11.瀬戸環
ウチとアヤ、綾瀬綾との付き合いは高校に入ってからや。なんやかんや高校に入ってすぐに一緒に行動するようになった。決して口にはせえへんけど、ウチやアヤはいわゆる一軍女子やと思う。だって男ってアホやろ?
「あいつらの頭の半分は女の裸のことしか考えとらんねん」
いつもの仲間で、ウチがそういったら皆笑ってた。いつもつるんでる友達はアヤ以外にもおるんよ。ヒカリとサナエ。皆1年から特進クラスにいて、男にチヤホヤされるのが面倒やから女だけで群れとる同類や。まあウチはガキな男子が嫌いなだけで、中学の時から何人かの彼氏と付き合ってきてるけど、他の3人は男と付き合うのは面倒なだけやと思ってるんやて。確かにクラスの男子はダサいし、間の抜けた男に言い寄られてもウザいからな。だからウチは年上としか付き合ったことがない。誤解がないように言っとくけど、付き合う言うてもご飯をおごってもらったり、せいぜい手を繋いで遊園地をデートするレベルや。ウチはカラダを安売りするほどアホやないんよ。
いやウチのことはどうでもええねん。友達グループの中でも一番仲がいいアヤの話や。アヤも他のふたりと同じように男嫌いやと思っとった。せやけど2年の1学期、他のクラスの子となんかのイベントでお話しした時に、アヤと同じ中学の子がおったので昔のことを色々教えてもらった。
それを聞いた日の放課後、学校のすぐそばに住んでいるヒカリの家におしかけて、勉強会という名目でたむろしていた時のことだ。
「そうそう。聞いたでアヤ」
「なんを?」
口にお菓子を頬張りながら答えるアヤも可愛い。私ら4人とも容姿には恵まれていると思うけど、アヤはその中でも飛び抜けてんねん。
「なんでも小学生の頃から男に付きまとわれてるらしいやん」
ウチがそういうとアヤは凄く嫌そうな顔をした。そらそうやろ。このメンバーはみんな同じように恋愛沙汰でヤな目にあった経験がある人間ばかりや。ウチもヒカリやサナエも同情的な目をしていたと思う。
「まあ付きまとわれてる、ていうのは言い過ぎやけど……毎年夏になったら思い出したように私に告白してくる男子がおるんよ。1年に1回だけやから許したってるねん。寛容やろ?」
「えっ?、健気やん」
この部屋の主であるヒカリが言う。ウチもそんな奴とは知らなかったので少し驚いた。だって男子って節操ないやん。少し甘い顔したら付け込んでくるし、断ってもしつこいやん。アヤの話によると1年に1回しか告白してこない。そんな七夕みたいな奴はむしろ好感触やろ。
「うちの高校におるんやろ。ウチらのクラスとちゃうやんな?」
ウチらのクラスにアヤと同中の生徒は誰もおらんはず。ウチかて自分のことを田舎者やて思てたけどアヤとはレベルが違う。アヤは山奥から毎日通ってきとるんよ。その通学時間だけでもエラいて思うわ。
「ちゃう。野球部やからな」
「えっ野球部なの? 誰?」
そこにサナエが食いつく。サナエは野球が好きで、ウチの野球部を応援するためにこの学校に進学したという筋金入りや。ただ直接部員と話をしたりはしないらしい。サナエは自称『わきまえたファン』なのだという。サナエが野球部に差し入れにでも行ったら大歓迎されるて思うけどな。
「遠山。知らんやろ?」
「遠山君か。サウスポーの子ね」
驚くべきことにサナエのデータベース内にはその男子の名前があるらしい。
「早苗。どんな選手なん?」
ヒカリはどんな子かとは聞かない。サナエは選手としての特徴は知っていても、それ以外の個人情報には興味が無いことを私らは知ってるからや。
「さっき言ったように左投げのピッチャーよ。公式戦にはまだ出てないわね。今は1.5軍ぐらいの選手かしら。私たちの学年だと左は久慈君が頭一つ抜けているの。同学年だとそれに次ぐ選手だと思うわ。夏が終わって3年生が引退したらベンチには入れると思うわ」
どうやらアヤの彦星は3等星ぐらいのようや。
それからしばらく経って、夏になってからまた遠山の話をした。アヤに告白して撃沈した男がいると聞き、それが野球部の男子だと聞きウチはピンと来たんよ。
「アヤ、あんたまた例の遠山君をふったんやて? そう言えばもう7月やもんな」
ウチのカマかけは大成功だったようで、アヤは慌てていた。
「いや、今年は別にね。告白すらされなかってんよ。だからふってへん」
「ふーん。そーなんだー」
その頃のアヤはまだ普通だった。それがおかしくなったのは野球部が準決勝で負けた頃だ。
「あーっ、やっぱり駄目ね」
サナエの声が今年の野球部の夏が終わった事を告げた。
「やっぱりあそこで点を取られたのが拙かったわね。結果論だけど早めに投手交代しておいた方が良かったかもしれないわ」
ウチらはサナエのご高説を聞きながらいつもの4人で帰ったのだけれど、妙にアヤが静かだった。
「アヤ、どないしたん?」
「そう。試合中も全然応援してへんかったやん」
ウチとヒカリの問いにアヤが答える。
「別に、たいしたことや無いねんけど」
「けど?」
ウチが先を促す。
「ちょっと気になることがあんねん」
「男やろ?」
だいたい思春期の悩みなんて、人間関係か成績に決まっとる。すぐそばにいる私らが知らんねんからイジメはない。期末の成績も落ちてない。アヤは努力家やしね。考えられるとしたら家庭問題やけど、祖父母同居の母子家庭の話は重くなりそうなので話を聞いてあげることぐらいしかできない。最後のひとつは男や。
「ん、まあ男と言えば男なんやけど……、別に恋愛的な話やないんよ」
恋愛的な話です。そう言っているようにウチには聴こえた。そうかついにアヤにも春が来たか。遠山君はやっぱり彦星にはなれんかったんやね。
「誰?」
「誰なの?」
私らは興味津々で聞いた。
「えっと、前にちょっと話をした野球部の……遠山って奴なんやけど」
おっ? やっぱり遠山君なん? アヤから男の名前が出て来ること自体メチャレアなんやぞ。とーやまー。わかってっか? ウチはまだ見ぬ遠山なる選手に心の中でエールを送った。
「この前ふったばかりちゃうかった?」
でも一応突っ込みは入れておく。この短期間で気が変わったんやろか?
「いやあの時は告白すらされてないから。じゃなくて、ちょっと変わってるような気がするんよ」
「今日はベンチ入りもして無かったわよ」
今度はサナエがすぐに突っ込んだ。
「いやそうなんやけど。まだよくわからへんっていうか」
「恋やね」
ウチは断言した。
「えっ?」
「だから良くわからんけど気になるんやろ? それが恋やねん。未通女にはわからんやろうけどな」
私かて性体験はないけど、こいつらと違って恋愛経験はある。
「いや、違うねん。どう説明してええかわからへんねんけど……この話一旦打ち切ってええ?」
ウチも友達を減らしたくないので、話題を別のものへと変えた。
さらに時が流れ夏休みになり、私たちは一緒に遊びに行った。喫茶店で先ほどまで見てた映画の話でひとしきり盛り上がり、話が落ち着いた後、アヤがサナエに聞いた。
「あんだーすろーって何?」
「綾が持ってるその機械で検索すればええんちゃう?」
話しが長くなりそうな気配を感じたのだろう。ヒカリが見事なインターセプトを決めバッサリと話を断ち斬ろうとする。だがそれにめげないサナエが待ってましたとばかり話を始めた。
「普通のピッチャーはボールを上から投げるでしょう? アンダースローはね、ボールを下から投げるのよ。本当は和製英語で英語ではサブマリンと言うの。もちろん潜水艦からきているのよ。普通のピッチャーが頭の上から投げ下ろすのに対して、アンダースローは地面に近いところから斜め上に投げるの。だからとてもユニークな球筋になるのよ。どうしても球速は遅くなるし、コントロールも難しくなる。そして指導者も少ないから今では投げる人がほとんどいないのが現状ね。球界でも絶滅危惧種なのよ。かつてはシンカーという落ちる変化球を駆使してプロ野球で284勝もあげた大投手もいるの」
サナエがいつになく早口だ。なぜそんな細かい数字が覚えられるのだろう。これだからオタクは。
「シンカー……」
「で、アンダースローがどないしたん?」
ウチは話を戻した。
「前ちょっと話した遠山がね……」
おっ? その名前、前にアヤの口から出てから、そんなに時間経ってへんで。
「遠山君がアンダースローに転向するの? 左投げよね? それは凄いことよ。3年生が引退したから上から投げてもベンチには入れそうなのに、敢えてアンダースローに転向するのはなぜなのかしら?」
頼むからサナエは黙って。代わりにウチが断言したった。
「愛やね」
「レギュラーになるために投げ方を変えたってこと?」
ヒカリが聞いたのでウチはうなずいた。だが当のアヤがそれを否定する。
「知らんし。私が聞いた時にはもうアンダースローになる、って本人が言っとったから」
「へー。本人から『直接』聞いたんやん」
ヒカリがやけに『直接』を強調した。それを聞いてアヤがしくじった、という顔をした。
「いや皆さまこれは由々しき事態だと思いませんこと?」
ヒカリにもなにやら変なスイッチが入ったらしい。自分は男なんかメンドクサイだけなんじゃ、とか言ってるクセに他人事だと張り切るタイプだ。ウチはウチの恋愛も楽しむタイプやから別物やで。
「ストップ。これ以上この話続けるんやったら帰るわ」
アヤが半キレしている。私たちはまたこの話を止めた。この前からウチらが囃し立ててはアヤが半キレするこのパターンが続いている。それはアヤにとって少なからず遠山は特別なのだろう。そら小学生の頃から毎年告白してくる男がいたらそうやろ。遠からず遠山のことがまた話題になるやろうとウチは思った。




