79話 一面に咲く花
「着いた~」
フォガスさんの馬に乗せてもらっている状態で、嬉しさのあまり思わず両手を上げてしまう。
「リーナ殿、危ないですよ」
『ようやくだな~。いろいろあり過ぎて、本当にランサ森へ行けるのかと心配だったけど、ランサ森だ~』
「はい。ごめんなさい」
ユウの騒ぐ声を聞きながら、優しく注意してくれたフォガスさんに謝る。
キーフェさんたちと別れた翌日。ようやく、目的のランサ森へ着く事ができた。予定では、昨日中にランサ森へ着くはずだったんだけど、お兄ちゃんも私も、まだまだ長時間の乗馬はムリだった。
「少し先に開けた場所がありますね。あそこを拠点にしましょうか」
フォガスさんが指すほうを見ると、テントが張りやすそうな開けた場所が見えた。
「そうだな。あそこなら、テントもしっかり張れそうだ」
ルドークさんも場所を確認したのか、フォガスさんに向かって頷いた。
馬から下りて、体をほぐすように動かすと気持ち良くて、体から力が抜ける。
「おつかれさま。ゆっくりしていていいですよ」
フォガスさんが馬から荷物を下ろしながら言う。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。手伝います」
昨日の疲れがまだ残ってはいるけど、前よりは動けるから手伝わないと。
「ムリはしないでくださいね」
「はい」
フォガスさんの注意に頷きながら、彼からテントの入ったバッグを受け取る。
「リーナ、俺も手伝うよ」
「うん」
お兄ちゃんと一緒に、フォガスさんとルドークさんに指示をもらいながらテントを張る。
「よしっ、終わった。そうだ、探すのはどんな薬草なんだ?」
ルドークさんが、お兄ちゃんと私を見る。
「風邪薬として使う『ロキッソ』です。最低一〇〇本からとありました」
お兄ちゃんの説明に、ルドークさんは周りを見渡す。
「あの薬草は密集して咲く花だから、一〇〇本くらいならすぐだな。ただ、咲いている場所を探すのが少し手間だけど。この辺りには、咲いていないな」
「そうですね」
フォガスさんも周りを見て、頷いた。
「ロキッソは太陽の光をあまり好みません。ですので、木々が多く太陽の光を遮っている場所を探すといいですよ」
そうなんだ。どんな場所で咲くのかまでは、習わなかったな。
「それならあっちでしょうか?」
お兄ちゃんが指すほうを見ると、木々の集まっている場所が少し遠くに見えた。
「そうですね。まず探すなら、あの辺りからでしょう」
フォガスさんの言葉を聞いて、お兄ちゃんが嬉しそうに笑う。
『ちょっと見てくるな』
ユウがお兄ちゃんの指した方へ飛んでいくのを見ていると、ルドークさんが心配そうに私を見た。
「休憩を入れずにテント張りをしたけど、大丈夫? アグスも疲れていないか?」
ルドークさんは、昨日、馬から下りた私たちがふらついているのを見てから、少し心配性になってしまった。
「大丈夫です。今日は二時間しか馬に乗っていなかったので」
「私も大丈夫です」
お兄ちゃんと私が笑って言うと、ルドークさんはホッとした表情をした。
「それなら、準備をして薬草探しを始めようか」
「「はい」」
やっと、薬草探しだ。ロキッソはカモミールみたいな花だったよね。
リュックに必要な物を入れながら、ロキッソの花の絵を思い出す。
『リーナ、アグスが指したほうに歩き続けると、花がたくさん咲いている場所があった。一面に広がる花畑ってあんなかんじなんだろうな』
「本当?」
「んっ?」
そばで準備をしていたルドークさんが、私を見る。
「あっ」
「そこにいるのか?」
ルドークさんには、私がユーレイ(ルドークさんは精霊だと思っているけど)を見ていることがバレていた。私が空中に向かって小声で話しているのを、何度も見たらしい。
最初は、襲われた恐怖で幻覚が見えるようになったのではないかと、不安になっていたみたい。私のお父さんに相談したほうがいいのかと本気で悩んだみたいで、申し訳なく思った。でも、様子を見ると「もしかして精霊が見ているのでは?」と思うようになったらしい。
昨日、普通にユウと話している時に、ルドークさんがいることを思い出して誤魔化そうとしたら、「わかっているから大丈夫」と言われた。ルドークさんが精霊とは言わなかったので、もしかしてユーレイの事かもしれないとヒヤッとした。すぐに「精霊が見えるなんてすごいな」と言ったので、ホッとしたけど。
「はい。お兄ちゃんが指したほうに、たくさんの花が咲いている場所があるみたいです」
「そうなんですね。探す前にわかるのは嬉しいですね。行きましょう」
私とルドークさんの会話を聞いていたフォガスさんが、リュックを背負って私たちを見る。
「はい」
「リーナ、行こう」
リュックを背負ったお兄ちゃんが傍に来て、私に手を差し出す。私は、準備したリュックを背負うとお兄ちゃんの手を握った。
四人で、ユウから教えてもらった、たくさんの花が咲いている場所を目指す。
『そろそろ見えて来るはずだけど』
空中を飛び回っているユウを見る。
「見えてきましたね」
フォガスさんの言葉に、ほんの少し足が速くなる。そして現れたのは、一面に咲くカモミールに似た花畑。
ここなら、目標の一〇〇本はクリアできそう。
「さすが精霊だね。ロキッソだ」
お兄ちゃんの嬉しそうな声に、私も頬が緩む。
『へぇ、あの花はロキッソだったんだ』
えっ?
ユウの呟きに、驚いた表情でユウを見る。それに気付いたユウが、ちょっと気まずそうな表情を浮かべる。
『えっと、俺は薬草に詳しくない。だから、たくさんの花は見つけたけど、それがロキッソなのかはわからなかった。だいたい、俺はロキッソがあったとは言ってないからな』
……確かに、そうだけど。あんな風に言われたら、ロキッソを見つけたんだと思うじゃない!
『ロキッソだったから、良かったじゃんか』
まぁ、そうだね。そうだけど……はぁ。
「リーナ、疲れたの? 薬草採取をする前に休憩する?」
カモミールに似た花が一面に咲いている場所での休憩は、ユウのせいで疲れた心を癒すのにはちょうどいいよね。
「うん、そうしよう。採取の前に休憩して、一気に一〇〇本を目指そう」
お兄ちゃんにそう言うと、お兄ちゃんも笑って頷いてくれた。
ゴザを敷いて、ロキッソの花を見ながら少しだけのんびりする。フォガスさんが淹れてくれたお茶は、相変わらずおいしくて、ついお替りをしてしまった。
「リーナ、そろそろ始めようか」
「うん」
リュックから、ロキッソを採取する道具を出す。
「ロキッソは全て採取してはダメです。種を落として増えるので、ある程度残しておく必要があります」
「「わかりました」」
フォガスさんの注意に頷いてから、ロキッソの花畑に足を入れると、ふわっといい香りがした。
「そういえばさ、ロキッソってどの部分が風邪薬になるんだっけ? リーナ、覚えてる?」
お兄ちゃんの問いに、少し考える。
「確か花弁だったと思う。あと、葉も利用できると書いてあったと思う」
「正解」
ルドークさんが、私を見て笑う。
「一番重要なのは、花弁だな。花弁がきれいで、イキイキしているのを選ぶといいぞ」
「「イキイキ?」」
ルドークさんの説明にお兄ちゃんと一緒に首を傾げる。
「花弁の先が茶色くなっていたり、乾燥して一部分がカサカサしていない物だ」
傍にあるロキッソの花を見る。
「これは、先がちょっと茶色いね。それに、少ししおれてるみたい」
「それはダメだな。横のロキッソは、きれいだ」
ルドークさんがきれいだと言ったロキッソを見る。花弁の先までピンと力強く伸び、張りがある。
「そうですね」




