78話 今度こそランサ森へ
「「おはようございます」」
お兄ちゃんと一緒にテントから出るとフォガスさんが朝ごはんを作っていた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
フォガスさんは私たちを見ると優しげに微笑む。
「はい。よく眠れました」
お兄ちゃんの隣で私も頷くと、フォガスさんがホッとした表情をした。
「良かったです。昨日はいろいろあり、少し心配していました」
確かに、フォガスさんの言う通り昨日はいろいろな事があったよね。……あり過ぎたよね。
「キーフェさんはどうしたんですか?」
お兄ちゃんが周りを見回してから、フォガスさんに尋ねる。
「チャルト子爵たちの様子を見に行っています。少し前に、アテネと医者、それに冒険者のルドーク殿が着きました」
冒険者のルドークさんって、私たち家族を助けてくれた人のことかな?
「冒険者のルドーク殿ですが、覚えていますか?」
フォガスさんの質問に、お兄ちゃんと一緒に頷く。
「覚えています。俺たち家族を助けてくれた人ですから」
お兄ちゃんの答えに、フォガスさんは微笑む。
「そうです。アテネには、冒険者ギルドに行って彼がいたら、指名依頼をして欲しいとお願いしていたんです」
「そうだったんですね」
「はい。事情を話すにしても、信頼できる者でないと危険ですから」
あっ、魔石の事かな。
「みんなが来たら、朝ごはんにしましょうか」
「「はい」」
フォガスさんの手伝いをしながら、キーフェさんたちが来るのを待つ。しばらくすると、遠くから話し声が聞こえた。そちらを見ると、キーフェさんを先頭にアテネさん、ルドークさん。そして初めて見る女性の姿があった。
「アグル殿、リーナ殿。おはようございます」
キーフェさんが私たちを見つけると、笑顔で挨拶してくれた。
「「おはようございます」」
お兄ちゃんと一緒に挨拶すると、彼の隣にいるルドークさんへ視線を向ける。
「ルドークさん、お久しぶりです」
お兄ちゃんがルドークさんに向かって頭を下げたので一緒に私も下げる。
「久しぶり。また、ややこしい事に巻き込まれたみたいだね」
ルドークさんの言葉に、お兄ちゃんと私は顔を見合わせて笑う。
「アグス殿、リーナ殿、おはようございます」
アテネさんが私たちの傍に来ると、私とお兄ちゃんの顔をジッと見つめ、それから安堵した表情を浮かべた。
「よく眠れたみたいで良かったわ。朝ごはんにしましょうか」
フォガスさんの作った朝ごはんを食べ終えると、アテネさんがお兄ちゃんと私に視線を向けた。
「ごめんなさい、紹介するのを忘れていたわね。私の隣にいるのが、医者のリフ・チャル。私のパートナーです」
アテネさんのパートナーってなんだろう?
「同性婚の場合、『パートナー』と言う人が多いんです」
私の様子から、私がわかっていないことに気づいたフォガスさんが、そっとパートナーの意味を教えてくれた。それに小声でお礼を言うと、リフさんを見る。
「はじめまして、リフ・チャルです。よろしくお願いしますね」
柔らかい雰囲気の女性は、アテネさんを見て微笑んだ。
『この世界は同性での結婚が許されているんだな』
うん、実はかなり驚いている。だって、アテネさんは教会に属している護衛騎士で、その彼女が堂々と女性をパートナーだと紹介したから。もしも教会が認めていなければ、彼女の仕事柄、隠すと思う。堂々と紹介したということは、つまり教会は同性結婚を認めているということになる。
「今日の予定ですが、アグス殿とリーナ殿は薬草採取に向かいましょう。ただ、護衛はキーフェから冒険者のルドーク殿に変更となります。チャルト子爵たちと魔石の事をアテネだけで処理させるのは大変ですので。いいでしょうか?」
フォガスさんの問いに、お兄ちゃんと私は頷く。
「では、今から出発の準備をして、終わったらランサの森へ向かいましょうか」
「「はい」」
私たちの返事を聞いたフォガスさんたちは、すぐに出発の準備に取り掛かる。
「テントの片付けを手伝おうか」
「うん」
お兄ちゃんの提案に頷いて、キーフェさんのそばに行く。キーフェさんに声を掛け、彼の指示を受けながら一緒に片付けていく。
「最後まで護衛できずに残念です。また、機会があったら一緒に旅をしましょうね」
テントが片付け終わると、キーフェさんがお兄ちゃんと私を見る。
「はい。ここまでありがとうございました。またお願いします」
「ありがとうございました。また、お願いします」
お兄ちゃんに続いてお礼を言うと、キーフェさんは嬉しそうに微笑んだ。
キーフェさんとアテネさんたちは、準備ができるとすぐに出発した。それを見送ってから、私たちも準備を終え、ランサ森に向かって出発した。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
今日も私はフォガスさんの馬に乗せてもらい、お兄ちゃんは今日からルドークさんの馬に乗せてもらった。お兄ちゃんは、馬の乗り心地が違うのか少し戸惑った表情を浮かべている。
「アグス殿、疲れたら言ってくださいね。馬が変わりましたから、疲れやすいと思いますので」
フォガスさんがお兄ちゃんの様子を見ながら言うと、ルドークさんも心配そうにお兄ちゃんに視線を向けた。
「はい。わかりました。リーナ、大丈夫だよ。少しずつ慣れてきているから」
数十分乗ると、お兄ちゃんもルドークさんの馬に慣れたのか、楽しそうな表情に変わった。それを見たフォガスさんとルドークさんは、ホッとした表情を浮かべた。
『リーナ』
ユウに呼ばれ、そちらに視線を向ける。
『出発の準備をしている時にチャルト子爵たちを見に行ったんだけど、元気だったぞ』
元気? チャルト子爵は大怪我をしたのに?
『特にチャルト子爵は、起きるなり喚いていたぞ。「すぐに仲間が助けに来る。お前らはすぐに後悔することになる」とか。バカだよな。仲間がいることをべらべら喋って』
それは元気というのかな? いや、喚く力があるのだから、元気と言えなくもないのか。
『あと「なぜ悪霊はすぐに答えてくれなかったんだ。答えてくれていれば、俺は力を得る事ができたのに」ってぶつぶつ言ってた』
悪霊か。あの時、チャルト子爵が使おうとした魔法陣に反応したのはユーレイのオルガトだった。やっぱり、この世界ではユーレイは悪霊なのかな? でも……同じユーレイなのにユウはいつも通りだったんだよね。
ユウを見ると、私の視線に気づき首を傾げている。
もしかして、ユウが別の世界に属していたユーレイだから?
『どうしたんだ?』
ユウの問いに小さく首を横に振って、前を向いた。
今日中にランサ森に着きたいから、頑張らないとね。
「休憩しましょうか」
フォガスさんの言葉に、そろそろ体が限界だったのでホッと息を吐く。
お兄ちゃんじゃないけど、この旅が終わったら私も乗馬を習おう。あ~、体がつらい……。
『まぁ、数日馬に乗ったくらいでは慣れないよな。あと少しでランサ森だろうから、頑張れ』
私の周りを自由に飛び回るユウを見る。いつもは思わないけど、今日はちょっと羨ましい。
私も飛べたら、馬の上で苦しむ事もないのになぁ。




