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戦列の華  作者: 砂城 桜
1章 全ての始まり
6/28

突然の別れ

6話


 この先の事は考えたくない。


 俺は今、酷く揺れる幌馬車の荷台から遠くに小さく見えるライブルクの街を眺めている。

 荷台には俺以外にも十代後半から二十代前半だと思われる青年が沢山詰め込まれており、周囲には足を伸ばせる隙間すら無い。


 どうやら俺は徴兵された様だ。


街を歩いていたらいきなり後ろから殴り倒されて馬車に詰め込まれた。


 突然過ぎて未だに現実を受け入れられないが、帝国では社会的な地位が低い者が誘拐同然の方法で徴兵されるのは珍しい話では無い。


 恐らくこの場にいる全員が、基本的な訓練を受けたら直ぐに戦列歩兵として戦場へ送られるだろう。


 マスケット銃を構えて敵の戦列と対峙する自分の姿を想像すると背中に悪寒が走る。 

 もうライブルクの街を見るのはこれが最後かもしれない。


 良い生活だったとは言い難いが、それでも今は無性に帰りたいと思ってしまう。


 それはこの場にいる皆も感じているのだろう、周りには重苦しい空気が漂っている。

 

 「最悪だ……」


 誰かがそう呟いたのが微かに聞こえた。





 ーーーそれから三週間が経った。



 「進め!」


 厳つい顔の教官がそう叫ぶと、戦列が行進を開始する。


 未だに洗礼された行進とは言い難いが、それでも訓練を始めた直後と比べれば雲泥の差だろう。


 徴兵されてから俺達はひたすら行進の練習をさせられている。


 こうしていると何だか前世の学生時代を思い出してしまう。

 あの頃は体育の時間に行進の練習をしたものだ。

 

尤も……


 「止まれ!」


 教官の大きな声で戦列が停止する。


 「ハインツ! 貴様また遅れてるぞ!」


 そして教官は遅れた歩兵の正面に立つと、思いっ切りその顔を殴る。


 「ウゥッ……」


 「貴様の頭は何度同じ事を言ったら理解できるんだっえぇ!! このうすのろめ!!」


 尤も前世はこんなにスパルタでは無かったが……


 つくづく学生時代の体育に行進の練習があって良かったと思ってしまう。そのお陰で俺はまだ一度も殴られた事がない。


 そして行進の次は射撃の訓練が始まる。


 俺達は紙薬莢を噛み切ると火薬を銃口に流し込

み、棒で弾を押し込む。


 「構え!」


 号令と共に、共和国軍の歩兵に見立てた人形に向けてマスケット銃を構える。


 「撃て!」


 引き金を引いた瞬間、白煙と共に凄い反動が肩に架かる。


 マスケット銃は弱いイメージがあるかもしれないが、実際は鉄製の鎧を簡単に貫通できるなど威力はかなり高い。


 こんな物が飛び交う戦場に行かなければならないと考えるだけで恐ろしい。


もし身体に当たれば悲惨な結末になるだろう。


 歩兵はただ弾が当たらないようにと祈ることしか出来ない。


 「着剣!」

 

 更に号令に合わせて銃剣を装着する。

 銃剣突撃は戦いの締めだ、銃撃で敵の戦列が乱れた瞬間に白兵戦で一気に突き崩すのだ。

 ここら辺だけは昔の様な戦い方だと思ってしま

う。


 「突撃!」

 

 「「「ウォォォーーー!!」」」

 

 そして号令が掛かると全員が雄叫びを挙げながら突っ走り、人形に銃剣を突き刺していく。


 「良いか! その人形を親の仇だと思って突き刺せ! 戦場では一瞬の躊躇いが命取りになることを忘れるな!」


 相変わらず後ろからは教官の怒鳴り声が響いている。

手を抜いたらその場で殴り倒されるのは確実だ。

 

 

 この様な訓練が毎日続く。 

 

 訓練を終えて兵舎に戻る頃には皆、疲れ切っている。

 

 「おいルーカス、今日もやっと一日が終わったな」 


 皆に続いて兵舎に入ろうとした時、にこやかな顔をした金髪の青年に声を掛けられた。

 

 「ああ、エアハルトか」


 俺はこの三週間で数人の話し相手が出来た。この青年はその中の一人だ。


 「……それでルーカス、例の話は考えてくれた

か」


彼は周りを気にしながら俺の耳元で囁く。


「その話なら……」


「マルクとザームエルはその気になったぞ。お前が参加しなくても今夜決行するが、俺としてはお前にも来て欲しいと思っている」


 彼の言う例の話とは食料庫に忍び込んで食べ物を盗もうという話である。


 そんな事をする理由は食料庫に将校用の良い肉やパンが保管してあるからだ。


 失敗すれば鞭打ちされる上に懲罰房行きだが、成功すれば美味しい食事にありつける。


 そしてリスクとリターンを天秤に掛けた結

果……俺の答えは既に決まっていた。

 

 「勿論……俺もやるぞ」


 そう答えると彼はニヤリと笑う。


 「お前ならきっとそう言ってくれると思っていた

さ」


 「詳しい話は兵舎に戻ってからゆっくり話そう」


「ああ、そうだな」

  

 そして俺はエアハルトと固い握手を交わした。

 


 

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