首都占拠《前編》
20話
市庁舎が陥落した頃、市内はパニック状態に陥っていた。
市内に散在する国王軍治安部隊の詰所がいたる所で襲われ、多数の銃が民衆の手に渡った。さらに市内にアクセスするための市門も全てが武装した群衆に占拠され、外部との連絡は全て遮断される。
夜が明けた時、都市をぐるりと囲む城壁は民衆にとっては堅固な要塞に、市内に取り残された国王派の者たちにとっては脱出不可能な監獄に様変わりしたのだ。
しかし首都を占領した民衆に安堵している暇は無かった。
当然だがこの非常事態に国王側は黙ってはいない。既に大規模な暴動が発生したとの報を受けたラテリア王国の地方駐屯軍が続々と首都に向かって行進を開始していた。
これに対抗するには大量の銃火器と、教養ある市民たちによる兵力の組織化が必要であった。
既に街では下層民衆が主体の暴動が一段落し、台頭してきた急進主義的な上層市民により、秩序も無く目的も曖昧で、有象無象だった群衆が、急速に市民兵として編成され始めていたが、それでも国王軍と対峙するにはまだ火砲と弾薬が決定的に足りなかった。
そんな中、自然と市民たちの足は市の東に位置するフレッセル要塞へと向かうことになる。
そこは大量の弾薬と多数の火砲が配置されている難攻不落の要塞であり、同時に市内に残存する最後の国王派の拠点であった……
ここにラテリア王国革命最初の大規模な戦闘である、フレッセル要塞の攻防戦が始まった。
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マスケット銃を担ぎながら、石畳で舗装された通りを数十人が交代で大砲を引きながら直進する。
銃や大砲なんて扱うのは十数年ぶりだ。感覚が鈍っていないか少し心配だが、そんなものはこれからの戦闘で十分取り戻せるだろう。それよりも今は懐かしさの為か、不思議と気持ちが高揚している。
もう長いことこっちの世界で暮らした影響か、戦争にも人を殺すのにも、とっくに抵抗は無くなっていた。
正直、あの日本という国が平和ぼけしすぎていたのだ。人間の本質はしょせん奪い合いと殺し合いだ。
「……いよいよだな、ロイク」
一度ため息をついてから、俺は隣を歩いていた赤毛の青年に話しかけた。
「そうだな、サム……ついに要塞が見えてきたぜ」
ロイクが答える。彼はこの世界での数少ない友人だ。少々熱くなりやすい激情家だが、面倒見のよい兄貴肌で中々の男前だ。外見の特徴として目立つのは、その性格を反映したかのような赤髪と、頬にちりばめられた、そばかすだろう。
ついでだが、俺の今世での名前はサミュエル・ダングルベール、周りからはサムと呼ばれている。
「怖いか……?」
「いいや、むしろ楽しみだな」
ロイクはそういって担いでいたマスケット銃を少し持ち上げて笑って見せる。
「頼もしいかぎりだな。さあ、ようやく市民兵たちの検問所に到着だ……俺たちもさっさと仲間に入れてもらうとしよう」
目の前の通りには横倒しになった馬車や家具を積み上げた簡素なバリケードが築かれている。それを顎で示して、俺は肩をすくめた。
バリケードに近づくと、銃を手にした歩哨が数人、こちらに近づいてくる。
「お前ら、どこの地区の者だ?」
その中でリーダー格と思われる立派な髭を生やした職人のような身なりの男が口を開いた。
「北の第一地区からきた……あんたたちがご所望の大砲もあるぞ。俺たちも仲間に入れてくれ」
すぐにロイクが答える。
「第一地区……市庁舎を陥落させた連中か、いいだろう。バリケードを開けろ!」
髭面の男は太い指先をくいくいと曲げて、ついてこいという合図を送った。
「俺はジャコブ・ペイネ、国王軍フランドル歩兵大隊の元伍長だ。十年近く国に忠を尽くしたが、最後に国から貰ったのは僅かな給金とこの傷だけだ」
そういってペイネは頬をすっぽりと覆い隠すほどの深い頬髭をかき分けた。そこには銃弾が貫通したような窪みが見える。
「今日という日を待ち望んだぜ。威張り腐った連中に俺たちの力を思い知らせてやる……」
ペイネは静かにそう吐き捨て、俺たちをバリケードの内側に招き入れた。
「なんてたくさん……すごい数だ」
バリケードにさっとよじ登ったロイクが、そこに集まったもの凄い数の群衆を見渡して思わずいった。
彼の視線の先では、幅の広い直線の通りを、遠くに見える要塞の少し手前まで群衆が埋め尽くしている。数時間前に市庁舎を包囲したときもかなりの人が集まったが、目の前に広がる光景はそんなものを遙かに越えていた。
「そりゃそうさ、なんたってこの革命が成功するかどうかはあの要塞を落とせるかどうかにかかってるんだからな。動ける奴は男女に関係なく老人からから子供まで総動員だ」
ペイネはそういって、俺を一瞥した。
「いいか若いの、俺からみりゃお前なんてまだまだガキんちょだが、戦争にそんなのは関係ねえ……熟練から半人前まで、一度銃を持てば皆兵士だ。気張って戦えよ」
「言われなくても、伍長殿……」
言われなくてもそんなことは前世でいやと言うほど頭に叩き込まれた。
人生は戦いだ。
ブラック企業で日々命を削る会社員も、上官の命令に従い弾丸飛び交う最前線に立つ戦列歩兵も本質は同じである。だが人間とは命を危険に晒しながらも明日に向かって進む生き物なのだ。
「……明日の自由を勝ち取るためなら覚悟はできていますよ」
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「軍務卿……この責任を一体どうとるつもりかね」
フレッセル要塞が民衆に包囲されている頃、首都から西に数十キロほど離れたラテリア王国の宮廷では国の重鎮たちによる会議が開かれていた。
荘厳な玉座に腰を下ろした国王をはじめ、集まった人々は今後どのようにして事態を収拾するかを話し合うために召集されたわけだが、議論が始まるやいなや論点はだれに責任があるのかという点に向けられた。
「何をおっしゃるか内務卿! そもそも貴方が国内の不満分子をしっかりと取り締まっておればこんなことにはならんかったのだ!」
「そんなことを言われても、こちらにはそれを全て取り締まれるほどの予算が回ってこんのだ。財務卿にも責任があるのではないか」
「それについては我々の責任ではない。予算が減ったのはそもそも、一昨年にゲーベルク帝国に敗北してアルタニア平原を失ったせいではないか」
「それは外務卿の外交力不足が原因だ!」
「何と……自分たちの失敗を私にまでなすりつけるというのですか」
この結果、当然会議は紛糾し、皆の関心が暴動への対処へと移るまでには長い時間を要した。
しかし、この時点では集まった重鎮たちのほぼ誰もが、この事態をただの暴動の延長線上としか見なさなかった。
結局はまだフレッセル要塞が機能していることや、地方駐屯軍が動員されたことから、暴動は短期間の内に鎮圧されるであろうということで会議は解散となった。
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「腐っておるな……この国は」
宮廷での会議を傍聴していたひょろ長い顔の貴族は、すぐ横に控る黒髪の将校に向けて静かに呟いた。
「ええ、まったく。信じられないほど低能ばかりです」
黒髪の将校はやれやれといった調子で首を横に振った。
「これがこの国の実体よ……君のような優秀な若者には一度、この有様を見てもらいたかった」
「単刀直入に聞きますが、貴方は何が目的なのです?」
その質問にひょろ長い顔の貴族は少し間をおいて答えた。
「簡単に言えば、変革だ……」
「それは……」
「これ以上は言う必要はないだろう」
「……閣下」
「期待しているぞ……ゲルシェ君」
宮廷を中心に新たな陰謀が生まれつつあった。
陰謀家、デュフレーヌ侯爵が動き出したのだ。
戦闘シーンまで入れませんでした。




