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戦列の華  作者: 砂城 桜
2章 バリケードの英雄
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賽は投げられた

28話


 帝国軍が国境を突破、駐屯軍に壊滅的損害。


 東部国境からやってきこの一報により、国王諮問会議は大混乱に陥った。


「ラファルグ軍務卿ッ! 君はこの事態を一体どう収束するのかね!」


 華美な大理石に囲まれた会議室に、ドヴィエンヌ財務卿の怒号が反響する。


「とにかく現時点ですべきことは、東部国境地帯への迅速な増援だろう。首都制圧に当たっている師団を撤退させ、早急に帝国軍の侵攻に対処せねばなるまい」


「それでは首都はどうなる!? まさか平民どもに譲歩せよと言うのではあるまいな!」 


「この状況ではそれより他に手はないと思うが」


「何をばかな……!」


「平民に屈せよとおっしゃるか!」


 内務卿と外務卿が勢いよく椅子から立ち上がり、叫んだ。


「ではどうしろと……」


「首都攻略は継続したまえ! 撤退など断じて容認できん……そうだ、帝国軍に対してはペランの師団を送れば良い。あの馬鹿者も、国の危機となれば流石に動かざるをえんだろ」


 その発言にラファルグ軍務卿は目を見開いた。


「それこそ馬鹿げている! ペラン将軍は指揮能力、忠誠心ともに問題があるうえ、この局面で戦線を二つ同時に抱えるのは愚の骨頂だ!」


「ラファルグ軍務卿、君が言える立場かね? 君のその不甲斐なさ故に、軍にペラン派などというどうしようもない蛆虫が湧き出たのではあるまいか」


「そ……それは」


「この際だ、連中を帝国軍の矢面に立たせて存分にすり減らせてやればよい……」


 ドヴィエンヌ財務卿は吐き捨てるようにつぶやく。

 誰も、何も言わなかった。


 ただ、傍聴席に座る男だけが、暗い瞳に静かに笑みを浮かべていた。






__________






 秋の日差しに照らされた宮廷の中庭を、華美な装飾に身を包んだ小太りの男が歩いてくる。

 男はステッキの石突きをコツコツ鳴らしながら花壇のサフランを一瞥し、静かに口を開いた。


「……デュフレーヌ侯。こんな場所で出会うとは奇遇だな」


「ご無沙汰しております……王太子殿下」


「……」


「……」


 しばらく沈黙が続いた後、話を切り出したのは王太子だった。


「また何か良からぬことを考えているようだな」


「ご想像にお任せしますよ……殿下」 


 王太子が鼻で笑う。

 

「なかなか上手くやってるようだが、所詮は持たざる者の悪あがきだ……」


「そうかもしれませんね……」


「まあ良い……お前の悪戯に付き合ってやる。せいぜい俺を楽しませてくれ」


 王太子はゆっくりとした歩調で私の横を歩き、去っていく。

 気づくと、きつく握り締めた左手から血が滴っていた。

 遅れてやってきた痛みを感じながら、空を仰ぐ。


「私も……アザミをより美しいと感じるよ。ジャン」


 半世紀前に撒かれた種。

 

 随分と遅咲きだな……君は。





__________





 

 一軍を率いる将に相応しい器とは何たるか……


 老境に入った今でさえその答えは分からない。

 そもそも、自分にはそんなことを語る資格さえないと思っている。


 私は無能だ。


 軍務卿という分不相応な地位に就いていたのも、ただ家柄が良かったからに過ぎない。

 元より、それは貴族制のラテリアにおいて極々自然のこと。

 とりわけ非難されるようなことではない。


 だが……この胸の内に湧き上がる、言葉にできない虚しさは何なのだろう。


 軍務卿という権威のメッキを剥がされたことへの憤りか。

 平民の軍隊に惨敗を喫したことへの鬱憤か。

 陛下から切り捨てられたことへの怨嗟か。


 もちろんそれらが全く関係無いと言えば嘘だ。しかし根元はもっと別の場所に起因する。

 もう今さら取り繕う必要もないだろう。

 虚栄の飾りを脱ぎ捨てた今になって気づくとは皮肉なものだ。


 全ては些細な嫉妬から始まった……


 心の奥底に放たれた、小さな妬みの種火。

 

 幼き頃より薄々気づいてはいた。

 私には何の才もないと。

 周りからは陰で薄鈍と馬鹿にされ、実の父母からでさえ半ばあきれた目で見られていた。

 家名を絶やさぬための呼吸する木偶人形。

 それが私の評価だ。


 唯一の救いは心を許せる無二の友がいたこと。


 彼は優秀な男だった。

 なのに剣術、馬術、学問、容姿、社交性、詩のセンスに至るまで全てにおいてまるで駄目な私に対し、一切見下すことなく付き合ってくれた。

 今にして思えば、あれが人生で一番幸せな時期だったかもしれない。


 綻びの始まりは、私の許嫁が彼に惚れてしまったこと……

 何と下らないことかと後悔しても、もう遅い。


 本当に一時の気の迷いだった……


 愚かな行いだったと思う。

 彼の窮状に耳をかさず、そっぽを向いて突き放すなんて。

 取り返しの付かぬ結果になるとも知らずに。


 それからの人生は孤独だった。

 満たされぬ虚しさを埋めるため、家柄を傘にしてひたすら権力を求めた。

 まるで下水に溺れたドブネズミが必死で手足をバタつかせるように。

 だがそうやって権力の階段を上るたび、大切な思い出は一つづつ消えていった。

 今この場にいるのは欲望と保身が詰まった糞樽のような老人だ。

 

 彼は私に失望しているだろう……


 醜い裏切り者だ。


 乾いた喉を湿らすために水を飲む。

 副官に命じた。


「軍令書をこちらに……」


 恭しく差し出された羊皮紙を受け取り、目を通す。

 内容は東部国境地帯への移動と帝国軍に対する反攻作戦。

 ご丁寧に陛下の玉璽まで押してある。

 今度逆らえば王国への反逆行為とみなすという、無言の圧力だ。


 ゆっくりと歩を進め、即席で設置された演壇へと上る。

 顔を上げると、そこには神妙にこちらを見上げる将兵の海が広がっていた。

 その光景に気圧され、身体が硬直してしまう。

 思えば戦場で演説するなど生まれてこの方初めての経験だ。

 こんな人間がつい先日まで軍のトップに就いていたとは、兵士からすれば笑えない冗談だろう。

 冷や汗が滲んだ手を握りしめた。


「諸君……ここにあるのは陛下からの軍令書だ! これに従えば我々は東へ進軍し、帝国軍と戦うことになる。もちろん帝国軍は王国にとって脅威だ。早急に撃滅せねばならん……しかし、私は現状での敵は別にあると思っておる! それは今こうしている間にも宮廷で陛下を誑かし、疫病のような妄言を垂れ流すドヴィエンヌ財務卿を筆頭とする奸臣どもだ! こやつらを排除せぬことには我らが王国に未来はない!」


 軍令書を頭上で大きく広げ、破り捨てた。


「忠実なる王国の尖兵たちよ! 今こそ行動の時だ! 目標は宮廷、全軍進撃せよ!」


 将兵たちの雄叫びが野に響き渡る。

 もう後には引けない。


 だがこれでいい。


 たとえ向かう先が地獄であったとしても、私はもう振り向かない。


 全てはかつての友に償うため。 


 ジャン・ド・ペラン、一世一代の大博打だ。

毎回投稿が遅く、申し訳ございません。


現在転職のために資格試験の勉強をしており、執筆時間が確保できないため、誠に勝手ながら1年ほど投稿をお休みさせていただきます。


読書の皆様には本当に申し訳ないですが、試験が終わり次第また投稿を再開するつもりですので、どうかそれまで気長に待っていてください。


(2021年6月16日)

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