65話 二つ目の仕事が決定
学校が終わると、お兄ちゃんは私を気にしながら魔法の練習へと向かった。「絶対に一緒に行くからな」と、何度も言いながら。
「うわぁ、教会の庭がきれいになってる」
前に教会へ来たときは、枯れた木や花ばかりが目立っていたのに、今ではきれいな花が咲き誇っている。
『池まであるな』
「えっ、どこ?」
オルガトの視線を追うと、庭の奥に本当に池があった。
『この庭、こんなに広かったんだな』
ユウのつぶやきに、思わずうなずいた。
本当に広いよね。
前回来た時は、枯れた木々と花ばかりだった。そして、あちこちに置かれていた木材や石材、それに様々な道具で庭の広さがわからなかった。でも今日は、教会の門から庭全体が見渡すことができて、とても広いとすぐにわかった。
「リーナ殿、いらっしゃい」
私を呼ぶ声に視線を向けると、教会からフォガスさんが出てきた。
「フォガスさん、こんにちは」
「こんにちは。キーフェから話は聞いています。こちらへどうぞ」
フォガスさんに案内されて庭の奥に向かうと、ガゼボがあり、そこにはお茶が用意されていた。
「わざわざご用意いただいたみたいで、すみません」
私が謝ると、フォガスさんが首を横に振る。
「俺が勝手に用意しただけですから、気にしないでください」
そう言われても、ちょっと気になっちゃうよね。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ガゼボに置かれた椅子に腰かけると、フォガスさんがお茶を淹れてくれた。
「キーフェは少し出掛けていますので、話は俺が聞く事になりました」
「わかりました」
お茶を一口飲むと、優しい甘さが口の中に広がった。思わず首を傾げる。
「甘い?」
「この茶葉は、淹れ方によって甘さが出るんです。俺の好きなお茶なんですが、大丈夫ですか?」
「はい。私も好きな味です」
香りも良くて、甘さもちょうどいい。このお茶、いいな。
『リーナ! リーナ! ランサ森の事を言わないと! ほらっ。早く!』
このやかましさがなければ、もっといいのになぁ。
「はぁ」
小さくため息を吐いて、チラッと私のそばで声をあげているオルガトに視線を向ける。
「はぁ」
もう一度ため息を吐いて、フォガスさんのほうを見た。
「あの、ランサ森に生える薬草の採取依頼が冒険者ギルドに出ていたので受けたいんですが、一緒に行ってもらえるでしょうか?」
私のお願いを聞いたフォガスさんは、少し驚いた表情を見せた。その傍で、オルガトが両手を組んで祈るようにフォガスさんを見ている。
「薬草の採取?」
あっ、フォガスさんは精霊のお願いで、私がランサ森へ行くと思っているんだった。これは、言い方を変えたほうが分かりやすいかもしれない。
「はい。ランサ森へ行くので、ついでに依頼を受けようかと思いまして」
「あぁ、そういうことでしたか。わかりました。一緒に行きましょう」
フォガスさんの言葉に、両手を上げて喜ぶオルガト。
「ありがとうございます。ただ、ランサ森にいる魔獣の様子が少しおかしいと聞いたのですが、大丈夫でしょうか?」
中止と言ってほしいけどムリだろうな。
「大丈夫ですよ。俺とキーフェがしっかり守りますので、安心してください」
やっぱり。
フォガスさんとキーフェさんに、ランサ森へ行くかどうか判断を任せるのはいい案だと思った。でも二人とも護衛騎士。よく考えれば、答えは予想できるよね。魔獣の様子が変だといっても、鳴き声が違うだけなんだから。
「はい。ありがとうございます」
仕方ない、覚悟を決めよう。
「ランサ森へは、アグス殿も一緒ですか?」
「はい、そうです」
少し冷めたお茶を口にする。
このお茶は、冷めてもおいしいな。あとで、どんな茶葉を使ったのか聞いてみよう。
「わかりました。依頼内容は確認しましたか?」
「フォガスさん達に話をしてから見に行こうと思っていたのでまだです」
「そうですか。では、これから一緒に確認に行きましょうか」
えっ、これから?
「薬草採取の依頼料は他より高めなので、早くしないと取られますよ」
「そうなんですか?」
フォガスさんの説明に、慌てて席を立つ。
「はい、そうなんです。では、取られる前に依頼を受けに行きましょうか」
「はい」
フォガスさんと一緒に冒険者ギルドへ向かう。そして冒険者ギルドに着くと、急いで掲示板を見た。
『リーナ、これ! これ!』
オルガトが掲示板にピン留めされた一枚を指す。
「これですか?」
私の視線の先を見たフォガスさんが、掲示板から一枚の紙を取る。そして内容を確認してうなずくと、それを私に差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
依頼表を受け取ると、内容を確認する。
「ランサ森に生える薬草『ロキッソ』の採取。最低一〇〇本から」
えっ、一〇〇本? これは、ちょっと大変なのでは?
「ロキッソは、密集して咲く花ですから一〇〇本くらいならすぐに終わりますね」
そうなんだ。ロキッソ……あぁ、思い出した。カモミールみたいな花を咲かせる薬草で、風邪薬として使うんだよね。
「リーナ殿、期日は大丈夫ですか?」
そうだ、期日はしっかり確認しないと。
「『一〇月末まで』みたいです。寒さが酷くなる前に必要みたいですね」
一〇月末までなら、あと一ヶ月はある。この間に、ランサ森へ行って薬草の採取をすればいいんだよね。
「この依頼、受けてきます」
依頼表を持って冒険者ギルドのカウンターへ向かう。
「これをお願いします」
「はい。確認いたします」
冒険者ギルドの職員が依頼表を見ると、少しの間、席を離れた。
「失礼いたします。薬草採取の依頼は初めてですよね?」
「はい」
冒険者ギルドの職員が、カウンターに五種類の花を置いた。
「ロキッソが、どれかわかりますか?」
薬草の採取が初めてだから、テストかな?
首を傾げながら、カウンターに並んだ花を見る。どれも、白い花びらで中心が黄色をしていた。
でも、一番右は花びらが大きすぎるから違う。真ん中は、中心部分が黒くなっていくから違う。左から二番目は、残っている二つとよく似ているけど、花びらが尖っているので違う。右から二番目と、一番左は見比べても同じに見える。それに、学校で学んだロキッソとまったく同じ。だから、
「右から二番目と一番左がロキッソです」
合ってますように。
「正解です。薬草採取に問題はなさそうですね。では、依頼を受けるのは……お二人ですか?」
冒険者ギルドの職員が、ちょっと困惑した視線をフォガスさんに向ける。
「二人です。私とお兄ちゃんですが、今日はお兄ちゃんが来ていないのですが、大丈夫でしょうか?」
「チームの登録は済んでいますか?」
「いえ、していません」
お兄ちゃんが一緒じゃないとダメなのかな?
「リーナ!」
えっ、お兄ちゃん?
振り向くと、お兄ちゃんが私のそばに走って来たところだった。
「良かった、ここだった。あれ? どうしたの?」
私が困っていることに気づいたのか、お兄ちゃんが心配そうな表情を浮かべた。
「あっ、今、依頼を受けようと思っていたところだったの」
お兄ちゃんが来てくれて良かった。それにしても、すごくいいタイミングだったな。
「そうなんだ。それなら一緒に依頼を受けようか」
「うん。あの、依頼は私たち二人です。大丈夫ですか?」
私とお兄ちゃんを微笑ましそうに見ていた、冒険者ギルドの職員を見る。
「はい、大丈夫ですよ。では、プレートをお願いします」
「「はい」」
お兄ちゃんと一緒に、冒険者ギルドのプレートを出した。すぐに手続きは終わり、二つ目の仕事が決まった。
「いつランサ森へ行くのか、ここで決めてしまいましょうか」
手続きが終わると、フォガスさんが私たちに話しかけてきた。
「「はい」」
初めての薬草採取だから、晴れている日がいいな。でも、この世界には天気予報のようなものはないんだよね。天気は「運」に任せるしかないか。




