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戦列の華  作者: 砂城 桜
1章 全ての始まり
11/28

元帥と大将

11話


 ーーー帝都ベルンシュタット、皇宮。


 ルーカスが戦ったあの日から数日後。帝都では既に日は沈み、淡い月明かりが皇宮の荘厳な壁を照らしていた。

 

 今、この場には帝国の重鎮達が一堂に会している。


 そして重鎮達は皆、長年の権力闘争で培われた猛禽類の様な鋭い視線を報告に来た若い連絡将校に向けていた。

 

「ほ、報告します、ハルトヴィン・フォン・ザイツィンガー大将の指揮するミュンヘン歩兵師団が、アルタニア平原において共和国軍と交戦、これを撃退しました。現在、師団は西へ撤退する共和国軍を追撃中との事です」

 

 酷く緊張した声で将校が報告を済ませると、重鎮達の緊張の糸が切れ、先程とは打って変わって和やかな雰囲気となる。


「勝ったか……一時はどうなる事かと思っていたが、これでようやく一息つけそうだ」


 上等な燕尾服を着て、モノクルをつけた気の弱そうな大臣が、心底安心しきった表情で言葉を吐いた。



「それにしても流石はザイツィンガー大将だ、平原の狼と呼ばれていた頃の腕は全く衰えていない様ですな。これなら平原は取り返したも同然、貴方もそう思いませんか元帥殿」


 今度はでっぷりと腹が出た別の大臣が満足そうに言う。

 

 しかし


「そうか、勝ったか……ハルトヴィンの奴め。部下に任せられずに自ら戦場へ出向く癖は結局変わらなかったな……老体の癖に何て無茶な真似を……」


 その場にいる皆が安堵の溜息を漏らす中、細かい装飾が施された象牙の元帥杖を持った老人だけは不満そうに呟いた。


「元帥殿、ザイツィンガー大将の何をそんなに心配しておられるのですか。あの方は今回もきっとエーベル川で勝利を収めたあの時と同じく、沸き立つ群衆に囲まれながら帝都に凱旋してくることでしょう」  


 それを見ていた大臣の一人が、気楽そうな顔で元帥に話しかける。


「そうだと良いのだがな……」


「惰弱な共和制国家の犬などにあの大将が負けるなど私には想像すら困難ですな。老いたとはいえ彼は狼、犬は狼に勝てませんよ」


 大臣が言い切ると周囲で笑いが起こる。


「……だが、念のため増援としてケルン擲弾兵連隊とドレスデン砲兵中隊を送るとしよう」


「ハハハ、元帥殿は用心深い」


「何事にも用心するに越した事は無い。貴方も軍に入れば分かるはずだ」


「ハハ、元帥殿から直に軍への勧誘をして頂けるとは身に余る光栄ですな。しかし、生憎私は愛すべき帝国臣民の為により良い政治をする事が責務なので丁重に辞退させて頂きますよ」


「それは残念だ……都の煩わしい仕事よりは楽しいと思うのだがな」



 こうして帝都の夜はふけていった。



 

 


 ーーーアルタニア平原、帝国軍野営地

 

 既に日は地平線の向こうに沈み冬空の元、澄んだ月明かりが将官用の立派なテントを照らしていた。


 小さなランプのぼうっとした光に包まれたテントの中では将校が二人、酒を酌み交わしている。


「それにしてもこれは実に美味いワインですな閣下。こんな上物どこで手に入れたんですか」


 鳶色の髪と瞳を持つ壮年の将校が、ワインの入ったグラスをランプの光にかざしながら訪ねた。


「オットマーからだ……帝都を発つ時に手渡された」


 ザイツィンガー大将はぶっきらぼうに答える。少し酔っているせいか、いつもは切り立った絶壁のように険しい顔が、少し綻んでいるように見える。


「なんと、元帥殿からの贈り物でしたか。それならこの美味しさも納得ですな、元帥殿のワイン好きは軍では知らぬ者など居ないほど有名な話ですし。ですがそんな貴重な物を私などが頂いて良かったのですか」

 

「心配するな、まだストックを数本用意している。それに今日は誰かと一緒に飲みたい気分だったんだ」


「平原の狼殿と酒を飲んだなんて士官学校時代の友人達に話したら嫉妬されそうですよ」


「平原の狼か……それは昔の話だ。今の儂は老いすぎてしまった」


 大将はグラスに写るしわだらけの顔を見て呟くように言う。


「そんな事はありません、閣下は今も昔も偉大な狼です。それに先日の戦いでは見事に共和国軍を打ち破ったではありませんか」


 大将は頭を左右に振る。


「そうか……ではあの戦いで何人損害が出た」


「確か……死傷者併せて三千五百名ほどだったかと」


「三十数年前、儂が一介の師団長として共和国軍と戦っていた頃、あの戦いと丁度同じ規模の戦闘を経験した事がある……結果は千名ほどの損害で勝利した」


 ザイツィンガーがグラスにワインを注ぎながら淡々と話を続ける。


「勿論、兵の質も志気も昔に比べれば明らかに劣っている。しかしあの頃の儂ならもっと上手く勝つことが出来たはずだ。砲兵の配置場所、騎兵の投入と銃剣突撃のタイミング。全てを総合的に判断して最善の決断を下すのが指揮官の務め……今の儂にはその務めを完璧に果たせたとは言えない」


 壮年の指揮官は直ぐに反駁する。


「しかし、仕方のない事ではありませんか、今の帝国には閣下よりも少ない損害で勝利できる指揮官など一人も存在しません。それに共和国軍の猛進を挫いただけでも銀十字勲章級の功績ですよ」


「銀十字勲章も随分と安くなったものだな」


「閣下……」


 ザイツィンガーはグラスに唇を当て、ワインの香りと風味を楽しむ。


「共和国産の三十年もののワインか……オットマーめ、儂に気を使ってラベルをわざわざ張り替えたな」


 それからグラスの中身を一気に飲み干した。


「だが、やはりワインは共和国産の方が美味い」


 

 こうしてアルタニア平原の夜もふけていった。


     

 第二次エーベル川の戦い、その数日前の出来事である。




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