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戦列の華  作者: 砂城 桜
1章 全ての始まり
3/28

現実

3話


 人生は上手く行かない事が大半だ。


 俺は工場の裏門の傍に座り込んでいた。


 既に日は傾き工場の煉瓦造りの壁を橙色に染めている。


 「クソッ……何故だ……何故あの銃の価値を理解しようとしないんだ」


 やり場のない感情を地面にぶつけるが、痛いだけで余計に虚しい……





 話は数十分前に遡る。


 「ほう……こんな銃が本当に売れると君は言うのかね?」

 

 モノクルを着けた肥満体の社長が俺の描いたパーカッション式マスケット銃の設計図と試作品の銃用雷管を見て懐疑的な表情でそう呟く。


 「勿論です、このパーカッション式はこれまでの銃とは違い不発も少なく雨天でも確実に弾丸を発射する事が出来ます。これは世界に銃が発明されて以来の革命的技術革新であり、世間に出回れば現在のフリントロック式は完全に市場から駆逐されるでしょう。そうなればこの工場は新型銃の利益を独占して帝国一の企業に成長出来ます。そして……」

 

 この理論の正しさは既に前世の歴史が証明している。俺は何の迷いもなく説明を続けた。


 しかし


 「話は済んだか……フッ……何が革命的技術革新だ……聞いていて笑いを堪えるのに必死だったよ。こんな銃用雷管だかパーカッションだか知らんが怪しげな玩具に金を出す気は一切無い。話が済んだならお帰り願おうか、若造の戯言につき合っているほど私は暇ではないのでね」


 社長は鬱陶しそうにそう言い払った。


 「社長! お待ち下さい! せめて試作品だけでも作って頂けないでしょうか。評価はそれからでも遅くはないと思います。どうか! どうかお願いしま

す!」


 俺は必死に頭を下げるが社長の反応は冷たかっ

た。


 「君が心配しなくとも既に我が社は陸軍から製造を委託されているフリントロック式で十分儲かっているのだよ。君がそんなに玩具を作りたいなら自分で工場でも創設するんだな。まあ、まず無理だろうが」

 

「……」




 こうして俺の野望は完全に潰えて今に至ると言うわけだ。


 前世でゴッホやガリレオの様に生前評価されなかった画家や科学者もこんな気持ちを味わったのだろうか。


 どんな世界でも新し過ぎる物は理解されないのかもしれない。


 既に知っている知識を使っただけの俺でもこんな気持ちになるのだから長い歳月を掛けたであろう本物の偉人達は一体どれほど絶望や失望を繰り返したのだろう。

 今更だが本当に尊敬に値する人達だと思う。


 こんな事なら先輩達と飲みに行けば良かった。


 「ハァ……」


 もう何度目かも分からない溜息がこぼれる。


 そろそろ家に帰らないといけない。


 夢は覚めた。


 そう何度も都合良く事が運ぶはずが無い。


 俺は既に全ての運を使い果たしているのだろう。


 俺の現実はかび臭くてボロいアパートの一室だ。


 貧乏人達が雀の涙の給料を出し合って狭い部屋を一つ借りている。


 毎日の基本の食事は一日二度の具も塩気も少ないスープと堅い黒パンしか無い。


 卵や肉が食べられるのは大体週に二、三度くらいだ。


 育ち盛りのこの体には厳しい量だが、それでもこの国ではマシな方だろう。

 地方の街へ行けばこの様な食事すら出来ないない人達も居るのだから。


 俺もそんな生活が嫌で逃げてきたのだ。


 このライブルクの街にはそうやって同じように地方から職を求めてやってきた人間が多い。


 皆、逃げるようにやってくるのだ……


 ふと顔を上げると橙色の太陽が街の外れにある丘の向こうに沈んでいくのが見える。そう言えばこの街にたどり着いた日もこんな夕暮れだった。

 

 二年前に俺は貧しい生活に嫌気がさして家出同然で旅をしてきたのだ。


 あの錬金術師とも旅の途中で知り合った仲でお互いに意気投合して道中はよく色々な話をしていたのが懐かしい。


 二人とも無一文で駅馬車も使えずに歩いて旅をした。


 あの頃はよく道端に俺達と同じように旅をして途中で力尽きたのであろう死体を見かけたものだ。


 長い旅の末にやっとの思いでライブルクまでたどり着いた時、感極まって泣いた事は記憶に焼き付いている。


 ここまでが幸運すぎた。


 これで幸運と言うのも変な話だがこの世界は死と餓えが割と身近な存在なのだ。


 少なくとも生きている俺はまだ運が良い。


 もう疲れた……本当に……


 「おい……」


 その時、落ち込んでいる俺の肩に不意に手が置かれた。


 「ルーカス、遅いと思ったら裏口にいたのか」


 「この反応じゃ結果は聞くまでもねぇか。そう落ち込むなよ」


 見上げると長身の先輩と髭面の先輩が微笑みながら傍に立っている。 


 「……先輩? どうしてここに?」


 「俺達もお前ぇと同じで経験者だからに決まってんだろ」


 「経験者……?」


 「そうだ、俺達も地方出身でな。新人の頃に給料を上げて欲しいって二人で社長に頼みに行った事があったんだ……結果は全く取り合って貰えずに追い返されたんだけどな」

 

 「あの時は落ち込んだもんだぜ」


 「そんな事があったんですか……」

 

 「だからお前の事が気になってな、途中で戻って門の前で待ってたんだ」


 「駄目だった時はお前ぇを慰めるためにな」


 二人の先輩はそう言って手を差し出してくる。


 「立てよ。安酒を飲みに行こうぜ」


 この人達は……人が良いとは思っていたが此処までのお人好しだとは思わなかった。

この世界はこんな人間から真っ先に路頭に迷う世の中なのに……


 「ありがとうございます……」


 「良いじゃねぇか、お前ぇの人生はこれからだ

ろ。数年辛抱すりゃ給料は多少マシになるさ」

 

 「そうだぞ、あの豚の言うことは気にするな。人生の先輩としても困った時は相談に乗るからな」


 そして俺達は三人で社長の愚痴を言いながら夕暮れの街へと繰り出して行った。

この世界の錬金術師は科学者という意味です。まだ科学という概念は一般人に広がっていません。

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