二人の英雄
17話
太陽が沈んでいく。
夕日が平原に横たわる死者たちを照らし、全てを赤く染め上げる。
この平原を巡って幾多の血が流された。
「もうじき儂の番だ……」
ザイツィンガー大将は副官の肩を借りてやっと立っていられる状態だった。
「ッ……閣下」
「儂はもう疲れた。少し横にならせてくれ……やはりこの歳では昔のようにはいかないものだな」
大将は地面に横たわり、口元を緩めた。その体を蝕んでいた病魔は、ついに残された最後の命をも刈り取ろうとしている。
しかし悔いはなかった。
自らの責務を果たし、死んでいくのだ。
後悔する理由など微塵も無い。
大将は最後の気力を振り絞って副官向けて囁いた。
「オットーマーに伝えてくれ……儂は先に逝く。この場にお前がいないのは少し寂しいが、なに……じきにで再会できるさ。行き着く先が……天国か……地獄かはわからんが……また……一緒に……酒が……飲めると良いな……」
そこまで言ってザイツィンガー大将は静かに両の目を閉ざし、二度と瞼を開くことはなかった。
ここに狼の伝説は幕を閉じたのだ。
月日は流れ、この時代を経験した者が誰もいなくなった頃、ここには小さな記念碑が建てられていた。
その記念碑には華美な装飾が施されているわけでも、心を揺さぶられるような感動的な文章が刻まれているわけでもなく、ただ静かに苔むしていた。
しかしこの場を訪れた人間あるいは、これから訪れるであろう人間は一人の例外もなく理解している。
かつて「平原の狼」と呼ばれた将軍がいたことを……
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太陽は沈んでいく。
戦いは終わった。
俺みたいな下っ端にだって分かる。
今日の勝利はいわゆる「決定的な勝利」ってやつだ。
戦争はじきに終わるだろう、兵隊たちは故郷に帰れるだろう……だが、命を散らしてしまった者に明日はない。
「ルーカス……覚えてるか……? いつだったか、死んだら墓穴くらいは掘ってやるってお前にいったよな……まさか、本当にこうなるなんてな……」
エアハルトは盛土の上に銃剣を突き刺しただけの簡素な墓に向かって語りかけた。
「なんで死んじまったんだよ……お前」
左右の瞳から流れ出た涙が頬を伝ってくる。手のひらでぬぐった涙は火薬と土の汚れで黒ずんでいた。
「みんないなくなっちまった……みんな……俺を置いていっちまった……お前まで……寂しいじゃないか……」
これで今まで共に苦楽を味わった仲間はすべて去っていった。
ここにいても空しさが心を蝕んでいくだけだ。
「もう行かないと……さよならだ。お前は……良い奴だった……」
エアハルトはゆっくりとその場を後にし、二度と戻ってくることはなかった。
ここに一人の青年の生涯が幕を閉じたのだ。
月日が流れ、この時代を経験した者が誰もいなくなった頃、ここには一本の木が生えていた。
どこといって特徴のない木ではあるが、平原のそよ風に悲しげに葉をふるわせていた。
この場を訪れた人間あるいは、これから訪れるかもしれない人間は誰も知らない。
かつて「ルーカス」と呼ばれた青年がいたことを……
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俺には前世がある。
なんていっても誰も信じないだろうが本当だ。
工場の床を磨きながらふと昔を思い出した。
俺の人生はこれで三度目だ。
一度目は日本という異世界の国の会社員。
二度目はゲーベルク帝国の戦列歩兵。
そして三度目は……




