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夏の潜水艦  作者: 多手ててと
プロローグ

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綾瀬綾

スランプで筆が止まっていました。

連載中のものを再開させないといけないのですが、リハビリとして今月中で終わる中編を投稿します。

口にすれば絶対に嫌な顔をされるんやけど、私はモテる。そらお綺麗でよろしいなあ、っていう人もおるやろうけど、たまきなどの友人たちは私の気持ちをある程度理解してくれるだろう。だって小3の時に初めて同級生に告白されてから今に到るまで、未だ良い目とやらに巡りあったことがない。


ちょうどその一例が現在目の前で起きている。そう言えばもう7月だと思い知らされる。


目の前に良く見知った坊主頭がもじもじしながら何か言いたげにしているのは、あまりいい気がしない。私を呼び出したんはあんたやろ? 私の時間は有限で、大学入試まであと1年半しかないねんで。推薦とか考えたらもっと短いんよ? 


ん? 目の前の坊主頭にはもっと時間がないのでは? 大会が始まり、もし勝ち進んだら私らかて応援に駆り出されるけど、こいつは当事者だ


「だいたいこんなことしてる時間あるん? そろそろ夏の予選なんちゃう?」


うちの高校、西洛大付属南高校せいらくだいふぞくみなみこうこうは文武両道を謳っている。でもその文と武を受け持っているのは別人。私のような普通の生徒から見たら進学校。でもスポーツとか吹奏楽とかにも力を入れていて、そちらを活かして入学する生徒たちもいる。野球部員は全員こちらのコースで推薦で入ってくる。府下でも強豪校に挙げられる。寮もあるしね。


去年みたいに甲子園に行ってくれたら応援のし甲斐もあるけど、早苗によると今年は前評判が良くない。前評判が良くても簡単に行けるところやないことぐらいは私かてわかるけど、逆はあまり聞かへん。


「まあ……俺には関係ないし……」


「そう……」


ベンチに入れへんかったんやね。さすがの私もそれに追い打ちをかける程の鬼ではない。それでも夏の大会に向けて野球部員にはすることがあるはずだと思う。なんだ、偵察とか?


それにしてもこの男、私がこれまで男と付き合ったことが無いんを身をもって知っとるはずや。多分男子では一番詳しいやろ。だから振られることを覚悟してこの場に挑んでるはずやのに、中々本題に入ってくれへん。


だが私のイライラをこの男、遠山大輝とおやまだいきにぶつけたら、私の評判はさらに一段落ちるやろう。


『見た目はいいけど性格ブスのガリ勉。名前かてアホみたいやん』


そんなことが私本人に聞こえてくる程度には私の評判は悪い。仲のいい友達グループがいるから、他の人間にはどう思われてもかまへん。そう言い切れるほど私は強くない。


せやから私にはため息をつくことすら許されてへん。これは本当にええことなんか? そもそも私がこいつと付き合うことはありえん。だって私の鑑定ではこいつ620万円やで? ちゃんと覚えてへんけど去年より値下がりしてるんちゃうかな。それでも他の男子生徒とそんなには変わらへん金額やけど、私と比べたら低すぎる。620万円の男といちゃつくほど私は恋愛に飢えてへん。


「用がないんやったら行ってええかな?」


私は自分ができる限り穏当な手段を取ったつもりだ。だが返事は無かった。この620万円君は小3の時から毎年私に振られているのに、懲りずにこの時期になったら私を呼び出す。おかげで彼に呼び出されると7月になった事を実感するようになってしまった。これは遠山の高度な戦略なのかもしれへん。


「ほな、行くわ」


私はそう言ってからも10秒ぐらいはそのままでいた。十分な配慮をしたと言ってええやろ。


翌日私はたまきに言われた。


「アヤ、あんたまた例の遠山君を振ったんやて? そう言えばもう7月やもんな」


なんでそんなことが広まってるん? うちの野球部に詳しい早苗さなえでもそんなん知らんやろ。そもそも今回は呼び出されただけで、告白すらされてないんやで?


いうて私の見てくれが良いのは両親のおかげや。離婚しよったし、おかげで笑われるような氏名になってしもたけどな。


成績が良いのは私が普段からちゃんと勉強しとるからや。向き不向きはあるにせよ、誰でも何かを頑張ればその人の価値が向上するはずやねん。私には勉強が向いていたというだけで、それを頑張るのが明るい未来につながる……はずや。


「はずや」というのは私にも確信があるわけではないねん。確かに私は他の人に見えないものが見える。それが先ほどから言ってる鑑定のこと。私の鑑定によると私自身の価格は、この西洛南に入学した時点で3700万円だった。その私の金額が今は4900万円まで上がっている。これは私が地道に勉強しているからやと思うんよ。それと人生設計をきっちり立ててるところやな。


この4900万円という金額はおそらく人間の値段。私は小さな頃から人間を見るとその人が何円なのかわかった。人間自身とその人を示す金額の関係が、その人のいわば「時価総額」だというのは私の想定やけど、そう大きく間違ってはいないはず。どうやって算出されているのか詳細はわからへんけど、ある程度傾向はわかる。


その「時価総額」から私の100gの単価もわかるが……まあA5の高級牛肉の希少部位よりも高いはずや。多分。


「時価総額」だと考えたのは、基本的に金持ちほど高い。そして若くて金が無くても才能がある奴は高い。


自分の金額を見てもバイトもしていない私の年収ということはあり得ないし、さすがに生涯賃金にしては少なすぎだと思う。仮に奴隷市で競りにかけられるにしてもおかしな金額やと思う。


でも「時価総額」なんだろうな、と思うきっかけがまだ小学生の頃にあった。家からはるばる甲子園にプロ野球を見に行った。そしたらグランドの中にこれまで見たこともないような高い金額が付いている人がいた。億の位の金額が付いている人がちらほらおるんよ。


「あの人だれ、あの三塁にいる人」


私は野球にあまり興味がない。だが常識レベルのことは知っている。何億円の選手の名前などはもう覚えていないが当時のスター選手だったようだ。そしてあの人たちが凄いのはその場で目に見えて値段が変わるところだ。子ども心に1本のヒットがその人に与える価値を垣間見たんよ。


もし今プロ野球を見たらもっといろいろわかるんちゃうかな。そう思うけど、京都とは名ばかりの我が家から甲子園までは遠いんよ。京都、この場合京都駅とか四条河原町とか、ですら遠い。だから他のスポーツ施設にもライブハウスにも行くことは難しい。テレビとか動画サイトだと値段はわからんのよ。その人を直接目で見ることで「推定時価総額」がわかるねん。


ここまでの情報でわかってもらえるだろうが、私の住処すみかは京都府ではあるが京都市ではない。それどころか市ですらなく村。この高校は「市」にあるけど、日本国民の大多数が地図をちらっと見ただけで田舎に分類するだろう。そもそも京都より奈良の方が近い。そんな田舎だがそれでも私から見れば羨ましい。私はこの高校まで結構な距離を本数の少ない鉄道で通学してるんよ。本来なら遠山も同じなのだけど奴は野球部なので寮生活や。


とは言えプロのスポーツ選手でなくても、私自身の金額がリアルタイムで変るところを何度も見ることがあった。一桁円でも勉強中に「推定時価総額」が上がると嬉しい。多分私が勉強を続けるのはそれがモチベーションになってるんやろうね。


受験の時とか一教科の受験が終わって気が付いたら、時価総額が上がっていたことがある。多分試験開始時から試験終了までの間に私が合格に近づいたのだろう。次の教科が終わった後もそうだった。


このくだりでわかると思うけど、値段は身体の一部を見ればわかる。受験の時は冬服だったから手の甲とかね。服の上から見てもわからない。だからもし……選択肢問題で迷った時、その一問で私の合否が変わる場合であれば……選択肢を変えれば私の値段が変わって、その問題の正解がわかるのかもしれない。あの時のプロ野球選手のヒットのように。


ただ幸か不幸かそういう事態になった事はない。だがその事実から私には新たな将来像を思い浮かべることができた。つまり私は人をスカウトする職業が向いているということに気が付いたわけだ。


プロ野球であれば将来性のある選手かどうかが、スカウト時にわかるだろう。芸能事務所のスカウトなら道を歩く価値が高い子に声をかければよい。もちろんその子に芸能人としての才能があるのかどうかはわからない。将来の売れっ子のマンガ家かもしれないし、腕のよい医者になるのかもしれない。だが私が声をかけた時に「時価総額」が上がったのであれば芸能人としての資質を持っていることになる。


これはすごない? スカウトマンほどではないかもしれないが、普通の会社の人事部に配属されてもかなりのアドバンテージになるんちゃう? これに気が付いた時にふと自分の手を見ると私の「推定時価総額」が一気に上がっていたので、その方向性は間違いないはずだ。


考えてみたら私の友達も何気にみんな金額が高い。私と同じように顔も頭も良くて……って自分で情けなくなってきたけど、それでたまきを除いて男には興味がない所も似てる。可愛いものに目が無いお嬢様の光莉ひかり、年上の男を上手く転がしている環、野球部の追っかけをしている早苗さなえ。趣味はそれぞれちゃうけどとても仲良くしてる。


話を戻す。ともかく将来、そういう自分の能力を活かせる仕事につけるように、ええ大学に行くねん。そしてこんな田舎を堂々と出て行く。大学に将来有望な男の子がいたら声をかけてもいいかもしれない。もちろん私の好みやったらやけど……今までの傾向的には無理かも? いや都会にはようけ人がおるんやから、素敵で価値の高い男の子もいるはずや。


もちろんその時、数日後に私の身に衝撃的な事件が起きることに気が付いていなかった。それは世間を騒がせるような事件ではなくて、ただ私個人にとって衝撃的だという話や。


意外といったら怒られるけど、あまり前評判の良くなかった野球部が準決勝まで辿り着いた。後2回勝てば甲子園。私にもそれなりに愛校心はあるのでここまで来たなら甲子園に行って欲しいものだ。午後の試合だから私でも試合開始前に野球場に辿り着いた。田舎暮らしやから公共交通機関を使ったら第一試合に間に合わせるのは無理なんよ。実際にそうなったら光莉か誰かの家に泊めてもらうと思う。


グランドで守備練習をしている選手を見ると、みんなそれなりに「時価総額」が上がっている。今日の試合に勝ったらまた上がるやろうから自分達のためにも頑張って欲しい。


その中でも目に見えて高いのは去年の夏に甲子園での試合に出たショートの3年生。ピッチャーもやってるんだっけ? 彼は3300万円で値付けされている。プロの試合に出てた選手たちとは当然比較にならないし、それどころか私よりも安いけどな。


あの金額ということは、あの先輩がプロになれるとは思えない。でも先輩はどんな仕事に就いても一生、『自分は甲子園で試合に出た』と自慢できるわけだ。就職も上手くいくに違いない。私より安いし、グラム単価で考えればもっと安いけどな。


私は先に来てると連絡があった環たちの所に行くことにした。その途上でその事件は起きた。スタンドに固まっているユニフォームを着た坊主頭の連中の中にひとり信じられない金額の人間がいたのだ。


えっと、えっ? さっきとんでもない桁の数字が見えたよな。私は野球部員たちを改めて見た。いた。7億7千万円? なんやそれ? なぜそんな宝くじの宣伝で見るような金額のスーパースターがグランドでもベンチでもなくスタンドに? それとも野球やなくて大ヒット演歌歌手の資質を持っていたりする逸材がおるんやろか?


私は7億7千万の男を見た。私と目が合った。それは先日私が620万円と査定した遠山大輝だった。この半月足らずで何がこいつの身に起きたのだろうか? 私はそれが猛烈に知りたくてたまらなくなった。試合の間ずっとそればかり考えていた。なぜ? 何があったらそんなに急激に『推定時価総額』が高騰する? 


実は金持ちの御曹司で遺産を相続した? それはない。小学生からあいつを知ってる私が言うのだから間違いない。もし知らない親戚がいたとしても、そんな可能性があれば2週間前の時点でもっと高い鑑定結果がついたはず。考えられるのは本当に宝くじぐらいか? でもあいつは寮生活やからそんなん買ってる時間ないやろ? 家族が当てたにしても一時的な収入だけだと人の「時価総額」はあそこまで変わらないのではないか? すべては私の推測に過ぎないけれど。


「あーっ、やっぱり駄目ね」


早苗の声で私は我に返った。我が校は私が考え事をしている間に敗退していた。

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