76話 三人目の護衛騎士
お兄ちゃんが、私の少しそっけない態度に首を傾げる。私はそれを見て、小さくため息を吐いた。
ユーレイと関わる時は、距離を取る事が大切だと聞いた。彼らは、いつか必ず自分のそばから去ってしまうのだから、関わりすぎるとつらくなると。だから、オルガトともあまり仲良くならないようにしていた。でも、彼が急に去ってしまい、まだ一緒にいられると思っていたから、私は困惑してしまったみたい。
お兄ちゃんに当たっちゃった。
『リーナ、大丈夫か?』
ユウが心配そうに私を見つめる。
「お兄ちゃん、ごめん。ちょっと……」
なんて言えばいいんだろう?
「今日は、襲われたりして大変だったから、疲れちゃったのかもしれないね」
お兄ちゃんが私の頭を優しく撫でる。
「ありがとう。フォガスさん、キーフェさん。教会に必要な魔石なら、全て自由に使ってください」
必要としている場所で使ったほうがいいよね。
「全てですか? かなりの量になると思いますが」
フォガスさんの質問に私は頷く。
「はい、全てです。私には必要のない物なので」
教会が必要としている力が込められた魔石なんて、持っていたら狙われそうだよね。だったら、全て押しつけちゃったほうが、私も家族も安全だと思う。
「ありがとうございます。すぐにアルテト司教に連絡を入れますね。取引価格については、魔石の埋蔵量がわかり次第、交渉する事になるでしょう」
フォガスさんの言葉に、私は顔が引きつるのがわかった。
「交渉は難しそうなので、価格とかはお任せしますよ」
『え~、ここはしっかり交渉しないと! 最低価格で取引されたらどうするんだ!』
私は別にそれでもいいんだけどな。お金は必要なものだけど、子供が持つには多すぎるお金は厄介事を招くから。
「大丈夫ですよ。リーナ殿には難しいでしょうから、リグス殿と相談しながら決めますから」
あっ、そうだ。私はまだ五歳なんだから、そんな子供とお金の交渉なんてするはずないよね。
『リグスだったら、しっかり交渉してくれそうだよな』
ユウが満足そうに頷きながら呟く。
「フォガス、こちらに向かって来る者がいる」
キーフェさんの少し緊張した声に、私はお兄ちゃんに身を寄せる。それに気づいたお兄ちゃんが、私の手をギュッと握ってくれた。
『見てくる』
ユウは私の様子を見てから、キーフェさんが見ているほうへ向かって飛んでいく。
『リーナ。男装した女性が来る』
「はっ?」
すぐに戻って来たユウの、思いもよらない言葉に、つい声が漏れる。
というか、男装した女性はこの世界にもいるんだ。
「リーナ?」
お兄ちゃんを見ると、首を傾げて私を見つめている。
「男装した女性が、こっちに来ているんだって」
「えっ?」
すごく驚いた表情のお兄ちゃんを見て「そうなるよね」と思う。でも、フォガスさんとキーフェさんの戸惑った表情を見て、首を傾げた。
「どうしたんですか?」
あっ、もしかしてこの世界では女装とか男装とかダメなのかな? どうしよう、禁忌に分類されている事だったら。
「えっと、男装した女性なんですね?」
キーフェさんの質問に、小さく頷く。一度言ってしまった事は、なかった事にはできないからね。
「そうですか。おそらく、我々の仲間だと思います」
「「えっ!」」
ユウに続き、また思いもよらない言葉に、今度はお兄ちゃんと一緒に少し大きな声が出た。
「仲間なんですか?」
お兄ちゃんが戸惑った表情でキーフェさんを見る。
「まだ姿が見えないので絶対に仲間だとは言えませんが……あぁ、間違いなく彼女は仲間の一人です」
キーフェさんとフォガスさんが、姿を見せた男性に片手を上げて見せた。
「男装? 男性にしか見えないけど……」
姿を見せた男性は、正面から見ただけでは女性だとは全く思えない。でもユウは男装といったし、キーフェさんも彼女といった。
『すごいだろ? どこからどう見ても男性にしか見えないだろ』
うん、彼女の男装の技術はすごいと思う。でも、それを見抜くユウもすごいよね。そもそも、どうして男装だと気づいたんだろう?
「どこを見て男装だとわかったの?」
ユウを見ると、彼は首を傾げる。
『どこっていうか……なんとなく、わかったんだ。あぁ、女性だって』
もしかして勘なの? いや、見た目からは全くわからないのに当てたという事は、ユーレイの特技なの?
「リーナ殿」
「はい」
フォガスさんが、なぜか真剣な表情で私を呼ぶ。
「精霊は彼女の男装をどうやって見抜いたんでしょうか?」
「なんとなく、だそうです」
あまりに真剣に聞くので、私が少し戸惑いながら答えると、キーフェさんがフォガスさんの肩を軽く叩いた。
「フォガス、リーナ殿が怖がっていますよ」
「えっ? あぁ、すみません。すごく気になってしまったものですから」
「いえ、私も気になったのでその気持ちはわかります」
やっぱりフォガスさんも気になるよね。
どんどん近づいてくるフォガスさんたちの仲間に視線を向ける。もう会話ができる距離なんだけど、やっぱり男性にしか見えない。
「なんとなくで男装だってわかるものなのかな?」
お兄ちゃんが傍に来たフォガスさんたちの仲間を見て呟く。
「すみません。少しよろしいでしょうか?」
「「声まで男性!」」
「えっ?」
フォガスさんたちの仲間から発せられた声に、お兄ちゃんとつい声を上げてしまう。だって、完全に男性の声だったから。
「まさか……」
フォガスさんたちの仲間は、私たちの言葉に驚いた表情を見せたあと、フォガスさんとキーフェさんに視線を向けた。
「俺たちが言ったわけではありません」
「では、どうやってわかったのかしら? えっ、もしかして見た目でバレたの? どこか失敗した?」
キーフェさんの説明に、フォガスさんたちの仲間は戸惑った表情で呟きながら自分の姿を確認する。
そのつぶやきが女性の声だったので、ようやく目の前の男性が本当は女性だと実感できた。ただ、見た目は完璧に男性なので、すごい違和感を覚えるけど。
「見た目は大丈夫です。おそらく、リーナ殿以外には見破れないでしょう。それと彼らには、アテネが仲間だと言ったから、自己紹介をお願いします」
フォガスさんの説明に、キーフェさんも頷く。
「わかりました。初めまして、私はアテネ・チャルです。ランカ村に派遣された護衛騎士の一人です。フォガスたちと一緒にお二人を見守る役目があったのですけど、別の任務が入って別行動をしていました。これから、よろしくお願いします」
あっ、三人目の護衛騎士は本当にいたんだ。フォガスさんは護衛騎士が三人いると言ったのに、ずっと二人にしか会えないから、言い間違えたのかと思ってた。
「はじめまして、アグス・ランカです」
「はじめまして、リーナ・ランカです」
お兄ちゃんに続き名前を言って少し頭を下げる。アテネさんは嬉しそうに笑うと、フォガスさんたちに視線を向けた。
「ところで、こんな場所で何をしているの?」
「実は……」
キーフェさんが、私たちに起こった事や洞窟の事、そして魔石の事を話すと、アテネさんは驚いた表情を浮かべた。
「襲われて無事だったのは良かったわ。それに、特級ランクの魔石? それって、教会が探し回っている魔石の事よね?」
完璧な男装だからかな? どんどん、おねぇ言葉の男性に見えてきた。
「違和感がものすごいね」
お兄ちゃんもアテネさんの見た目と声に少し戸惑っているみたい。なんとも言えない表情でアテネさんを見つめていた。




