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夏の潜水艦  作者: 多手ててと
前編:遠山大輝

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10/23

10.気持ち悪い発想になってない?

「あんたなんなん?」


昼休みに俺は廊下で彼女に話しかけられた。なんだか話しかけられる間隔がどんどん短くなっている気がする。ようやく彼女も俺に少し気を許してくれたと思うのは楽観的すぎる。先走ってはいけない。そう思いながら俺の胸の鼓動は、ノーアウト満塁のピンチを迎えた時よりも激しく高鳴っていると思う。


「なんなん、とは?」


俺は努めて平静に返したつもり。


「いや、夏から変やったけど、ちょっとおかしいやろ。それ」


「それって?」


彼女との語らいはとても貴重なのだけど、残念なことに彼女の『指示詞』が何を示すのか、俺には理解することができない。


「そんなに順調なん、アンダースロー」


最初から会話が噛み合っていない気がするが、それでも彼女と話すと練習の疲れや、かったるい授業で覆われていた世界が一変する。


いや、他のこと考えてたらあかん。アンダースローね。順調と言えば順調過ぎるぐらいやけど、なんかやけにこだわるな。そう言えば彼女とこうやって話せるようになったのもアンダースローに転向してからやから、彼女の興味のツボなんかもしれん。


「多分。でも監督には評価されてないから微妙?」


「えっ? どういうことなん?」


どう伝えたら一番わかってもらえるやろ?


「紅白戦には出してもらえるけど、対外試合には出れない。春の大会もベンチ入りさせないって言われた。まだ年度も変わってへんのに」


出さないにしても3年になって大会メンバーを選ぶ時に言えばええのにね。


「なんで?」


「さあ?」


俺がなぜ公式戦や、3月に入って解禁された対外試合に出してもらえないのか、その理由はうすうすわかっている。希少な左のアンダースローだからだ。


『大輝、腐るなよ』


俺を春の大会に出さないと監督が言った後、新浜が俺の肩に手を回してきた。キャッチャーがピッチャーに馴れ馴れしいのはうちの学校の伝統なんかもしれん。プリンスもせやし。そんなに悪い気はせえへんけど、スキンシップは彼女と……できるようになりたいなあ。


『腐らへんよ』


俺の本命は夏だから。夏の大会に出れなかったら腐ると思う。


『監督が大輝を使わないのは、秘密兵器にしときたいからやで』


『ホンマかなあ』


俺がそうであればいいな、と思っていることを新浜がきっちり言葉にしてくれる。


『考えてみ。ウチに全国レベルの左のサブマリンがいることを、他所よその学校の奴は誰も知らんねんで』


サブマリン。アメリカではアンダースローの選手をそう呼ぶらしい。それにしても全国レベル? 持ち上げすぎやろ?


『そう言ってくれるんは嬉しいけど、そろそろ偵察とかも来るやろ? ブルペンにおったらバレバレやん』


俺がそう言うと、少し間を置いてから新浜が話を続けた。


『ブルペンで投げてるだけやとダイキの凄さはわからへんよ。ダイキの本領は試合で発揮されるから』


新浜はそこで言葉を切った。


『気ぃ悪くせんといて欲しいんやけど……、大輝はしばらく2軍の試合に出るんちゃうかな? やっぱり試合で得られるもんは大きいからな。あとバントぐらいできるようにしとけよ』


後半は新浜なりの気遣いだろう。


『バントは元々得意なこと知ってるやろ? それに試合言うても2軍相手やからなあ』


言うてることが矛盾してへん?


『多分縛りプレイになるて思う。ストレートしか使うな、とか。そうしたらダイキはちょっとおかしな球を投げるだけの選手やから。えっと……ちょっと待ってな……』


新浜でも会話中に考えることがあるらしい。土壇場でも必要な言葉が出せる人間だと思っていた。


『一般的な話やけどアンダースローって、ある程度相性勝負みたいなところあるやん。そこいらのシニアの選手にでも打たれる時は打たれるけど、プロでもアンダースローは全然打たれへん人おるやん』


そんなプロ野球選手おるか?


『ましてやダイキは左や。そして球種が多すぎる。お前が持ち球全部を使つこたら、ずっと受けてる俺かて当てるんは難しいねんで』


新浜は野球でも学力でも俺より頭がいい。それに正捕手だけあって俺よりも監督やコーチに近い。ホンマに新浜の言う通りになるんやろうか?


あかんあかん、今は彼女が目の前にいて、俺に声をかけてくれてるんやで。野球ほかのこと考えてどないすんねん。俺は彼女を見た。相変わらず綺麗だ。俺は彼女の後押しを受けてアンダースローへの道を歩み始めた。彼女のおかげでサークルチェンジを覚えて、さらにたくさんの球種を覚えた。夏までにそれらを試合で使えるところまで仕上げんとあかん。そして俺がいい投手になれたら、将来俺のお嫁さんになって一生俺にいろいろ教えてくれへんかな。


「なあ」


「しばらく黙ってたと思たらそれ? なんなん?」


彼女は少し怒っているような気がする。そう今は彼女のことを考えないと。


「これからどないしたら、将来結婚してもらえると思う?」


口に出し終わった瞬間、自分がしくじったと思った。彼女が顔を真っ赤にして怒ってた。


「知らんわ。甲子園で活躍したら、上手くいくんちゃう?」


主語も目的語もない俺の問いかけを彼女はちゃんと理解してくれた気がした。それなのにこの答えはほぼ満額回答と言ってよいのでは? もしかして怒っているのではなくて照れている? 今の俺、気持ち悪い発想になってない? 大丈夫?


「良かった、そや甲子園や。俺、絶対甲子園で活躍するからちゃんと見とてな」


あの球場ではそろそろ春の大会が始まるけど、そっちは俺らには関係ない。


「まあ、全校応援とかもあるし」


まだ彼女の顔は赤い。でも俺の顔の方が赤いと思う。


「うん。それでこれからの時間どうしたらええと思う? 今の持ち球を磨くべき? もっと変化球を増やすべき? 試合経験を増やしたらええかな、ってこれは監督次第やから難しいか」


彼女は少し考えて言った。


「全部やったらええんちゃう?」


全部? 変化球もこれ以上増やすん? 既にアンダースローで投げやすい変化球は一通り投げれるようになってるけどまだ?


「今から変化球練習して間に合うかな」


「間に合うみたいやね」


そっか。間に合うんや。


「ありがと。俺もっと強いピッチャーになるわ。そして甲子園で投げれたらまた告白するから」


「それって……まあええけど」


ちょっといらんことうてもたなて思ったけど、なんかいい雰囲気やん。かつてないビッグウェーブが俺を運んでくれる。サーフィンなんてしたことないけど。


「よっしゃ。ちゃんと待っててな。他の誰かと付き合ったとか聞いたら泣いてしまうし」


「別に泣いてくれんでもええねんけど……うん。まあ。頑張って」


俺の言葉に彼女が首を縦に振った。これってOKってことやんね。


「じゃ、友達待ってるから」


そう言って彼女が去った。照れ隠しかと思ったら本当に彼女の友人がいた。何度か一緒にいる所を見たことがある。


彼女の後姿を見ながら、もうすぐ春休みやけど、夏までにやれることはまだまだいっぱいあるておもた。


俺は部活に向かいながら考える。球速アップ、フォームの見直し、手持ちの変化球を磨く、まだ試合では使えない変化球を使い物にする。それらに緩急をつけて、制球力をあげる。冬の間筋トレそして試合のシミュレーション。立派なサブマリナーへの道はまだまだ長く厳しいけど、逆にそれだけ伸びしろがあると考えるべき。俺はいつの間にか春風の中を小走りしていた。

前話は予約投稿しようとしてミスりました。眠かったんです。

ともかくなんやかんや勢いのまま前編が終わりました。

後編開始は次の週末かと。

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