75話 オルガト、さようなら
『リーナ。左はやっぱり大丈夫そうだ。でも、壁には触らないように言ってくれ』
洞窟内からオルガトの声が響く。
「フォガスさん。左側は大丈夫みたいです。でも触ったらダメみたいです」
「わかりました」
オルガトの声が聞こえると、私は洞窟内に向かって声を上げる。聞こえないと困るから、いつもより大きな声を出しているせいで、ちょっと喉が痛い。
『リーナ、フォガスに右側の穴から洞窟の奥を覗いてみてって言ってくれ。大きな穴には近づくのもダメだ』
「フォガスさん、大きな穴には近づかないでください。あと、右側の穴から洞窟の奥を覗いて欲しいそうです」
「わかりました。えっ、これは……」
フォガスさんの言葉が途切れる。
魔石が見つかったのだろうか?
『なっ! すごいだろう? あれが全部魔石なんだよ! 俺も、ここまで立派な魔石がこんなにたくさんあるとは思わなかった』
オルガトが自信満々に言っているけど、魔石を見ているフォガスさんには聞こえていないんだよね。聞こえている私は、魔石がどんな状態なのかわからないから、返事ができないし。
「フォガス、大丈夫ですか?」
フォガスさんの様子が変わったことに気づいたキーフェさんが、洞窟内に声をかける。
「大丈夫です。魔石を見つけました。俺は魔石についてそれほど詳しくないですが、特級ランクだと思います。それもすごい量です」
『えっ、そんな小さな魔石を持って行くのか? もっと大きな魔石が、もう少し手を伸ばせば届くところにあるのに……。ほらっ、今採った魔石より左の魔石の方が大きさも色もいいぞ。あれ? もう洞窟から出て行くのか? フォガス、待てって!』
フォガスさんがサンプルの魔石を持ってくるみたいだけど、オルガトは気に入らないみたいだね。
「お疲れ様。それが洞窟の奥にあった魔石ですか?」
洞窟から出てきたフォガスさんにキーフェさんが声をかける。そしてフォガスさんが持っている魔石を見て、微かに目を見開いた。
「はい、サンプルに持ってきたんだけど……すごいな」
フォガスさんが持っていた魔石を太陽の光にかざす。
「うわぁ、すごい」
「うん、すごくきれいだね」
お兄ちゃんの言葉に賛同しながら、フォガスさんの手の中でキラキラと虹色の光を放つ魔石に視線を向ける。
「まさか、こんなにきれいな虹色が出るなんて思わなかったです」
フォガスさんの呟きにキーフェさんも頷く。
『そうだろう? まさしく最高級の魔石だ。でも、奥にはもっと大きな物があったぞ。えっと、俺の拳ぐらいだから、10センチメートルくらいの大きさかな?』
「洞窟の奥には10センチメートルくらいの魔石もあるそうですよ」
オルガトが一生懸命説明していることをフォガスさんたちに伝えると、彼らの表情が驚きに変わった。
「10センチメートルくらいですか?」
フォガスさんの問いに、私はオルガトを見つめる。
『そう、それくらい。で、その小さいのと同じくらいきれいな虹色の光を放つはずだ』
「それくらいの大きさで、この小さい魔石と同じくらいきれいな虹色の光を放つはずみたいです」
私の説明を聞いたフォガスさんとキーフェさんが顔を見合わせる。そして二人とも、なんとも言えない表情を浮かべた。
「どうしたんですか? リーナが話した魔石に問題があるんですか?」
お兄ちゃんが不安そうに、フォガスさんたちに聞く。
「素晴らしい魔石が見つかったことは、とても良いことです。ただ、今リーナ殿が話された大きさの特級ランクの魔石は、これまで発見されたことがありません。だから、かなり話題になります。おそらく見つけたリーナ殿の事も一緒に」
「えっ」
キーフェさんの説明を聞いて、つい不満な声が漏れてしまう。だって、すごくイヤなことを聞いたんだもん!
お兄ちゃんが私を見る。
「注目されるのはイヤ?」
お兄ちゃんの質問に無言で何度も頷く。
絶対に、絶対にイヤ!
「そうですよね。リーナ殿でしたら、そうおっしゃると思いました。しかし、特級ランクの魔石は、今とても求められている物です。ですから、黙っていることも我々にはできません。」
困った表情を浮かべるフォガスさんとキーフェさん。
「特級ランクの魔石には、どんな力があるんですか?」
『魔石に込められている魔力が膨大なんだよ。だから、マジックアイテムを長く使えたりするんだ』
オルガトの説明に、フォガスさんが持っている魔石に視線を向ける。
「この虹色の光を放つ特級ランクの魔石には『聖なる力』が込められているんです」
「えっ?」
『えっ?』
私とオルガトは、同時に驚いた声を上げた。
「『聖なる力』ですか?」
お兄ちゃんも驚いた表情でフォガスさんを見る。
「はい。特級ランクで虹色の光を放つ魔石だけなのですが」
オルガトを見ると、なぜか悲しげな表情でフォガスさんが持つ魔石を見つめていた。
『まだ、俺の知らない魔石の真実があったなんて。もっと研究がしたかったなぁ』
小さな呟きにユウがオルガトの肩を軽く叩く。
「実は今、教会は『聖なる力』が不足しているんです。ですので、ここで見つかった魔石はとても助けになります。リーナ殿、この洞窟内にある魔石の採掘を許可していただけませんか?」
キーフェさんのお願いに、私は唖然とした。
「えっと、どうして私の許可が必要なんですか?」
この洞窟は、私の物でもないのにどうして?
「リーナ殿がいてくれたおかげで、魔石を見つける事ができました。ですので、リーナ殿に所有権があります」
キーフェさんの説明に、少し気が遠くなる。
うわぁ、いらない。こんな面倒くさそうな魔石の所有権なんて、絶対に持ちたくない。
『やったぁ、魔石の買い手は教会か。オルガトの話だと、かなりの量があるみたいだし、これでリーナは金持ちだな』
嬉しそうに私の周りをくるくる回るユウを、私は睨みつける。
『なんだよ。金はいくらあってもいいぞ』
確かに、私も「お金はあった方がいい」と思う。でも、この魔石に関わったら面倒に巻き込まれる気がするんだよね。
『リーナ、既に魔石に関わっているからな。だから、いまさら「関わらない方がいい」みたいなムダなことは考えても意味がないぞ』
ユウの言葉に衝撃を受ける。
「もしかして、いまさら?」
『そう、いまさらだろう。リーナからしたらオルガトがいたからだと言いたいだろうけど、オルガトの声はフォガスたちに聞こえない。その声を伝えたリーナがいたから、彼らは魔石を見つける事ができた。ほら、リーナのおかげじゃないか』
ユウの言葉を聞いてオルガトを睨む。
「あっ」
『オルガト!』
オルガトを見て、私は声が漏れ、ユウは慌てた様子で彼の名を呼んだ。
なぜなら、オルガトの周りにうっすらと光が集まってきていたからだ。これは、ユーレイの心残りがなくなり、去って行く前に起こる。
『オルガト、どうして?』
ユウが戸惑った表情でオルガトを見る。オルガトは、私とユウを見て、穏やかな表情で笑った。
『魔石が見つかってホッとしたんだ。俺の長年してきた研究が、本当に正しいのかずっと不安だったから』
オルガトの姿が少しずつ小さな光に変わっていく。
『リーナ、ユウ。俺をこの洞窟に連れて来てくれてありがとう。リーナ、魔石はリーナの物だからな』
スーッと風に乗って小さな光が空中に消えていく。
『リーナ、奴だ』
ユウの視線を追って少し遠くを見れば、翼を持つ馬の姿があった。オルガトを迎えに来たんだろう。
「リーナ? どうしたの?」
お兄ちゃんの不安そうな声にハッとする。
そうだ。ここにはお兄ちゃんとフォガスさんたちがいるんだった。
「なんでもない。魔石については自由にどうぞ」
ユウの言った通り、いまさらだからね。




