12.王子壮太
毎年夏が近づくと選手の気持ちがナーバスになる。特にベンチ入り当落線上の選手たちはそうだ。
この西洛南との1軍半の練習試合はグランドを替えながら毎年行われている。今年はウチが会場だ。ここで最後の見極めを行っている。互いに野球の強豪校、両校の距離は近いけど県境を跨いでいる。お互いにとって絶好の練習相手だ。だが今年は様相が異なる。相手の先発が左のアンダースローだからだ。しかもいい球を投げる。
130kmのストレート。同じフォームから繰り出される高速シュート。そして速度も高さも落ちるチェンジアップ。
正直な話をすると左のアンダースローなんて練習相手にはいらない。ここで経験しても、多分それを活かせる試合はそれこそこの子と当たった時だけだ。この子、遠山投手は確か去年もこの練習試合で投げていたはずだ。確か上から投げて140kmは出ていた。もし久慈投手がいなければ、去年ベンチ入りしていてもおかしくない選手だ。市川、久慈がいるとは言え、このレベルの選手をアンダースローに転向させるなんて、今年の西洛南さんは随分余裕があるんやね。
実際うちの選手は打てない。バットには当てられるけどジャストミートせずに打ち取られる。9人目の打者は三振したのでこれで3回パーフェクト。強い。
ここで西洛南のコーチがこちらに来た。公式戦ならあり得ないことだけど練習試合であれば別に問題はない。俺もベンチを出て行く。
「遠山ですけど、この回で降ろそうと思います。いいですか?」
選手の中にはもっと打ちたい奴もいるだろう。でも俺の視点から見ると練習にならないからもっと早く降ろして欲しかったというのが本音。
「そうですね。珍しいものを見ることができました。ありがとうございます」
多分あいつは秘密兵器なんだろうな。偵察らしき人影もいるけど、ベンチ入り争いの選手の試合をわざわざ見に来るのは県内でも近所の学校ぐらい。京都府の学校は来てないだろう。
市川、久慈に加えて遠山か。野手も去年のレギュラーが何人も残っていたはずやし、今年はかなり上まで行きそうやね。いや他校のことは置いておいてウチの選手のことを考えなあかん。変則ピッチャーが出てきたときの練習になったとプラスに考えるしかない。ただ打線はもう一巡するまで替えへん方がええやろな。もっと多くの選手を試したかったけどしゃあない。
守りに付く選手たちを見ながら俺はそんなことを考えた。
***
「プリンス、悪いな。わざわざ2軍の試合に来てもらって」
南学との練習試合の帰り道、バスの中で大輝がそんなことを言う
「一軍のベンチを温めてるよりこっちの方がええわ。打点も付いたし」
正直、大輝の球をちゃんと捕れるのって、新浜と俺しかおらんのよね。今日は2種類のフォーシームと2種類のチェンジアップ縛りだったから1年でもなんとかなったかもしれんけど。
「そお? そう言ってもらえるんは気が楽やけどな。正直まだホンマに一軍に入れてもらえるんかわからんしな」
何を言ってるんやろ? 一瞬そう思ったけど、こいつ自身から見たらそうなんかもしれん。実際まだ一回も一軍に上げてもらってないしな。
「大輝はベンチは当確やろ。試合に出れっかは知らんけど」
「プリンスは冷たいなあ」
俺は苗字が「王子」だからジュニアの頃からずっと「プリンス」と呼ばれている。昔は嫌でしゃーなかったけど、高校生の今は流石に慣れた。
「ワンポイントかも知らんけど出れへんことはないやろ。さっさと負けてしまわんようにせなね」
京都大会の上の方まで行けばこいつも、そして俺も出番があるはずや。そう思わんとやってられへん。正直、新浜の壁は高いけど捕手を一人しか使わんわけにはいかんやろ。でもこいつは俺と立場が違う。確かに久慈も市川もいい投手やけど、大輝のような異質さを持っていない。いい意味で普通に良い投手たちだ。打席に立って誰が一番嫌かと聞かれれば大輝や。初見の奴なんか手も足も出えへんやろ? 2巡目でもギャンブルで振りに行くしかないやろ? コントロールいいから四死球は無いしスタミナもあるから待球しても意味がない。悔しいけど俺がバッターなら一か八かで振り回すか、バントでファンブルを狙うしか思いつかない。球速遅いからバントなら当てるくらいなんとかなるやろ。
正直な話、大輝は久慈との競争から逃げたんやと今でも思っとるけど、まさかこういう方法で追いついて来るとは思わへんかった。俺もバッティングに特化するとかして新浜との違いをつければ良かったんかもしれんけど、今更どうしようもないことや。ただ、たしかに大輝をかたくなに一軍の試合に出さへん監督のやり方には少し疑問を感じる。まさか本当にベンチに入れないなんてないよな? 逆に監督がこいつに「1番」を渡しても驚かない。いや秘密兵器にエースナンバーはないわ。
その2日後に答え合わせがあった。監督から今年の夏の大会の背番号が渡される時が来た。
「じゃあこれから背番号を配る。呼ばれたものは取りに来るように」
レギュラー当確の奴、一桁に入れるかギリギリの奴、背番号を貰えるかどうかわからない奴、少ないワンチャンに賭ける奴。野球部員にとっては試合と同じぐらい、もしかしたらそれ以上に緊張する。人によって感じ方は違うやろうけど、もし2番で呼ばれたら最高やろう。でも多分12番か13番やろうと思う。でも実はベンチ外なんかもしれん。もし俺がベンチに入れへんかったら、絶対平静ではいられへんやろと思う。さすがに2年生のふたりに抜かされることはないはずやけど、そんな保証はどこにもない。
「1番、市川」
「はいっ、ありがとうございます」
「はい、だけでええねん」
「すいません」
エースナンバーは右の市川。今年も久慈より市川を優先か。流石に大輝はないわな。右の市川がエースで久慈が控えになったとは言っても、左の大輝をベンチ外にはせんやろ。いや俺何人の心配しとんねん。
「2番、新浜」
「はい」
やっぱりか。新浜の壁はぶ厚過ぎるねん。思ったより俺は失望してへん。でも二番手には絶対入らなあかん。頼むで。
「3番、山條」
「はい」
順当やね。
「4番、芝原」
初めて2年生が入ったけど、これも順当。
「5番、権藤」
「6番、鹿苑寺」
「7番、南波」
「8番、蜂谷」
5番から8番までは全員が去年もレギュラーだった鉄板組。去年とはポジションが変わってる奴もおるけど。
「9番、久慈」
「はいっ」
久慈がライト? 他の外野手より打撃は明らかに良いし守りも問題ない。それに久慈をライトに残しておけば、リリーフ陣が崩れても久慈を戻せば立て直せる。そういう監督の目論見やろ。これで大輝がベンチに入れる可能性は上がったね
「10番、遠山」
「はい」
大輝、早速呼ばれてるやん。良かったな。
「11番、士野」
2年の士野が右の控えってことね。俺は次かその次。
「12番、王子」
「はいっ!」
自分でも思ってないぐらい大きな声がした。やっぱり嬉しいんやん。俺。
「13番、重奏」
重奏は守備のユーティリティプレイヤー。緊急時には捕手にも入れるけどそれはよほどの場合だけ。つまり捕手は俺と新浜だけ。これで俺が試合に出れる可能性は高なった。ピッチャーも4人だけだし監督は代打や守備固めにベンチメンバーを使うつもりなんやろな。とりあえず俺も大輝も最初の関門、ベンチ入りはできた。後は試合に出るだけや。
「14番、豊島」
「15番、望月」
どこでも守れる重奏を含めても内野の控えが3人だけなのはびっくり。たしかにレギュラー陣との差は大きい
「16番、宍戸」
「17番、都成」
「18番、小箱」
外野の控えが3人いるのは久慈をマウンドに入れて戻してをするためだろう。特に小箱は守備専門。
「19番、木賊」
「20番、廿山」
木賊は走塁のスペシャリストで、廿山はDH制ならクリーンナップを打てる選手。投手、捕手、内野を減らして、外野と一芸要員を厚くしたメンバーに思える。俺がこうやって冷静に判断できるのも既に12番の背番号をもらっているから。
「選ばなかった奴らには申し訳ないが、今年のチームは甲子園に行く。行くだけじゃなくてあそこで勝ち進むための戦力が揃っていると俺は思っている。全員で勝ちに行くぞ」
「はいっ」
俺たちは監督の檄に答えた。俺の役目は新浜の負担を減らすことと、もしもに備えることだ。選んでもらったからには全力で勝ちにいくつもりだ。




