引きたい。そしたら強い所と当たっても、相手が後から来たと言えるやろ? 同じ意味で最後でもええ。どうしようも無かったって言えるからな。


で、結局俺が引いたのは21番。半分より前やけど微妙なところや。


「ゴン、ええとこ引いてな」


ええとこってどこやねん? 試合が少ない日程がマシなところなんやろな。そして俺の番が回ってきた。これ生中継されてるんやよな。そら京都大会かて途中からテレビが入るわけやけど、映ってるのはあくまで試合で、俺はその選手の中のひとりやん。打席に入っててもテレビのこととか考えへんやん? でもこの抽選は試合でもないのに俺だけがカメラに追われているわけやん。あかん。へんなくしゃみ出てきそうや。


そんなことを考えながらクジを引いた番号は5番。俺の背番号と同じや。試合は大会初日の最後の試合。対戦相手はまだ決まっていないが一回戦から試合があるのは確定。


「あーあ」


俺の頭の中で誰とは言わないが落胆するチームメイトの声が聞こえた。そして俺が一旦席に戻ろうとする時に係の人に呼び止められた。俺の2つ後にクジを引いた学校が俺らの初戦の相手になった。山梨県の学校や。エースと4番が引っ張っるチームやっけ? この場に弱いチームなんかいないけれど、山梨は特に注目されている学校やないはず。どっちかというたら俺らの方が注目されてる。主にダイキのせいで。


俺とむこうのキャプテンは握手をして、というか当たり前のようにそうなって、俺は一言言って座席に帰った。


「が、がんばりま、ックション」

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