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戦列の華  作者: 砂城 桜
1章 全ての始まり
14/28

血まみれの平原《前編》

14話


「閣下! 右翼より伝令! `騎兵攻撃を受けている、至急応援求む!`とのことです」

 

 戦いが始まってから一時間と十数分後、ザイツィンガー大将の元に伝令が届いた。


 大将の脳裏に、数日前に酒を酌み交わした壮年の将校の顔が浮かぶ。


「右翼……シュトルツの部隊か、状況は深刻か?」


「はい! 現在は方陣を組んで何とか持ちこたえていますが、そう長くは持たないでしょう」


 ザイツィンガーは片手で口元を押さえながら、しばし考え込んだ。


「シュトルツ……どうしたのだ、お前らしくない。だが、右翼が壊滅するのはまずい。できれば温存しておきたかったのだが……後方で待機させているニュルンベルク騎兵連隊を救援に向かわせろ」


「承知しました!」


 即座に走り去る伝令の後ろ姿を見つめながら、ザイツィンガーは咳込んだ。咳をする度に、血の飛沫が手を赤く染める。


 かすむ視界の中で微かに呟いた。


「いよいよだ……死神め、儂はまだ死なんぞ」


 

 

ーーーーーーーーー




「くそッ! また一人やられたぞ、早く間隔を詰めろ!」


「いったい状況はどうなっているんだ! このままじゃ皆殺しだ!」


 密集した方陣の中から悲鳴や怒号、それに混じって前方からは馬のいななきが聞こえてくる。


 ルーカスの所属する連隊は、共和国軍の騎兵隊による激しい攻撃に晒されていた。今は何とか方陣を組んで耐えているが、それも時間の問題だろう。


 周りでは、味方の歩兵たちが風に吹かれたトタン板のようにバタバタと倒れていく。

  

 血と硝煙の臭いが充満した戦場で、ルーカスは毒づいた。


「くそッ! 士官たちは何をぼさっとしてるんだ、このままじゃ本当に皆殺しだぞ……」  

 

「フフッ、確かに最悪な状況だよな?」


 いつの間にか隣に立っていた歩兵に話しかけられた。若い男だ。先ほどまで隣にいたはずの男は……今は地に伏している。


 若い男が神妙な調子で話し始めた。


「シュトルツ連隊長が殺られた……頭を一発。即死さ」


 頬を一筋の汗が流れ落ちた。


「何てこった……ちくしょう、最悪だ」


 肩越しに振り返ると、だいぶ離れた場所に一頭の立派な馬がたたずんでいる。そこに、本来跨がっているはずの指揮官の姿はない。


「だが、連隊長がやられても代わりの士官が指揮すれば良いじゃないか?」


「確かにそう思うのはもっともだがな、残念ながら他の士官も使い物にならんぜ……大隊長は腹に一発食らって死にかけてる。とても指揮なんて出来る状況じゃねぇ」


 指が震えだした。俺たちの状況は最悪だ。


「かなりまずいな……どうしてこんなことに」


「ああ、まずい状況だろ。どうやら共和国軍にはライフル部隊がいるらしいぜ、もう何人もの士官が狙撃されたって話だ」


 ルーカスは士官の服装を思い出した。派手な羽根飾りの付いたヘルメット、鮮やかで目立つ赤や白で彩られた軍服……確かに狙ってくれと言わんばかりだ。視界の片隅でひとりの下級士官が、羽根飾りの付いたヘルメットを地面に叩きつけ、頭を抱えてうずくまっている。


 現時点で誰も何の命令もだしていない。どうやらこの部隊の指揮系統は、共和国軍の狙撃によって完全に破壊されてしまったようだ。


 かろうじて踏みとどまっているのは、協力して抵抗しなければ共和国軍の騎兵に斬り殺されるという奇妙な連帯感があるからだ。


「だけど、どうして共和国は今になってライフル部隊なんかだしてきたんだ? どこの国でも卑怯な戦術だって嫌われてるのに!」


 男は静かにうなずいた。


「そうさ、我らがザイツィンガー大将殿も砲兵の有効性は認めていたが、狙撃兵だけは野蛮で卑劣な戦術だと言って絶対に認めなかった。共和国だって大抵の軍人はそうだと思うぜ、きっと」


 その通りだ。戦争にだってマナーくらい存在する。明確に法として定められているわけではないが、この世界では暗黙の領域として、指揮官を故意に狙撃することはしない! まぁ、俺が指揮官ならこんな有効な戦術は絶対に採用するけどな。


「だったら何で……」 


「共和国もそれだけ本気だってことだろ。でも、人間ってのはそう簡単に自分の信条を変えられるもんじゃねぇ。こりゃ奴らの指揮官が、とんでもなく狡猾で頭の切れる奴に交代したって見るのが妥当だな」


「確かにねちねちした嫌らしい戦法だ。この前は良くも悪くも正々堂々戦ってたのに」


「その通りだ、流石のザイツィンガー大将殿も今回はちっとばかしヤバいぜ、大将は確かに誰もが認める名将だが、古いタイプの将軍だ。だが今、この戦場には新しい風が吹いている。そういえば、ラテリアが共和国になってからだいぶ年月が経っただろ……」


「なるほど、そういうことか」


 つまりは、今までの貴族中心の伝統に縛られた軍隊から共和国は抜けつつあるということだな。共和国になら恐らく、下層階級から出世を果たした士官も数人はいるはずだ。そういう奴なら狙撃兵を使って敵の指揮官を狙撃することをためらわないということか。


「物分かりが良いな。見た感じは学識があるように見えないが」


 若い男が感心したといった様子で顔をまじまじと見つめてくる。


「馬鹿にしてるのか、お前はいったい何だ?」


 男の態度が癪に障ったので、問いかけた。

 

 すると男は人を小馬鹿にしたような表情を浮かべ、自信たっぷりに口を開いた。見ていて腹立たしいほどに。


「俺はマルティン・エッケルト、詩人だ」


「聞かない名前だな」


「そりゃそうさ、有名になるのはこれからだからな」


 エッケルトは近づいてきた騎兵を、銃剣を装着したマスケット銃で牽制しながら答えた。


「この戦争を題材に詩を書いて、一躍有名になってみせるぜ」


「何言ってんだ、きっとお前の詩なんて一生売れないよ」


「うるせぇ! 芸術を理解できない奴は黙ってな」


「読まなくたって分かるさ。お前も徴兵されたのか?」


 ルーカスも銃剣を前に突きだし、騎兵に反撃する。エッケルトはそれを見て鼻で笑った。


「徴兵? 馬鹿言っちゃいけないぜ、俺は志願兵だ。祖国の危機にのんびり詩を書いているようじゃ人間として三流だ。偉大なるゲーベルク帝国万歳!!」


「……」


 エッケルトの目はどこか自分に酔っているようにも見える。あまり関わりたくないタイプの人間だ。


「ただ、この状況じゃ生きて故郷に帰れないかもしれないと思い始めてるところだぜ」


「お気楽な奴め、いまさら気づいたか」


 既に状況は絶望的だ。指揮系統は壊滅し、兵数も目に見えて減っている。そして騎兵隊に包囲され、進むことも退くこともできない。


 絶体絶命だ、せめて隣にいるのがこんな奴じゃなくて……そう思った瞬間、背後から歓声があがった。たくさんの馬のいななきと、蹄の音が徐々にこちらに近づいてくる。この音は、共和国軍の騎兵ではない!


「あれは……ニュルンベルク騎兵連隊! 助かったぞ!」


 エッケルトが隣で歓喜の叫びをあげた。


「やった、嘘だろ……助かった。ハハハッ!」


 肩越しに振り向き、騎兵隊が掲げる帝国軍の旗を確認すると、思わず笑みがこぼれた。帝国軍の騎兵隊が勇ましい雄叫びをあげながら共和国軍の騎兵に攻撃を仕掛けると、今まで、あれほど自分たちを苦しめていた共和国軍が、まるで潮が引くように退却していった。


「本当に嘘みたいだぜ! ざまぁみろ、思い知ったか!」 


 隣にいるエッケルトも含め、兵士たちはマスケット銃を振り回しながら、退却する共和国軍の馬の尻に向かって口々に罵りの叫び声を発した。

 

 それから皆は抱擁を交わして生き残ったことを喜び合い、命を救ってくれた騎兵隊に感謝の言葉を投げかけた。これが映画の世界なら、この状況はまさにハッピーエンドだろう……しかし、現実はいつだって冷酷だった。


 突然、すぐ近くで土煙があがり、ルーカスは地面に叩きつけられた。


 上体を起こして立ち上がろうとしたが、頭がくらくらして、片膝をついたまま座り込んでこんでしまう。 

  

「いったい……なにが」


 周りを見回して状況を確認しようとするが、焦点が合わずに視界がぼやける。それでも、何が起きているのかはなんとなく理解できた。


 周りの兵士たちも唖然とするなか、更に周囲に数発の砲弾が着弾し、辺りが土煙に包まれる。ルーカスは手を伸ばしてマスケット銃を拾い上げると、それを支えにして何とか立ち上がった。


 口の中に入り込んだ土を唾と一緒に吐き出し、低く呻いた。


「騎兵の次は大砲かよ、勘弁してくれ……」 

当初の予定よりかなり長くなってしまったので、分けて投稿することにしました。

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