両国の禍根
1話
青い平原には緊張が走っていた。
平原を流れる川を挟むようにマスケット銃を担いだ両軍の歩兵が三列横隊の戦列を組んで整列している。
西の大国であるラテリア共和国と東の大国であるゲーベルク帝国の国境問題から発展した戦争もこの戦いで漸く決着がつくだろう。
この戦争は帝国が数十年前に自国領として併合したアルタニア平原東部に、共和国が領有権を主張して奇襲をかけた事から始まった。
しかし帝国軍の粘り強い抵抗によって奇襲は失敗に終わり、戦線は平原の中心を流れるエーベル川で膠着状態に陥ってしまう。
それから数年の間は両軍共に一進一退の攻防が続いたものの、徐々に共和国にも帝国にも戦争を続ける余裕が無くなり始める。
長年続いた戦争に両国の国力は疲弊し始めていたのだ。
そして今まさに、これ以上戦争を続ける事が困難になった両国による、平原の覇権を賭けた最後の戦いが始まろうとしていた。
水深が人間の足首までしかない浅い川を挟んで西側に共和国軍、東側に帝国軍が整列する。
遂に戦いの火蓋は切って落とされたのだ。
長いにらみ合いの末に両軍の戦列が行進を始めそれに合わせて双方のカノン砲が火を噴く。
訓練された歩兵達は飛んできた砲弾が頭上をかすめようが隣にいる兵士の命を奪おうが戦列を乱さない。
そして両軍の綺麗な三列横隊が互いの敵兵の顔の表情が分かるくらいの距離まで近づくと戦列は停止し、指揮官の号令と共に両軍の一列目の歩兵が構えたマスケット銃が一斉に火を噴いた。
最初の一発目を撃ち終えた戦場には共和国兵、帝国兵を問わず負傷した不幸な兵士達の呻き声が響きわたっている。だが次の瞬間には一列目と交代した二列目の兵士達が先程と同じように敵の戦列に向けて引き金を引く。
轟音と共に再度双方に死傷者が出るが、未だに両軍の戦列に大きな変化は見られ無い。
そして二列目が弾を撃ち終えると休む間もなく三列目が交代し、更にその後は装填を終えた最初の列の歩兵へと、敵の戦列が崩壊するまで歩兵達は延々と同じ動作を繰り返す。
この様な戦いこそが今の時代の戦術である、戦列を組んだ歩兵が砲兵の火力支援を受けながら敵の戦列に近づいて両軍共ほぼ同時に銃を撃ち合ってつぶし合うのだ。
何故この様な戦術を採用するのか疑問に思うかもしれないがマスケット銃は先込め式の単発銃であり、当然一発撃ったら次の弾を撃つまでに長い装填時間を必要とする。更に銃身にライフリングが刻まれていない滑空銃身の為、弾が何処へ飛んでいくか分からず有効射程は百メートル前後と心許ない。
そしてそんなマスケット銃を最大限効率よく運用する方法は歩兵に戦列を組ませて密集させる事に限る。要するに狙撃が不可能なら大まかに狙いを付けて大量に撃てばその内のどれかは当たるだろうと言う考え方だ。
この戦術を行う上で歩兵達に求められるのは指揮官の命令に従う事と何があっても戦列を乱さない事である。
砲弾や銃弾が飛び交う戦場で例え隣の仲間が死んでも逃げださない事が求められるのだ。要は恐怖に負けて戦列を乱した方の軍が負けるというわけだ。
これは心理戦と言っても過言ではないだろう。
そしてこの戦いも既に終盤に差し掛かっていた。
赤く染まった川の真ん中では戦列が崩壊した共和国軍に対して帝国軍が銃剣で白兵戦を展開してい
る。
帝国兵は銃剣を敵に突き刺し、銃床で殴り倒し、雄叫びを挙げて敵を打ち倒していく。
既に勝負は着いた。
後は自軍の指揮官が合図をするまで歩兵達は訓練で体に叩き込まれた単調な動作を繰り返だけだ。
こうして後にエーベル川の戦いと呼ばれるこの戦いは帝国の辛勝で幕を閉じたのだ。




