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戦列の華  作者: 砂城 桜
1章 全ての始まり
8/28

先輩

8話 


 俺の勤めている工場には一人の青年がいる。


 名前はルーカスといって俺達と同じで地方出身の労働者だ。


 年齢は離れているが、俺と相棒は友だと思っていつも接している。


 あいつは若いくせに俺達と話が合うし、性格も良い。


 俺と相棒は同じ村の出身で小さい頃からよく一緒に悪ふざけをしていた仲だが、その時にあいつがいれば間違いなく三人は親友になっていたと思う。


 そう考えると少し残念な気もする。


 そう言えばあいつと始めて会った時、あいつは乞食の様にボロボロの服を着て、体は酷くやせ細っていた。


 端から見れば地方からやっとの思いでこの街までたどり着いた貧乏人にしか見えなかっただろう。


 だが、顔を見た瞬間に俺はピンときた。こいつは何か大きな夢を持っている。


 その目を見たら一瞬で分かったのだ。


 俺も経験者だから分かるが、貧乏人が地方からこの街まで旅をするのは本当に過酷だ。


 道中で辛い事も沢山経験しただろう、恐ろしい目にも遭っただろう、死を覚悟した事さえもあったかもしれない。 


 それなのに、あいつの目はまだ死んでいなかった。


 ほんの少し、僅かだが輝いていた。


 きっと、この街にくれば夢が叶えられると信じてそれを支えに歯を食いしばって辛い旅を耐えて来たのだろう。


 その苦労を考えると大した奴だと思ったが、同時に現実を知ったら絶望するだろうとも思っていた。


 この街で夢や希望なんて言葉は俺達みたいな貧乏な労働者からすれば豚に食わせる価値すら無い、努力すれば報われると思っている奴は相当の甘ちゃんか世間を知らないガキぐらいだ。


 生きていく為の給料を稼ぐだけで精一杯の人間が、夢を叶えられるわけがなのだ。


 だから、こいつは直ぐに駄目になるだろうと思って相棒と二人でよく眺めていた。

 

 ところが驚いた事に一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎ、遂に半年が過ぎてもあいつの目は綺麗なままだった。


 貧乏な労働者に多い濁った生気のない目をしていない。もうとっくにこの街の現実は知っているはずなのに……


 夢を諦めないその目は俺にとっては太陽の光よりも眩しかった。



 そして、いつからか俺達はあいつの夢を応援したいと思うようになっていた。


 酒を飲み、愚痴をこぼし、下らない話で大笑いする。そんな事を三人で何ヶ月か続けていたら放っておけなくなってしまったんだ。


 それなのに……

  

 何日か前からあいつは突然工場に来なくなった。

 

 もしかして病気にかかったのかもしれない、そう思った。


 俺達みたいな貧乏人は病気にかかったら大変だ、薬代も馬鹿にならないし栄養のある食事もとらないといけない。

 

 だから心配になって相棒と一緒にあいつの住んでるアパートに見舞いに行った。


 でも着いたらどうした事かあいつはそこに居なくて、代わりにアルバンって野郎があいつの持ち物を処分しようとしていたんだ。


 慌てた俺達が事情を聞くと、奴は悪びれもせずにこう言った。


「ルーカスなら数日前に徴兵に来た軍の馬車に連れていかれたよ、だからあいつの荷物を売って冬に備えるんだ」


 それを聞いて俺達は唖然とした。


「ルーカスが徴兵……嘘だろ」

 

 相棒が呆然とした表情でその場に立ち尽くす。

 俺も開いた口が塞がらなかった。


「さあ、話は済んだかね。見ての通り私は忙しいんだ、用が済んだならさっさと帰ってくれ」


 アルバンはうっとうしそうに俺達を一瞥する。  


 しばらくの間、何も考えられなくなった俺達はただその場に突っ立ている事しか出来なかった。

 

 それにしてもこの男、一体何なんだ・・・幾ら冬に備える必要があるとはいえ他人の持ち物を勝手に売り払おうとするなんて思わず人間性を疑ってしまう。


「おい! てめぇ、ルーカスの物に勝手に触れんじゃねぇ!!」



 我に返った相棒が奴につかみかかった。


 相棒は厳つい見た目通りの激昂しやすい性格だ

が、流石にこの男の言動は俺ですら胸くそが悪くなる。


 だから……


「離してやれ」


 俺は奴の首を締め上げる相棒の肩に手を置いてそう言った。


「おい、お前正気かよ! こいつはルーカス

の……」

 

 相棒が目尻を吊り上げて俺を睨んでくる。

 

「ああ……そうだ、でもその手を離してくれ」


 だが、これだけは譲れない。相棒の両目をしっかりと見て低い声でそう呟く。


「なるほど……そうか、分かったぜ。じゃあ今回はお前に任せる」


 俺の真意が分かったのか相棒はあっさりと奴から手を離す。


「お前達は一体何様なんだ! 私はただ冬に備えて少しでも金を貯めようとしているだけだ! どうせ死ぬ人間が残していった二束三文の持ち物を売って何が悪い!」


 解放された途端に開き直ったアルバンは俺達に詰め寄る。


 

 もう怒りは限界を越えていた。


「黙れ!!」


 俺は奴の顔を思いっ切り殴った。


「ガハッ……」


 奴の体は文字通り宙を舞い、床に叩きつけられ

る。


「お前は最低な奴だ! ルーカスの持ち物は俺達が責任を持って預かってやる! 文句があるなら言ってみろ!!」


「ヒィィ……」


 アルバンは鼻血で真っ赤に染まった口元を押さえながら這うように後退りする。

 

「行こう」


「ああ……」



 俺達はルーカスが残していった僅かな荷物を抱えてそのアパートを後にした。

 

「絶対に死ぬなよ……」


 空に向かってそう呟く事しか出来ない自分が歯痒かった。




  

    

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