64話 オルガトのお願い
初めての仕事でもらった依頼料は、お兄ちゃんは私に、私は家族に、それぞれ甘いものを買い、二人とも全部使ってしまった。
お兄ちゃんは、私が依頼料を全部家族へのお土産に使ったことを、少し気にしているようだった。でも、初めて自分で稼いだお金は家族への感謝として使いたいと私は思った。特に、私という存在を否定せず、温かく受け入れてくれたリーナの家族には。
家に帰ってお土産を渡すと、お父さんもお母さんもとても喜んでくれた。そんな二人の様子を見て、私もちょっとうれしかった。
私の行動を見ていたユウの「俺の初給料はゲームに消えたな」という言葉や、オルガトの「父親からもらったお土産に毒が入っていて大変だったことがあったなぁ」という思い出話は、全部スルーした。
というか、父親から毒入りのお土産なんて……怖すぎる。
その日は、急遽初依頼達成のお祝いをお父さんとお母さんがしてくれた。お兄ちゃんは「ちょっと大げさだよ」と言いながら、嬉しそうに笑っていた。
『リーナ、おはよう!』
「ひっ!」
朝、目を覚ますと、目の前にオルガトの顔のドアップが!
「近い!」
気持ちよく目覚めた朝に、おじさんの顔が近くにあるのは正直きつい。
『依頼も無事に終わったんだから、ランサ森! ランサ森へ行こう!』
まぁ、そろそろ言い出すんじゃないかとは思っていたけど、正直行きたくない。ランサ森の魔獣が何だか様子がおかしいらしいから。でも、期日は決めていないとはいえ、もう契約してしまっているからね。
「わかった。準備を始めるよ」
『やった~』
『リーナ』
嬉しそうに両手を挙げてはしゃぐオルガトにため息を吐いていると、ユウが声をかけてきた。
「何?」
『昨日、冒険者ギルドへ行った時に、掲示板を確認したんだけど、ランサ森に生える薬草の採取依頼が出ていたんだよ。あれを受けて、仕事として行ったらどうだ?』
『それ、いいな』
ユウの提案に、オルガトが頷く。
「依頼ね」
『うん。どうせ行くならお金を稼ごう。魔獣の件は心配だけど、フォガスたちが一緒だから何とかなるだろう』
そうだ。ランサ森へ行く時はフォガスさんやキーフェさんも一緒に行ってくれるんだった。彼らは強いみたいだから、心強いよね。
「薬草の採取依頼を詳しく見てから、依頼を受けるか決めるね。フォガスさんには、依頼を受けてから……いや、受ける前に相談した方がいいかな。彼らにも都合があるだろうから」
『うん、それがいいだろうな』
ユウが賛成してくれたので、三人で今日の予定を話し合う。
コンコンコン。
「リーナ、起きてる? もう起きないと、朝ごはんを食べる時間がなくなるよ」
「えっ?」
お兄ちゃんに呼ばれて、時計を見る。
「ごめん、すぐに行くから先に食べてて」
急いで学校へ行く準備をして、ダイニングへ向かった。
「お兄ちゃん、おはよう。お母さん、いただきます。あれ? お父さんは?」
「リーナ、ゆっくり食べなさい。リグスは用事があって、先に出たわ」
朝ごはんを食べている間、お兄ちゃんが私をチラチラ見ていることに気づいた。でも、何も言ってこない。それを不思議に思ったけれど、時間がなかったのでそのまま食事を続け、食べ終わると急いで家を出た。
「あれ? フォガスさんもキーフェさんもいないね」
いつもだったら家を出てしばらくすると、どちらか一人がいてくれるのに、今日はいない。
「用事かな? 学校に遅れるから行こう」
「うん」
お兄ちゃんに急かされて、学校へ向かう。
「お兄ちゃん。朝は呼びに来てくれてありがとう」
「いいよ。あのさ、リーナ」
カリアスたちと合流する場所までもう少し、というところで、お兄ちゃんは立ち止まり私に視線を向けた。
「どうしたの?」
真剣な表情のお兄ちゃんに、少し緊張してしまう。
「薬草の採取依頼を受けるつもりなのか?」
あっ、朝の話し合いが聞こえたんだ。どうしよう。
『隠してもバレる事だし、言ったらいいんじゃないか?』
ユウの言う通り、どうせすぐにバレちゃうよね。
「うん、依頼を確認して問題がなければ」
「そうか。その依頼、俺も一緒にいいかな?」
「えっ」
お兄ちゃんの提案に、思わず小さな声が漏れてしまった。
「ランサ森の薬草採取だろう? 前に、ランサ森へは一緒に行くって約束しただろう? 約束は守らないと」
お兄ちゃんが畳みかけるように言うので、思わず頷く。
「うん、約束だったね」
確かに「一緒に行く」と言った。でもそれは、魔獣がおかしくなっている事を聞く前の事。
「お兄ちゃんは、魔獣が心配じゃないの?」
「心配だけど、リーナは行くんだろう?」
私は、契約しちゃったからね。
チラッと、私とお兄ちゃんのやりとりを心配そうに見ているオルガトに目をやる。
『リーナ、行くよな? 行かないなんて言い出さないよな?』
『オルガト、少しは魔獣の事を心配しろよ』
ユウの注意に、オルガトは首を傾げる。
『俺は既に死んでいるから、魔獣に襲われたところで死ぬ事はないぞ?』
『自分の心配じゃなくて! リーナの心配だ。リーナが死んだら、洞窟へは行けなくなるぞ』
『あぁ、そうだった! ユウ、魔獣を始末しに行かないと』
『はっ? どうやって?』
『…………さぁ?』
頭上で繰り広げられる二人のやりとりに、そっとため息を吐く。相変わらず、役に立たない会話だな。
「リーナ?」
「フォガスさんとキーフェさんの意見も聞いてから、ランサ森へ行くか決めようと思っているの」
「あっ、そうなんだ」
私の言葉に、お兄ちゃんが少し安堵した表情を見せた。
『えっ?』
そんな話は全くしていなかったので、オルガトがビックリしたように声を上げる。
とっさに出てしまった言葉だけど、二人にランサ森の魔獣のことを伝えてから判断してもらうのはいいかもしれない。うん、なんだかすごく良い案な気がしてきた。
「お兄ちゃん、学校へ行こう」
お兄ちゃんの手を引いて、カリアスとタグアスが待つ場所まで急ぐ。
「「遅いぞ~」」
私たちの姿を見た、カリアスたちが手を振る。
「ごめん」
お兄ちゃんが二人に謝ると、みんなで学校へ向かう。
『リーナ。本当にあの護衛騎士に相談してから決めるのか?』
騒ぐオルガトをチラッと見て、微かに頷く。
『もしかして、彼がダメだと言ったら行かないのか?』
『当たり前だろう。何を言っているんだ?』
ユウがオルガトを呆れた表情で見る。
『うるさい。ようやく、ようやく洞窟へ行って、俺の言っていた事が本当だと実証出来ると思ったのに!』
『その実証するためには、リーナが必要だろう? リーナが魔獣に襲われて死んだら、もう実証する機会はないかもしれないぞ』
オルガトは、ユウを見て怪訝な表情を浮かべる。
『どうしてだ?』
『リーナみたいに、ユーレイを見られる存在にすぐ出会えると思うか?』
『あっ、そうか』
オルガトは小さな声で呟くと、私に視線を向けた。
フォガスさんの話によると、ユーレイが見える人は私以外にもいるみたい。でも、すぐに出会えるかというと、それはムリだろう。
『わかったか? だからリーナを守る必要があるんだ』
「おはようございます。すみません、今日は遅れました」
キーフェさんが、少し慌てた様子で私たちの下へ駆けてきた。
「「「「おはようございます」」」」
キーフェさんに朝の挨拶をすると、彼はお兄ちゃんと私を見てホッとした表情を浮かべた。
「行こうか」
キーフェさんに見守られながら、学校へ向かう。
「キーフェさん」
キーフェさんと別れる場所まで来ると、彼を呼ぶ。
「どうかしましたか?」
「学校が終わったら教会へ行っていいですか? フォガスさんとキーフェさんに少し相談したい事があります」
私の言葉を聞いたキーフェさんは、少し考えてから頷いた。
「わかりました。少し用事がありますので、もしかしたら教会に来た時にはどちらか一人しかいないかもしれませんが、それでもいいですか?」
「はい」
「では教会でお待ちしておりますね」
「私を殺したユーレイは今日もやかましい」を読んで頂きありがとうございます。
10月31日の更新は、締め切りが間に合わないためお休みいたします。
次回の更新は11月3日となります。すみません。
リーナとユウを、これからもよろしくお願いいたします。
ほのぼのる500




