71話 洞窟へ
―護衛騎士フォガス視点―
リーナ殿とアグス殿には少し離れたところに隠れてもらい、俺とキーフェで洞窟へ向かう。
「助けてくれたな」
キーフェが洞窟の出入り口が見える場所まで来ると小声で話す。
「んっ?」
「さっきだよ。リーナ殿と……」
キーフェが左右に視線を向けてから俺を見る。
「いると思うか?」
「俺にわかるわけないだろう」
俺には精霊の姿が見えないのだから。俺の返答に、キーフェが肩を竦める。
「そうだけどさ。さっきの様子から話すくらいは許されるかな?」
「それくらいなら、許されるかもしれないな」
少し不安に思いながら、キーフェに答える。
教会と教会関係者を避ける精霊がいる。そのため、教会関係者は「精霊」という言葉をほとんど口に出さない。もし周りに精霊がいて、気分を害してしまってはいけないからだ。
でも、さっきはリーナ殿を通して俺たちを助けてくれた。だから、話をするくらいなら許してくれるかもしれない。
「精霊たちのすごさを、さっき感じたよ」
キーフェが感心した様子でそう言うと、身をかがめた。少し先には洞窟があり、見張り役だろう二人の男の姿もあった。
「そうだな」
敵の行動があれほど筒抜けになるなんて。あの時、精霊からの情報がなければ、俺かキーフェのどちらかが大怪我を負っていただろう。
キーフェと同じように身をかがめながら、周辺を見回す。
「奴ら以外はいないな」
「あぁ、待て。洞窟の中から男が出て来たぞ」
もう少し洞窟が見えやすい位置に移動しながら、見張り役の二人と話している男を見る。
「出てきた男は、護衛と違うようだな」
キーフェの言葉に頷きながら、三人の男たちを窺う。見張り役だろう二人は、体格が良く冒険者の格好をしていた。
あれっ? 俺たちを襲ってきた奴らとは格好が違うな。もしかしたら、雇われた冒険者か? まぁ、襲ってきた場合は容赦はしないが。
そして洞窟から出てきた男。彼は、貴族が好む格好をしている。ただ、服に貴族達が施す装飾がない。彼は、貴族に仕えている平民かもしれないな。
男たちは、俺たちが来た方を見て険しい表情を浮かべた。そして、洞窟から出てきた男は、見張り役の二人に何か言うと戻って行った。
「どうする?」
キーフェに問うと、彼はハッとした表情を浮かべた。
「あっ、あれを持って来ていたんだった」
キーフェが鞄から、見覚えのある道具を取り出して俺に見せる。
「これを使おうか」
「そうだな。洞窟の奥がどれだけ深いのかわからないが、役に立つだろう」
キーフェが取り出した物は催涙弾。洞窟が広い場合は奥まで催涙弾の煙が届かない可能性があるが、洞窟や建物内を制圧する時には役に立つ。
「フォガス、見張り役の注意を逸らしてくれ」
「わかった」
隠れていた場所から移動して、洞窟の出入り口に近づくと、わざと姿を見せたあと慌てた様子で洞窟から離れた。
「誰だ! 止まれ!」
チラッと振り返ると、見張り役の二人が武器を手に俺を追って来ていた。
「ダメだろう。一人は、洞窟にいる奴らに不審者が出たことを伝えないと」
見張り役の行動に少し呆れながら、速度を少し緩めた。追って来る彼らの足が、俺が思ったほど速くなかったためだ。
「格好は冒険者だけど、もしかしたら違うのか?」
少し疑問に思いながら、洞窟からある程度離れたところで足を止めた。
「はぁ、はぁ。お前は誰だ!」
息が上がっている二人を見て、ため息が出る。俺の行動に気づいた二人が目を吊り上げるが、正直もっと呆れた。
「この格好を見てわからないのか?」
俺は二人の前で両手を広げて、着ている服を見やすいようにする。二人のうち、右側にいた男が何かに気づいたのか、そっと足を後ろに下げる。
「逃げるなよ」
俺の言葉に、ビクッとする男。もう一人の男は、仲間の態度に首を傾げた。
「どうしたんだ?」
「バカ! あの服! 教会の護衛騎士だ!」
「えっ?」
説明を聞いた男が、俺に視線を向ける。そして服を確かめたのだろう、一気に青くなった。
「あの洞窟には何がある?」
「俺たちは知らない! ただ、雇われただけなんだ。あの場所に近づく者がいたら、追い払えって」
俺の質問に、少し震えながら右側の男が答える。仲間の男も、その説明に何度も小さく頷いている。
「どうやって追い払うんだ?」
彼らが視線を合わせたので、俺は警戒を強める。
「別に追い払えとしか言われていない」
彼らは本気で怯えているように見えるけど……。
「信じちゃダメ! 殺せって。ポケットに入っている毒を使えば、教会の護衛騎士でもひとたまりもないから大丈夫だって」
聞こえて来た声の方を見ると、木の後ろから顔を出しているリーナ殿がいた。
「どうして!」
「気を付けて!」
焦ってリーナ殿に駆け寄ろうとしたが、彼女の言葉に足を止めて男たちを見た。男たちは「ちっ」と舌打ちをすると、左側の男がポケットから何かを取り出そうとした。
ヒュッ、グサッ。
「うわっ」
リーナ殿が「気を付けて」と言った以上、危ない物だろう。という判断をして、左側の男の手に向かって小型ナイフを投げる。
ナイフが刺さった手から、小瓶が地面に転がる。右側にいる男は小瓶が転がるのを見て、仲間から一気に距離を取った。その行動を見て、自分の判断が正しかったとわかる。
「えっ、ちょっ。待て――」
リーナ殿と、彼女を守るようにそばにいるアグス殿をこれ以上危険に晒さないため、男たちに一気に詰め寄り、その首を切り落とす。
後ろから小さな悲鳴が聞こえ、慌てて振り返ると、リーナ殿が自分の手で目元を隠していた。
「あっ」
足元に転がる二人の遺体を見る。
首を切り落としたのは、ダメだったか。しかし、これが確実なんだけど……。
「リーナ殿、アグス殿。どうしてこちらに?」
気持ちを切り替えて、リーナ殿とアグス殿の傍に駆け寄る。
「キーフェさんの方は大丈夫だけど、フォガスさんの方が危ないって聞いたので」
リーナ殿はそう言うと、空中へと視線を向ける。その視線を追うが、俺に精霊は見えない。それを少しだけ残念に思いながら、リーナ殿に頭を下げる。
「助けていただき、ありがとうございます。そして、危険な場所に来させてしまって申し訳ありません」
俺の感謝と謝罪に、リーナ殿は慌てた様子で両手を俺の前で左右に振る。
「謝らないで下さい。そもそも、ここに来たいと言ったのは私なので。巻き込んでしまってごめんなさい」
「リーナ」
落ち込むリーナ殿に寄り添うアグス殿。
本当にいい兄妹だな。
「俺は、リーナ殿とアグス殿と一緒にここへ来られた事を嬉しく思っています」
俺の言ったことに、リーナ殿もアグス殿も不思議そうな表情を浮かべる。
「えっ!」
急にリーナ殿が驚いた声を上げた。そして、空中を見ると「あそこが?」と呟いた。
リーナ殿の態度を不思議に思いながら、洞窟の方へ視線を向ける。
「キーフェの方は大丈夫」とリーナ殿が言っていたが、そろそろ合流した方がいいだろう。
「そろそろ洞窟へ――」
「あの……一緒に洞窟へ行ってもいいでしょうか?」
なぜかリーナ殿は片手を上げて、そう言うと俺を見た。アグス殿は、少し困った表情をしているけれど反対はしないみたいだ。
「えっと」
洞窟の中がどうなっているのかわからないため返事に困っていると、もう一度リーナ殿に「お願いします」と言われてしまう。
「わかりました。俺の後ろにいて下さい」
「はい」
もし、彼女たちに危険が迫れば精霊が助けるはず。だから大丈夫だろう。




