67話 四日後に出発
「リーナ、大丈夫?」
お兄ちゃんが心配そうな表情で私を見つめる。
「大丈夫だよ」
私は自分の魔力が増えていることに気づいていないせいか、どこか他人事のように感じてしまう。でも、これってしっかり考えないとダメなんだよね。ただ、考えたところでどうなの?
「私にできることって何かあるのかな?」
「それは……」
あっ、今、もしかして声に出てた?
私の呟きを聞いたフォガスさんが、心配そうな表情を浮かべた。そのフォガスさんの変化に気づいたお兄ちゃんが、不安そうな様子を見せる。
「少し時間をいただけませんか? 俺の知り合いが魔塔に勤めているんです。彼女に魔力量が増え続けた場合の対処法を問い合わせてみます。魔力や魔法について詳しいので、解決方法を知っているかもしれません」
自分のことをまったく知らない人に、私の今の状態を知られてしまうんだよね。いろいろ隠し事がある私にとっては、ちょっと不安だな。
「リーナ。聞いてもらおう?」
お兄ちゃんの不安そうな表情を見て、私はフォガスさんに視線を向けて頷いた。
心から心配しているお兄ちゃんを安心させたい。それに、お父さんやお母さんも、この話を聞いたらきっと悲しむと思う。特にお父さんは、魔法が使えないのは呪いの影響なのかもしれないと思っているから。
「わかりました。すぐに手紙を送っておきます」
「あのフォガスさん。リーナだけど、すぐに問題が起こる事はないんですか?」
お兄ちゃんの真剣な表情を見て、フォガスさんは安心させるように微笑んだ。
「それは大丈夫です。すぐに何かが起こる事はありません。それに、魔力が今の状態で落ち着く可能性もありますから」
「そうですか」
お兄ちゃんはホッとした様子を見せたけれど、その可能性にはあまり期待しないほうがいいと思う。だって、その可能性が大きいなら、最初から話してくれると思うから。
「あの、話を元に戻しませんか?」
このまま私の魔力について話していても、お兄ちゃんの不安を煽るだけになってしまうと思う。だから今は、ランサ森へ行く日について話そう。
「そうですね。わかりました」
フォガスさんは、胸元から白い小さなノートのような物を出すと、開いた。そして、少し考え込むとお兄ちゃんと私を見た。
「来週の頭、学校が休みの日にランサ森へ向かって出発しましょうか」
今週はあと四日。その間に、旅の準備を済ませておかないといけないんだね。
「わかりました。それでお願いします」
お兄ちゃんが了承すると、フォガスさんは白い小さなノートに何かを書き込んだ。
『これ手帳だ。しかもこれ、魔法が掛かっているみたいだぞ』
ユウは興味津々で、フォガスさんの後ろから手帳を覗き込んだ。その行動に、私は小さくため息を吐く。
「どうしたの?」
私の様子に気づいたお兄ちゃんが、私を見る。
「準備がちょっと不安で」
この世界の旅って、何が必要なんだろう?
「お父さんとお母さんに聞きながら準備をしたら大丈夫だよ」
「そうだね。あのさ……」
「んっ?」
お兄ちゃんが不思議そうに私を見つめる。
「お父さんもお母さんも、勝手に依頼を受けたりして怒らないかな?」
「それは大丈夫だと思うよ。冒険者になる事を薦めたのは、お父さんたちなんだから」
それはそうなんだけど。
「ランサ森への薬草採取だとしても?」
もっと簡単な依頼にしてほしいと言われそう。
「冒険者登録は五歳からなんだけど、五歳が受けられる依頼は大掃除、後片付け、それに薬草採取だけだろう?」
えっ、そんなルールがあるの?
『冒険者登録する時に見た書類に、そんなルールが書いてあったな』
ウソ! 読んだ記憶ないけど、そんな事を書いてあった?
『リーナ、もしかして読んでいないのか?』
ユウの問いかけに小さく頷くと、彼は呆れた表情を浮かべた。
あのユウに、呆れられるなんて。なんだか、今回は自分のせいだとわかっているのに、すっごくイラっとする。
「この三つは、家でするお手伝いの範囲だよね」
うん、そうだね。大掃除と後片付け、それに薬草採取はお母さんに教わりながらやったことがあるみたい。本当のリーナが、楽しそうにお手伝いしている記憶がある。
『七歳児までの依頼は安全面から『お手伝いでやる範囲』と冒険者ギルドのルールで決まっているからな』
『そうなのか?』
オルガトの呟きに、ユウが視線を向ける。
『冒険者ギルドのルールが、昔と変わっていなければ』
「だから、薬草採取の依頼を受けたからといって怒ったりしないよ。ちょっと今回は、場所が遠いから驚くかもしれないけど」
お兄ちゃん、それが一番問題では?
「冒険者ギルドの職員が止めなかったという事は、リーナや俺が安全に実行できると判断したんだよ。ムリだと思ったら、依頼は受けられないから」
「そうなの?」
「そうですよね?」
お兄ちゃんが、私たちの様子を見ていたフォガスさんに視線を向ける。
「はい。冒険者ギルドの職員は仕事依頼を受けると、依頼内容に問題がないか審査してから受理か不受理の判断をします。そして冒険者が依頼を受けようとした時も、冒険者が依頼を安全に実行できるか判断します。リーナ殿が依頼を受けられたという事は、冒険者ギルドが『大丈夫』と認めたからです」
「そうなんですね」
ランサ森から聞こえる魔獣の声は問題ないという事か。
「リーナ、そろそろ帰ろうか」
お兄ちゃんが、窓の外を眺めながら言った。
「そうだね」
もう夕方なんだ。話をしていて気づかなかったな。
「今日は家まで付いて行っていいですか? 一緒にランサ森へ行く事をお伝えしたいので」
「はい。お願いします」
フォガスさんはお兄ちゃんの返事を聞いて、嬉しそうに微笑んだ。
ソファから立ち上がり、冒険者ギルドの出入り口に向かうと、お兄ちゃんと同じ年頃の子たちとすれ違った。
「あっ、ない! ほら、早く来なかったからランサ森の依頼、取られちゃったじゃない!」
聞こえて来た言葉に、お兄ちゃんと顔を見合わせる。そして、二人でそっと笑い合った。
「「ただいま」」
家に着くと、いつもより少しだけ遅い時間になっていた。
「おかえりなさい。あらっ、フォガスさんが一緒だったのね」
玄関に出てきたお母さんが、フォガスさんを見て小さく頭を下げた。
「えっ。フォガスさん?」
濡れた頭を拭きながらお父さんが玄関に出てくる。そして、フォガスさんを見てから、私たちに視線を向けた。
「こんばんは。今日は話があって来ました」
フォガスさんが真剣な表情で、お父さんとお母さんを見る。
「わかりました。どうぞ」
フォガスさんの態度に、お父さんは少し困った表情を浮かべたけど、すぐに家へ上がるように促した。
リビングにあるソファへお父さんとお母さんが座り、その対面にフォガスさんが座る。
「それでお話とは」
お父さんが聞くと、フォガスさんがお兄ちゃんと私に視線を向けた。その視線を受けたお兄ちゃんが「ランサ森に生える薬草『ロキッソ』の採取」依頼を受けたと伝えた。
「えっ、ランサ森?」
「そうか」
お母さんは少し驚いた表情を見せたけど、お父さんはなぜか納得した様子で頷いた。
「ランサ森へは、俺とキーフェが一緒に行きます。今日は、その事を伝えに来ました」
「それでしたら安心ですね。どうぞ、子どもたちをよろしくお願いいたします」
お父さんは、フォガスさんに向かって深々と頭を下げた。
『そういえば、フォガスにランサ森の事を聞いたのはリグスだったな』
あっ、そうだった。お父さんは、私がランサ森へ行こうとしていると知っていたんだったね。




