72話 悪霊とユーレイ
フォガスさんに言われて隠れてから数分後、ユウが慌てた様子で「フォガスが危ない」と叫びながら飛んで来た。ユウの話を聞きながらフォガスさんのところへ駆けつけると、首に黒い紐をいくつも巻き付けた二人の男と話をしていた。
「声を掛ける?」
お兄ちゃんが小声で私に問う。それにどうしようかと迷っていると、フォガスさんと男たちの会話が聞こえた。その瞬間、「信じちゃダメ!」と叫び、ユウから聞いた情報をそのまま伝えた。
フォガスさんは私とお兄ちゃんの登場に慌てた様子を見せたけど、男たちが何かしようとしたので、私も慌ててしまった。なんとか、フォガスさんは私を信じてくれたみたいで、男たちをあっという間に……。
さすがに目の前で人の首が飛ぶのは怖いね。前の世界では、そんな場面に遭遇したことはなかったから。
二人の男が死んでしばらくすると、遺体の傍に暗い闇が現れた。フォガスさんの質問に答えながら、黒い闇と男たちの様子を見る。
黒い闇がある程度大きくなると、死体の首に巻かれている黒い紐がスルスルと闇に吸い込まれていく。最後の紐が吸い込まれると、男たちの体から魂が出てきた。その魂は、すぐに生前の姿へと変わり、ユーレイとなった。
ユーレイになった男たちの首を見て目を見開く。ユーレイとなった彼らの首に太い縄が巻き付いていた。
暗い闇はユーレイに姿を変えた男たちに向かって無数の手を伸ばす。男たちはそれに気づき悲鳴を上げ逃げようとするが、ユーレイの首に巻かれた太い縄のせいで逃げられず、無数の手に捕まり暗い闇の中へ引きずり込まれた。
私はそっと視線を逸らして、息を吐き出す。ユウは、私と暗い闇を交互に見て、静かに男たちのユーレイが闇に消えていくのを見ていた。
あとで説明が必要だろうな。
暗い闇が消えてホッとしていると、オルガトが「見つけた! あった!」と叫びながら飛んで来る。そして傍まで来ると、「キーフェの入った洞窟が俺の探していた洞窟だ」と言い出した。
フォガスさんにお願いして一緒に洞窟へ来たんだけど……何があったんだろう? 洞窟に入ったところから、人がバタバタと倒れている。
「死んでいるのかな?」
お兄ちゃんを見ると、首を傾げている。
「大丈夫ですよ。催涙弾を使ったので眠っているだけです」
フォガスさんの説明にホッとする。
だって、洞窟に入ってから、すでに一〇人が倒れているんだもん。全員が死んでいたら、ちょっと恐ろしい。
「くそっ。どうしてここにいるはずなのに反応しない!」
急に聞こえた男の怒鳴り声に、体がビクッと震える。お兄ちゃんがそっと私の手を握った。
「大丈夫?」
「うん」
声が聞こえた方へ行くと、キーフェさんがいた。そして彼の前には、縄で縛られた三人の男がいた。彼らに催涙弾は効かなかったみたいだ。
「フォガス? どうして一緒に?」
フォガスさんと一緒に来た私たちを見て、キーフェさんが少し険しい表情を浮かべた。
「リーナ殿が一緒に来たいと言いましたので」
「すみません、ユーレイのせいです」と心の中で呟きながら、小さく頭を下げた。
「ごめんなさい」
「いえ、大丈夫です。でも、フォガスのそばから離れないで下さいね」
「「はい」」
お兄ちゃんが私と一緒に頷く。お兄ちゃんは、私の我儘に付き合ってくれているだけなのに。この依頼が終わったら、お兄ちゃんに何かプレゼントしよう。
「くそっ! くそっ!」
悔しそうに呟くキーフェさんの真ん前にいる男を見る。
『チャルト・オートス・タンリガ子爵だな』
ユウの言葉に頷く。殴られたのか、彼の頬が赤く腫れていた。
『グッ』
小さな音に視線を向けると、オルガトが胸を押さえて苦しんでいた。
「えっ?」
『オルガト? どうした?』
ユウがオルガトに近づこうとすると、洞窟の地面と天井が黒く光った。
「まさか! 成功か!」
洞窟の変化に、チャルト子爵がうれしそうに声を上げる
「あはははっ。成功だ! ここだ! 契約するから早く姿を見せろ!」
チャルト子爵の叫び声に、フォガスさんとキーフェさんは戸惑った表情を浮かべている。どうやら、チャルト子爵が何をしようとしているのかわからないみたいだ。
「くそっ。この縄を解け!」
チャルト子爵は自分の手首を縛っている縄に噛みついた。
その間にも、地面と天井の黒い光は増えていき、何かを描き出す。
『あぁぁぁああああああ』
地面と天井に描かれているものがはっきり見え始めると、オルガトの苦しみがさらに激しくなった。
「ユウ。どうしよう」
私の呟きに、お兄ちゃんが視線を向ける。
『これのせいか? どうしたらいいんだ!』
ユウは焦って、黒い光の周りをうろうろと飛び回る。私は、地面と天井を交互に見て、ただ戸惑う。その間にも、オルガトの苦しそうな声が洞窟内に響く。
「早く! 早く力を寄こせ!」
チャルト子爵の声に苛立つ。
「おい、これはなんだ!」
フォガスさんが、今まで聞いたことのない口調でチャルト子爵を問い詰める。
「あはははっ。もう、止められん。俺は力を得て、全てを手に入れる!」
でもチャルト子爵は余裕の笑みを見せた。
『リーナ、オルガトが!』
ユウの焦った声に、慌ててオルガトを見る。
「何……」
地面と天井の魔法陣から黒い煙が出てくると、オルガトを包み込み始める。その煙はどんどん濃くなり、オルガトの姿を隠していく。
「ダメ!」
苦しそうなオルガトの姿を見て、魔法陣に足を踏み入れ、彼に手を伸ばす。
「「リーナ殿」」
フォガスさんとキーフェさんの焦った声。傍にいたお兄ちゃんが私の腕を掴む。ユウも慌てた様子で、オルガトに伸ばした私の手を掴んだ。
バキバキバキッ。
何かが割れる音に、体が硬直する。
「何? えっ? なぜ?」
チャルト子爵の困惑した声が聞こえた。
『あれ?』
黒い煙に包まれたオルガトが、不思議そうな声を出した。そして、スーッと黒い煙が消えていく。
「大丈夫? 苦しくない?」
私の問いに、オルガトは安堵した表情で頷いた。
『うん、大丈夫みたいだ』
良かった。
「リーナ!」
お兄ちゃんの声が聞こえ振り返ると、真っ青な顔色をしたお兄ちゃんが私の腕を掴んでいた。
あっ……。
「ごめん。もう大丈夫。お兄ちゃん、心配かけてごめん」
冷たくなったお兄ちゃんの手を両手で包み込むと、何度も謝る。その様子を見たお兄ちゃんが、ホッとした表情を見せてくれた。
「もう、無茶をしないでよ」
「ごめん。とっさに……」
何か深く考えたわけじゃなく、ただ無意識に手を伸ばしてしまった。いい方向に転んだから良かったけど、最悪の結果を招いたかもしれないよね。
「これからは気を付けるね。お兄ちゃん」
「うん。絶対にそうして」
『オルガト、何があったんだ?』
ユウがオルガトに近づき、反応のしなくなった魔法陣を見る。
『わからない。洞窟に入った瞬間、体が勝手にここに移動して、あとはずっと苦しかった』
「なぜだ? 何を間違えた? ちゃんと生贄を捧げた、あとは悪霊を手に入れるだけだったはずなのに」
えっ、悪霊?
チャルト子爵の呟きに、地面に描かれた魔法陣を見る。
もしかして、この魔法陣は悪霊を手に入れるためのものなの? でも、反応したのはオルガトで悪霊じゃない。いや、この世界でユーレイと悪霊が同じ存在なら……。
「なるほど、そういう事ですか」
フォガスさんの冷たい声が聞こえ視線を向ける。
「あなたは、異端者ですね」




