82話 魔王信仰?
「あれはなんだったんですか?」
お兄ちゃんがフォガスさんを見る。
「あれは魔獣の死骸です」
魔獣? 動物が、魔力の影響を受けて変化した生き物だよね。それがどうして、オルガトの亡くなった洞窟前に集まっていたんだろう? しかも、死んでいるなんて。
「すみませんが、少し体を調べてもいいですか?」
フォガスさんの問いに、お兄ちゃんと一緒に首を傾げる。
「魔獣は魔力を周りにばらまいているんだ。その影響が二人にないか、フォガスは調べたいんだよ」
ルドークさんの説明にフォガスさんが頷く。
「俺は良いですよ」
お兄ちゃんが頷くと私を見る。
「私ももちろんいいです」
でも、体を調べるってどうやるんだろう?
「俺が見本になるよ」
お兄ちゃんと私が少し戸惑っていると、ルドークさんがフォガスさんの前に立ち、手のひらを上にして前に出す。フォガスさんはルドークさんの手のひらに手を乗せると、目を閉じた。特に何も起こることもなく、一分ほどの時間が過ぎる。
「問題ありませんね」
「「えっ?」」
フォガスさんがルドークさんから手を離すと、安心した様子を見せた。私とお兄ちゃんは、何をしていたのかわからず顔を見合わせる。
「フォガスの聖なる力で、体内に魔獣の魔力が入り込んでいないか調べてもらったんだ」
ルドークさんの説明に頷く。
聖なる力を流すために手を合わせていたんだ。
「他者の魔力を受けるのは不快感がありますよね。聖なる力は大丈夫なんですか?」
お兄ちゃんは、ショーじいが私に魔力を流した時の事を思い出したのか、少し不安そうな表情を浮かべる。
「大丈夫です。聖なる力は他者の魔力と相性がいいですから、不快に感じることはありません」
魔力とは違うんだね。
「そうなんですね。だったらお願いします」
お兄ちゃんが、さっきルドークさんがしたように手を前に出す。その手にフォガスさんが手を乗せると、目を閉じた。
「はい、ありがとうございます。アグス殿は問題ありません」
「ありがとうございます」
お兄ちゃんがフォガスさんにお礼を言うと、フォガスさんの視線が私に向く。
「リーナ殿もいいですか?」
「はい」
少し緊張するな。
お兄ちゃんのように手を前に出すと、フォガスさんの手の温かさを感じる。すぐにふわっとした温かな空気に全身が包まれる。それを不思議に思いながらジッとしていると、フォガスさんの手が離れた。
「リーナ殿も、問題ありません」
「ありがとうございました」
よかった。魔獣の魔力に影響を受けたらどうなるのかわからないけど、悪い事みたいだから。
「それにしても、なぜあんな場所に、しかもあんなに大量の魔獣が死んでいたのでしょうか」
フォガスさんの呟きに、ルドークさんは険しい表情を見せる。
「魔獣が活性化する時は、魔王の力が強まった時ですよね? 女神さまから神託はなかったんですか?」
『魔王! 神託! なんかワクワクするな!』
今まで静かに私たちの様子を見ていたユウが、興奮した様子でフォガスさんとルドークさんの周りをクルクル回る。
私は、すっごくイヤな予感しかしないけどね。あ~、関わりたくない。
「神託は……」
フォガスさんは気まずそうな表情で私を見た。その視線の意味がまったくわからず、彼をジッと見返す。
「訳があるなら言わなくていいぞ。教会の問題に関わる気はないからな」
「手遅れではないですか?」
ルドークさんの言葉に、フォガスさんが魔獣の死骸があったほうを見る。
「何も聞いていないから大丈夫だろう。という事で、何も言うなよ」
ルドークさんが嫌そうな表情でフォガスさんを見る。フォガスさんは、ただ笑って肩を竦めた。
「教会って、面倒事が多いんだよな」
ルドークさんはそう呟くと、ため息をついた。
「とりあえず、あの場所にはもう近づかないほうがいいよな?」
「もちろんです」
ルドークさんの言葉にフォガスさんが頷く。
「それなら、とっとと出発してこの場所から離れよう」
「そうしましょうか」
ルドークさんとフォガスさんの話がまとまったのか、寝泊まりしていた場所に戻った。そして、私はフォガスさん馬に、お兄ちゃんはルドークさんの馬に乗せてもらい帰る事になった。
『もう帰るのかぁ。もっとランサ森をあちこち見て回りたかったな』
ユウの呟きにチラッと視線を向ける。
『そんな嫌そうな顔をしなくても。まぁ、いろいろあって帰りたい気持ちもわかるけどさ』
私を見てユウが苦笑する。
『それにしても、なんか変な世界だよな』
変?
『だって、女神からの神託のお陰でこの世界は平和なのに、洞窟にいた奴らは女神を偽善者といった。しかもチャルト子爵の様子から悪霊をどうにかしようとしていたみたいだろ? 悪霊は魔王の部下みたいな者だから。えっ、もしかして奴らって魔王信仰なのかな?』
えっ、魔王信仰? 女神の恩恵を受けているのに、魔王を崇拝するの?
『なぁ、リーナ』
ちょっと混乱気味の私に、ユウが真剣な表情で呼びかける。
『今回の事件、チャルト子爵の単独犯なのかな?』
「……」
『洞窟の中の魔法陣、それに奴らの周りにいた護衛や仲間? 仲間と言っていいのかわからないけど。チャルト子爵がどれほどの力があるのかわからないけど、奴らだけの犯行なのかな? えっと、チャルト子爵の上司にあたるアーオス伯爵家だっけ? そいつらは関係ないのかな?』
チャルト子爵の単独犯だと判断するのは早計だよね。もしアーオス伯爵家が関わっているなら、彼らの目的を邪魔した私とお兄ちゃんを殺しに来るかもしれない。もしかしたら私たちの家族も狙われるかも。
「どうしましたか?」
私の様子を見たフォガスさんが心配そうに声を掛けてくる。
「あの……」
なんて言えばいいのかな?
「今回の事件にアーオス伯爵家は関わっていないんですか?」
そのまま聞こう。下手に誤魔化してもいい事はない。
私の質問に、後ろにいるフォガスさんの体が微かに硬くなった。
「今はわかりません。ですが、洞窟にあった魔法陣とチャルト子爵の様子から、アーオス伯爵家を含め、チャルト子爵と関わりのあるすべての者たちは、詳しく調査されます。ですので、いずれ真実が明らかになるでしょう」
「そうですか」
「リーナ殿とアグス殿には申し訳ないのですが、少し生活が変わるかもしれません」
「「えっ?」」
フォガスさんの言葉に、お兄ちゃんと一緒に声を上げる。
「チャルト子爵の仲間が、どこかに潜んでいる可能性があります。そのため、お二人と家族の安全のために、リグス殿にこの村を離れることや、護衛を付けることを提案するつもりです」
『狙われる可能性があるなら、必要なんだろうな』
フォガスさんの説明にユウが頷く。
そうかもしれないけど、せっかく守った家を離れるのはイヤだな。それに、お父さんとお母さんにとっては、本物のリーナとの思い出が詰まった場所だし。
「家を離れないとダメなんですか?」
お兄ちゃんが悲しげにフォガスさんに聞く。
「護衛を付けるなら大丈夫ですが、他人がずっと傍にいることになるので、疲れるかもしれません」
まぁ、確かに。ずっと人が付いて回るのはストレスがたまりそう。
『でも、殺されるよりはいいよな』
まぁ、そうなんだけど。
「ずっと一緒……。あっ、ルドークさんにお願いしたらダメですか?」
お兄ちゃんは少し考えると、ルドークさんを見る。
「えっ、俺?」
ルドークさんは急な話に驚いてお兄ちゃんを見つめる。
「はい。えっと、どうすればいいんだろう……」
お兄ちゃんが少し戸惑うと、フォガスさんが「任せてください」と言う。
「ルドーク殿、教会から指名依頼を出しますので受けていただけますか? リーナ殿とアグス殿の護衛です」
えっ、本当にルドークさんにお願いするの?
「まぁ、俺が信用している仲間もいいなら受けるけど。さすがに一人で二人の護衛はムリだからな」
「わかりました。では、ルドーク殿の仲間を調査し、問題がなければ指名依頼を出させてもらいますので、よろしくお願いします」
お父さんとお母さんの意見とか聞かずに、そんな事を決めちゃっていいのかな?




