77話 助け出された三人
アテネさんはキーフェさんの説明に驚いた表情を浮かべ、洞窟のほうを見た。
「洞窟の中を見てもいいかしら?」
アテネさんの質問に、私はどうしようかと迷う。洞窟に詳しいオルガトがいなくなったため、洞窟内の危険度がわからない。
「止めておいたほうがいい。洞窟内は、かなり崩れやすくなっていて危険だ」
フォガスさんの説明に、アテネさんは残念そうに頷いた。
「あの……フォガスさん」
「アグス殿、どうしました?」
フォガスさんが不思議そうにお兄ちゃんを見る。
「えっと、チャルト子爵はどうしたんですか?」
あっ、そういえばチャルト子爵は洞窟から連れて来なかったのかな?
「あぁ、すっかり忘れていました」
「「えっ」」
お兄ちゃんと私が驚いた声を上げると、キーフェさんも困った表情をした。
「俺も、言われるまですっかり忘れていました」
「チャルト子爵は四人を襲った犯人ですよね? おそらく洞窟へ近づかせないためだったんでしょうけど」
アテネさんがフォガスさんに聞くと、彼は頷く。
「洞窟に捨ててきてしまったの?」
「捨ててはいないですよ。拾って来なかっただけです」
アテネさんとフォガスさんの会話に、思わず笑ってしまう。
「でも、早く助けないとダメでしたね」
「そうなの?」
フォガスさんの呟きに、アテネさんが首を傾げる。
そうだ。チャルト子爵は大怪我をしているんだった。
「左足が潰れているそうです」
「ちょっと、それは早く助けないと死んでしまうでしょう!」
キーフェさんの説明に、アテネさんが焦った声を出す。
「まぁ、そうなんですが。最悪、死体さえあれば情報は聞き出せると思うと、ね」
えっ、今なんて言ったの?
『今、フォガスから恐ろしい言葉が聞こえた。マジで死体から情報を聞き出せるのかな?』
やっぱり、フォガスさんはそう言ったんだ!
「それは最終手段です。早く助けに行きますよ。他には誰がいるんですか?」
アテネさんが洞窟に向かいながら、フォガスさんたちに聞く。
「情報を持っているチャルト子爵以外は、特に必要ないでしょう。アテネが調べた中で、必要な者がいるなら一緒に助け出しますよ」
フォガスさんの言葉に、アテネさんは少し考え込む。
「チャルト子爵の周辺を調べた中で、気になった者が一人いたわ。生きていたら、一緒に連れて来ましょう」
フォガスさんとアテネさんは、話しながら洞窟内に入って行く。
アテネさん、チャルト子爵の事を調べていたんだ。どうしてだろう?
「あの、キーフェさん。洞窟内の危険な場所は、もうお伝えできないんですけど」
私の話に、キーフェさんは少し不思議そうな表情をした。
「そうなんですか?」
「はい、すみません」
「いえ、大丈夫です。さっきの情報で十分ですから」
キーフェさんは私に微笑むと、洞窟へ視線を向けた。
「ほら、無事に戻って来ましたよ。あれ? 三人を助け出したみたいですね」
キーフェさんの言う通り、アテネさんが一人。フォガスさんが二人を抱えて洞窟から出てきた。
「キーフェ、応急処置をお願いします。洞窟内である程度はしてきましたけど、最低限しかしていませんから」
フォガスさんが洞窟から少し離れた場所に、助けた二人を横たえる。アテネさんも、助けた一人を二人の横に横たえた。
「わかりました。リーナ殿とアグス殿は、ここにいてください」
キーフェさんが助け出された三人のところへ行くと、応急処置を始めた。途中で三人のうちの一人が目覚めたのか、騒ぎ出した。
「くっそぉ、触るな! こんなことをして許されると思うなよ」
「はい、はい。黙って処置を受けましょうね。うるさかったら、黙らせるわよ」
アテネさんは面倒くさそうに言うと、バッグから瓶を取り出して騒いでいる人に見せる。
「これ、使われたいですか?」
「……」
「黙った。あれ、なんだろうね」
お兄ちゃんが、興味津々でアテネさんが持っている瓶を見る。
『あれだけ騒いでいたのに黙るって事は、相当やばい物なんだろうな。護衛騎士って、こっわいなぁ』
ユウも興味津々で、アテネさんの傍に飛んで行くと瓶を見つめた。
三人の処置が終わると、フォガスさんがお兄ちゃんと私のそばに来る。
「すみません、アテネが荷馬車を持ってくるまで三人を見張ることになりました。薬草採取の任務は、その後でもいいでしょうか?」
「もちろんです。リーナもいい?」
「うん」
お兄ちゃんの言葉に頷くと、フォガスさんがホッとした表情を浮かべた。
「では……ここから少し離れた場所にテントを張りましょうか」
フォガスさんと一緒にテントを張れそうな場所を探していると、赤みを帯びたオレンジ色の果実をつけた大木を見つける。
「おいしそう」
『本当だ。ブラッドオレンジに似ているな』
「ダメですよ、リーナ殿。あの果実には毒があります。ここまで綺麗な色が出ているということは、果汁を数滴飲むだけで死んでしまいます」
えっ、そうなの? すっごく綺麗な赤みを帯びたオレンジ色でおいしそうなのに……。
「この木は、ある条件がそろうと果実をつけるのですが……」
フォガスさんは険しい表情で、洞窟があるほうを見る。
『果実をつけるのは良くないみたいだな』
ユウの呟きに、私は小さく頷く。
「この木からは離れたところにテントを張りましょう」
フォガスさんと洞窟周辺を見て回り、彼がお薦めだと言う場所にテントを張ることになった。
「フォガスさん、今日はテント張りを手伝えます」
お兄ちゃんの宣言に、フォガスさんが少し驚いたあと、笑って頷いた。
「わかりました。では、お願いします」
「私も手伝います」
フォガスさんに片手を上げて言うと、彼はさらに笑って頷く。
「では、みんなで頑張りましょう」
『リーナ、手を上げる必要はないと思うぞ』
ユウの呟きに、そっと手を下ろす。
わかっているよ。でも、なんとなく上げちゃったんだもん。
フォガスさんの指示でお兄ちゃんと私はテントを張る。力がいるところはフォガスさんがしてくれたけど、力のいらないところは全部私たちにさせてくれた。
「「できた~」」
『おつかれさま~。テント張りを始めてちゃんと見たけど、大変なんだな』
私も、ここまで大変だとは思わなかった。テレビで有名人がテント張りに挑戦していたけど、もっと簡単そうだったのになぁ。
「おつかれさま。少し休憩をしましょうか」
フォガスさんが、暖かいお茶を入れてくれたので、お兄ちゃんと一緒に飲む。
「ここにいましたか。俺にもお茶をください」
三人でゆっくりお茶を飲んでいると、キーフェさんが来た。
「奴らはどうですか?」
「出血が多かったので、つらそうです。とりあえず、応急処置をしたあとに聖水を飲ませましたから大丈夫でしょう。明日にはアテネが医者を連れて来ますしね」
フォガスさんの問いに、キーフェさんが彼の隣に座りながら答えた。
『聖水? 聖水に怪我を治す力でもあるのかな?』
「聖水には治療する力があるんですか?」
ユウだけじゃなく私も気になったので、つい聞いてしまう。
「聖水には、司教たちの聖なる力が込められています。完全に治す事はできませんが、ある程度は治るんですよ」
「すごい力があるんですね」
キーフェさんの説明にお兄ちゃんが感心した様子で呟く。そんなお兄ちゃんに、キーフェさんもフォガスさんも微笑んだ。




