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私を殺したユーレイは今日もやかましい  作者: ほのぼのる500
ユーレイと魔法と黒い紐
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70話 地獄からの招待状

「リーナ殿、アグス殿、伏せて下さい」


 フォガスさんの指示で馬にしがみつくように体を倒した直後、ヒュッという音が微かに聞こえた。


 バキッ。

 バキッ。

 バキッ。


 何かが折れる音に、体がビクッと震える。


「キーフェ!」


「大丈夫だ」


 もしかしてキーフェさんが飛んできた矢を落としたのかな?


『次がくるぞ!』


「次がきます!」


 オルガトの声が聞こえた瞬間、私は叫ぶ。


『ちょっとあいつらのところに行って、話している内容を聞いて来るよ』


 前方の方に飛んでいくユウをチラッと見る。


 バキッ。

 バキッ。

 バキッ。


『あいつら、かなり苛立っているみたいだ。あっ、二人が剣を持ってこっちに向かって来るぞ。一人はそのまま弓で狙うみたいだ』


「二人が剣を持ってこっちに! 一人はそのまま弓です」


 恐怖で混乱しながら、なんとかオルガトの言葉を伝える。


「リーナ殿、ありがとうございます」


 フォガスさんは、私の頭を優しく撫でてから馬を降りた。


「キーフェは矢を頼む」


「わかった」


『リーナ。こいつら、この奥に行かせたくないみたいだ。ここで殺して、絶対に奥に行かせるなって言ってる』


 ユウが戻ってくると、私の傍に来る。


 えっ、奥に何かあるって事?


『ユウ、奥に行けるだけ行って調べて来い! 俺は、奴らの動きをリーナに伝える』


『わかった。リーナ、頑張れ!』


 頑張れと言われても……。


『あっ、前方からも二人来る!』


「フォガスさん、前方から二人来ます!」


 オルガトの声が聞こえると、反射的に叫ぶ。


 怖い。ちゃんと伝えられているのかな? もう、自分が何を言っているのかよくわからない。苦しい。


「リーナ殿、落ち着いて下さい、ゆっくり深呼吸を。大丈夫です、俺たちは強いですから」


 フォガスさんの落ち着いた声に頷くと、ゆっくり深呼吸を繰り返す。


「はい」


「リーナ」


 お兄ちゃんの声のほうへ視線を向けると、お兄ちゃんが私が乗っている馬の傍にいた。


「お兄ちゃん」


 私がお兄ちゃんに手を伸ばすと、ギュッと握ってくれた。


「大丈夫。大丈夫」


 お兄ちゃんも怖いのだろう。手が震えている。それでも、お兄ちゃんは私を見て無理矢理笑って見せた。


「リーナ、大丈夫だから」


「うん」


 しっかりしなきゃ。オルガトの言葉を伝えられるのは私だけなんだから。


 複数の足音が聞こえ、視線を向けると、布で口元を隠した男たちがフォガスさんを襲っていた。とっさに顔をそむける。


「誰の指示ですか?」


「うるさい。死ね~」


 剣同士がぶつかる音に、男たちの怒鳴り声と矢を落とす音。そして、血の匂い。


 頭がくらくらしてくる。


『リーナ! フォガスが木の後ろに隠れている奴に気づいていない! 一人だ!』


「木の後ろに一人隠れてます!」


「あっ、どうしてわかった?」


 フォガスさんとは違う男の戸惑った声が聞こえた。


「あのガキを先に、うわぁ」


 男が私に気づいたことがわかり、震えがひどくなる。でも次に聞こえた男の呻き声に、体は震えたままだけどホッとした。


「あっちを始末して来る」


 キーフェさんはそう言うと、馬を走らせた。少しすると男の叫び声が聞こえ、そのあと静かになった。


 あれ? さっきまでしていた音がしない。


「リーナ殿、アグス殿、もう大丈夫です。怪我はないですか?」


 フォガスさんの落ち着いた声に、そっと視線を彼に向ける。


「はい、大丈夫です」


 お兄ちゃんが私の手をギュッと強く握って、フォガスさんに答える。


「リーナ殿は?」


 心配そうに声を掛けてくるフォガスさんの後ろに、血を大量に流している男の姿が見えた。そこから視線を逸らすと、フォガスさんを見て頷く。


「大丈夫です」


『リーナ。奥に洞窟があって、その中にあの男がいた。それとあの洞窟、気持ちいいのに気持ち悪い感じがした』


 ユウが慌てて戻ってくる。


「あの男? 気持ちが良いのに気持ちが悪い?」


 ユウの言った言葉を呟きながら、首を傾げた。


「リーナ、あの男って誰?」


 お兄ちゃんの言葉にハッとする。


 あっ、声に出てたの?


「えっと……」


 もう、いいか。お兄ちゃんとフォガスさんに隠す必要はないし。


「あの男って誰?」


 でも、名前は言わないように気を付けよう。名前は重要なものだから。


 私がユウに聞くと、お兄ちゃんが少し驚いた表情を浮かべた。


『チャルト・オートス・タンリガ子爵、あの紐男だよ』


「紐男」


「えっ、紐男?」


 私の呟きに、フォガスさんが不思議そうな表情を浮かべる。


「えっと、違います。チャルスーー」


『リーナ、違う、チャルト』


 あれ、違った?


「チャルト……」


 ウソ、思い出せない。


『オートス・タンリガ子爵』


「オートス・タンリガ子爵です」


 笑いながら教えてくれるユウに、ちょっと恥ずかしい気持ちになる。


「アーオス伯爵家の当主補佐ですね。たしか、用事があってランカ村に滞在すると言っていましたが……」


 その用事が、この奥にある洞窟? そういえば、奥に洞窟があることは伝えたかな?


「フォガス、向こうの奴は身分証明になるような物は何一つ持っていませんでした。こっちはどうでしたか?」


 キーフェさんが戻って来ると、フォガスさんの傍に馬を寄せる。


「こちらはまだ調べていません。でもアーオス伯爵家の当主補佐のチャルト・オートス・タンリガ子爵が関わっているみたいです」


 フォガスさんの言葉に、キーフェさんが顔を歪める。


「彼ですか。遠目から見た時、少し嫌な印象を受けたんですよね」


 二人の会話を聞きながら、洞窟のことをいつ話そうか考える。話の邪魔をしてはダメだし、でも、必要な情報だろうし。


『リーナ、洞窟のことを伝えないのか?』


 ユウが私の傍で、不思議そうな表情をする。


「わかっているけど……」


「どうしたの?」


 私の様子がおかしいことに気づいたお兄ちゃんが、心配そうに私を見上げる。


「この奥に洞窟があって、そこにいるみたいなの」


 私が小さく呟くと、お兄ちゃんがフォガスさんたちを見る。


「それは内緒にしないとダメなの?」


「違うけど……」


 私を見て優しげに微笑んだお兄ちゃんは、フォガスさんたちのほうを向いた。


「あの、問題の男はこの奥にある洞窟にいるみたいです」


 神妙な表情で話をしていたフォガスさんたちが、話を中断してお兄ちゃんと私を見る。


「わかりました、ありがとうございます」


 フォガスさんが優しげに微笑んで言うと、私はホッとして体から力が抜けた。


 というか、私だけまだ馬上だ。気づいたらキーフェさんも馬から降りていた。


 馬から降りようと、馬上から下を見る。……ムリだね。

 

「高すぎる」


『うがぁぁぁぁああああああ』


「ひっ」


 不意に聞こえた叫び声に、体がビクッとする。


「えっ?」


 落ちる!


「リーナ!」


「リーナ殿!」


 馬から落ちそうになったところを、フォガスさんが抱き上げた。私は、落ちそうになった恐怖から、フォガスさんの首に腕を回してギュッとしがみつく。


「良かった」


 お兄ちゃんの安堵した声が聞こえる。


『なんだ、あれ?』


 ユウの呟きが気になり、彼の視線の先を見る。


「っつ」


 見えた光景に息を呑む。


 一人のユーレイが、暗い闇の中から出た無数の腕に捕まれ、その暗い闇に引きずり込まれそうになっていた。


『リーナ、あれ何? 俺もいつか、連れて行かれるのか?』


 恐怖に顔を歪めたオルガトが叫ぶ。

 

「大丈夫」


「えっ? リーナ殿?」


 ユーレイの姿が暗い闇の中に消えると、暗い闇はスーッと消えていった。


 暗い闇に飲み込まれたユーレイには見覚えがある。首に黒い紐を巻きつけた、チャルトって人の護衛だったはずだ。


「リーナ殿? どうかしましたか?」


「いえ、なんでもありません」


 今の現象は、お兄ちゃんにもフォガスさんたちにも見えていない。だから言わない。


 でもあの黒い紐が、鎖だったなんて……。


 鎖とは、地獄からの、決して逃れることができない招待状。他者を、心理的にも物理的にもたくさん殺すと、地獄から届く。前の世界では、魂になって初めて見えるものが、まさかこっちでは生者の時にも見えるなんて思わなかった。


 そういえば、さっきのユーレイより、チャルトって人の方が黒い紐は多かったな。あの人、一体どれだけの人を殺してきたのだろう?


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