憂鬱な平原
10話
全てが終わった後の平原を、俺達三人は眺めていた。
平原には数百もの死体が横たわり、辺りには血と硝煙の臭いが充満している。
今は冬なのでまだマシなのかもしれない。夏なら更に状況は悲惨だったろう。
「ザームエル……思ってたよりも元気そうだったね……」
いつもは清々しい程に天真爛漫なマルクが少し暗い表情で呟いた。
「そうだな……」
エアハルトも浮かない顔でそう言い、俺も無言で頷く。
重苦しい空気がその場を支配していた。
負傷した友人を見た後に平気な顔をしていられる奴はいない。それに皆、口には出さないが、近い内に二度目の戦闘が起こるだろうという事は分かっている。
今回は無事に生き残れた。しかし次の戦いでも同じとは限らない。ザームエルの様に片足を失うだけならまだ幸運な方だろう。
ちらりと戦場に目を向けると、砲弾の直撃を受けたのだろうか、踏まれたトマトの様に酷く損壊した亡骸が視界に入った。
こうなると敵か見方かも判別できない。
安価な歩兵はただの歯車であり、死傷して使い物にならなくなれば新しい兵に交換されるだけだ。
銃の本当に恐ろしい部分はここである。
剣や弓の様に使いこなせるまでに膨大な鍛錬を必要とせず、僅かな訓練だけで農民が鎧姿の騎士すらも倒せるのだ。
更に徴兵すれば幾らでも数を揃えられ、銃の数だけ国家の成人男性が戦争に参加できてしまう。
これは大変恐ろしい事だ。
戦争が終わるまでに一体、どれだけの命が失われるのか見当もつかない。
そして、俺達も後どれだけ生きられるのか……
今日、自分が殺した兵士達の事が頭を過ぎる。
次の戦いでは自分も同じ様な運命を辿るかもしれない。
砲弾に潰されるのだろうか、銃弾に倒れるのだろうか、それとも銃剣に貫かれるのだろうか。
「なあ、一体いつになったら俺達はこの地獄から抜け出せるんだろうな……」
エアハルトがぼそりと呟いた。
その言葉に対して、俺は何も答える事ができなかった。
今日は眠れないかもしれない。
ーーー次の日、起床のラッパの音が野営地に響き渡った。
重たい頭を持ち上げ、テントから這いだす。
周りのテントからも続々と兵士達が顔を出し、駆け足で一カ所に集合して中隊ごとに整列と点呼を済ませる。
全員が集合した所で大隊長が将校用の大きなテントから姿を現した。
「諸君、昨日の戦いは実に見事であった。諸君らの活躍のお陰でアルタニア平原が、共和国の手に落ちるという最悪の事態は回避された。だが、未だに状況は予断を許さない。甚大な被害を与えたとはいえ、奴らの主力は未だ健在………」
こんな話を聞いていると前世の学生時代の全校集会を思い出してしまう。
何故、偉い人の話は長く感じてしまうのだろうか。
ありがたいお言葉はまだ続く。
「現在、共和国軍は西へ退却した。恐らく本国からの増援が到着しだい進撃を再会するつもりだろう。しかし、奴らに体制を立て直す時間を与えるつもりは毛頭ない。そこで早速だが、師団司令部より新たな指令が下った」
大隊長はそこで一拍置くと全体を見渡してから、はっきりとした口調で言った。
「共和国軍を即座に追撃、殲滅せよ! 奴らをこの国から生かして帰すな。出発は一時間後だ! 全員直ぐに荷物をまとめろ!」
そして、絶望的な命令が下されたのだ。
ーーーその頃、帝国軍の野営地から西へ十数キロ離れた地点に位置する共和国軍の野営地では、立派な白い髭を蓄えた共和国軍の将軍が頭を抱えてい
た。
「何という事だ……いくら帝国軍が弱体化しているとはいえ、今回は少し侮り過ぎた」
将軍は疲労困憊の兵士達を見ると、心底悔しそうに帝国の方角を睨んだ。
「閣下、仕方がありません……まさか帝国にあれほどの戦力が残っていたとは……」
黒髪の副官がそう言うが、将軍は不満げに呟く。
「予想外……確かに予想外だった。しかし、仕方ないでは済まされないのだよ。この敗北のお陰で我々の計画は大幅な変更を余儀なくされた。現在残された選択肢は二つ。犠牲を覚悟してこの場で帝国軍を迎え撃つか、エーベル川まで撤退して本国からの増援を待つか……」
それは悪夢の選択だった。
「どちらの選択も手痛いですね……」
「そうだ、どうにか主力部隊の壊滅は避けられたといえ、この場で帝国軍を迎え撃つのは得策ではない。敗北の直後で兵の志気が下がっているうえ、勢いに乗った帝国軍が相手とあっては勝利は絶望的。だが、安全策をとってエーベル川まで撤退したとなれば議会が黙っていないだろう……」
「革命議会の豚共ですか……あいつらの態度は胸くそが悪いです。こちらの事情を何も分かっていない癖に、いつも無茶苦茶な命令ばかり出してくる」
副官は吐き捨てるように言った。
「そうだ、奴らは事情を何も知らないし、理解しようともしない。もし川まで撤退したならば、誰かが責任を被らなければならないだろう」
「閣下、その時は私も一緒に……」
だが、将軍は副官の言葉を遮る。
「お前には関係のない話だ。老いぼれ一人が消えれば全てが丸く収まる。優秀な若者が茶番に付き合う必要はない」
「閣下……」
「この手で帝国軍を討てないのは心底無念だが、今は撤退するしかないだろう……全軍に伝達せよ! エーベル川まで撤退する!」
こうして両軍の雌雄を決する戦いは暫し延期となった。
しかし、それでも戦争が終わったわけではない。まだ戦争の歯車はルーカス達を巻き込んで勢いよく回っているのだ。




